海外と日本の座談会形式の違い

海外の座談会は車座での対話形式で行われ、自由闊達な意見が交換される。

日本の座談会は発表形式で行われ、担当幹部の指導で締められる。

なぜこのような違いが生じたのだろう。

創価学会が立ち返るべき原点

創価学会の普遍の原点は一人を大切にするための小単位の集いである。

つまりは座談であり、対話なのである。

本音を語り合える小単位の座談、対話が、学会の人間主義そのものであると言っていい。

しかし、その本音を尽くした座談や対話が、絶対的に不足している。

本音を抑え込み、建前だけで積み上げられた組織ほど弱いものはない。

創価学会発展の原動力であった「人間の魂に訴えかける」ことができなくなった運動に陥っていると、わずかでも感じることがあれば、組織の硬直化を疑うべきだ。

一度、硬直化してしまった組織を立て直すことは、多くの組織が直面しているように、極めて難しいことだ。

ただ、唯一可能な手段は、繰り返すが、本音が出せる小単位による座談のほかないのだ。

創価学会の原点に立ち返ることだ。

座談会で忌憚のない、胸襟を開いた対話を

ソクラテスの哲学は対話の中にのみ存在した。

ソクラテスは人間から知恵を開発しようと努力していた。

ソクラテスの時代から私たちはどれだけ進歩できているのか。

むしろ退歩すら感じられる。

しかし、その胎動はある。

対話を復活させることだ。

忌憚のない、胸襟を開いた対話を。

座談会を本来の座談の場によみがえらせた時、私たちはソクラテスの哲学も知恵の真意を知ることになるだろう。