今こそ、大胆かつ柔軟な思考の上に立って、真の人間のための宗教の在り方、組織の在り方を模索するべき時がきた
300を超える大学の名誉教授称号、600を超える名誉市民称号の授賞理由は、SGI会長の思想の卓越性にほかならない。
私たちのどれだけが、池田SGI会長が積み上げてきてた、思想を生かしきれているだろうか、求めているのだろうか。
私たちには永遠の宗教改革を進めていかなければならない使命がある。
その宗教改革とは、一宗一派の改革にとどまるものではなく、全人類的視野にみすえたものでもある。
ところが、永遠の宗教改革に欠かすことができない池田SGI会長の思想を全くと言っていいほど、学べていない。
いや、学ぼうとさえしていない。
SGI会長の思想が重要だ、重要だということは、常に叫ばれ続けてきたし、今も叫ばれている。
しかし、なぜどう大事なのか、どう咀嚼し、自己の血肉にしていくべきか、いかに実の生き方として展開していくべきか、また社会に反映していくべきかについて、語られる機会はそう多くはない。
そうした対話より、むしろ”伝達”が優先され、真の意味の”人間教育”がなされていない。
重要なのは、対話である。
一対一の膝詰めの対話である。
悩みを解決し、問題意識を掘り起こし、命を触発する、本音で語り合える熱き対話である。
これこそが人間主義の仏法の原点であろう。
そして、その対話で展開されるべき知恵は、既に池田SGI会長によって、その多くを授けられている。
語るべきである、徹して。
語り合うべきである、納得がいくまで。
真剣でかつ温かい語らいの中にしか、広宣流布前進のパワーは生まれない。
そうした対話が欠如しているとしたら、活動が形式化していることを疑うべきだ。
発せられる言葉が、伝達に終始していないか点検してみるべきだ。
今こそ、大胆かつ柔軟な思考の上に立って、真の人間のための宗教の在り方、組織の在り方を模索するべき時がきたのではないか。
これは、学会の永遠化、普遍化のための最重要課題にほかならない。
