超高齢社会では行政任せでない市民・住民が共同しての自治体運営が不可欠となる

NHKテレビで放映された「にっぽんの現場」という番組を興味深く見た。

タイトルは「変えろ!わが町 ~鳥取・智頭町 住民たちの町政改革~」。

概要をNHKの番組のHPから引用する。

鳥取県智頭町(ちづちょう)は、人口約8500の山あいの町。過疎化・高齢化という多くの市町村に共通の悩みを抱えている。そこで昨年秋、町長の呼びかけで約140人の町民からなる「百人委員会」が発足、町の活性化に向けて夜ごと公民館で熱い議論を繰り広げた。喫茶店主、林業関係者、主婦らの委員は6つの部会に分かれ、観光客誘致、子育て支援、医療福祉の改善な様々なアイデアを出し合った。中でも注目は、町議会議員や役場職員の人件費カットを提案した行財政改革部会。詳細なデータを武器に人件費カットを迫った。この案に反発する議員、複雑な思いの職員。減額の根拠を巡って激しい応酬が続いた。彼らの任期は今年3月末まで。年明けからはどの案が採用されるかに焦点が移り、より実効性のある答申をめざして議論が続けられている。自分たちの手で町の活路を見出そうという住民たちの議論に密着、地方の現実と将来像を浮かび上がらせる。

高齢化という構造的な問題に加えての100年に一度の経済危機に伴う大幅な減収。

こうした問題をいかに乗り越えていくかは、どの自治体にとっても、存亡にかかわる大きな問題だ。

行政に限らず、住民自身の不安は募るばかりであろう。

そうした中、試みられたこの鳥取・智頭町の取り組みは、画期的かつ本質的なものではないか。

日本の政治および行政執行の仕組みは、間接民主主義といわれるもので、選挙によって選ばれた住民の代表(議員)によって決められていくことを基本としている。

しかし、この仕組みにも欠点はある。

選ばれた議員は、行政とかかわることで、行政に取り込まれてしまう、言い方を替えれば、体質に染まってしまうことを免れない。

これは仕方ない面もある。

行政側には行政側の言い分があることも確かだからだ。

問題は、議員が完全に行政の言いなりになり、十分な住民の意思が繁栄されなくなった時のことだ。

さらに、冒頭述べたように、高齢化など、これまでのやり方では存続さえ厳しい危機を迎えた時の問題への対処だ。

議員が住民の意思を100%汲み取って活動ができれば文句はないのですが、そうはうまくいかない。

となれば、部分的にも直接民主制的な仕組みを導入していくしか方法がないのではないか。

私は「百人委員会」を発足させた智頭町長も、このような考えに基づいているのではないかと推察する。

番組では、委員会のメンバーが頻繁に討議の場を設け、真剣にわが町のことについて意見を交換する場面が映し出されていた。

素晴らしいと思う。

自分が住む地域を自分たちの力で、自分たちのためによくしていこうと、力を注いでいく――この一見、当たり前と思えるが、実はほとんどの人ができていないことを智頭町の人たちは着実に進めていた。

4年に1回の投票行動だけをもって、「政治参加しました」と果たして言い切っていいか。

代表を選ぶということは合理的なやり方ですが、選んで終わりでは、あまりに無責任すぎるとはいえないか。

私の政治および行政に関する問題意識はその辺にあろう。

つまり、住民・市民参加型の政治・行政へと変えていくべきだということだ。

しかし、今のところ、具体的に一般の住民が政治や行政に参加していく枠組みはほとんど存在しないのが実情だ。

その意味で、鳥取・智頭町の「百人委員会」の取り組みは、先駆的とも言うべきものではないかと思う。

私たちにとっても、「社会貢献と人道的競争」の一つの実践の形としてのいいヒントになる。