SGI憲章の3つの柱「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」について私たちはどれだけ考え、語り合えているのか

「SGI憲章」は私たち創価学会員にとって、どのような意味があるのか。

1996.01.26:第21回「SGIの日」記念提言 第三の千年へ 世界市民の挑戦より

このような時代の大状況を踏まえ、昨年、私どもはSGI発足20周年を記念して、「SGI憲章」を制定いたしました。この憲章は、これまでSGIが「基本路線」として掲げてきたものをベースとしつつ、改めて、基本理念と今後の行動規範を明文化したものであります。

その根本精神は、「前文」における次の一文に象徴されております。

「日蓮大聖人の仏法は、人間生命の限りなき尊厳性を説き、全ての人を包容する慈悲といかなる困難をも克服する智慧をもたらす法である。そして、この智慧は人間精神の創造性を拓き、人類社会の直面するいかなる危機をも克服し、平和で豊かな共生の人類社会を実現できることを説く、『人間主義』の法である。

我らSGIは、この『人間主義』に基づく『世界市民の理念』『寛容の精神』『人権の尊重』を高く掲げ、非暴力と対話により、こうした人類的課題に挑み、人類社会に貢献することを深く決意」する――と。

この「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」の3つの柱こそ、私どもが世界宗教に不可欠の条件と考えるものにほかなりません。

同時に、SGI憲章では全10項目にわたる「目的及び原則」を掲げ、今後の行動規範を確認するものとなっております。

なかでも「SGIは『世界市民の理念』に基づき、いかなる人間も差別することなく基本的人権を守る」(2項)や、「SGIは『信教の自由』を尊重し、これを守り抜く」(3項)、そして「SGIは仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して、人類の基本的問題について対話し、その解決のために協力していく」(7項)の3方針はまた、あらゆる「人間の尊厳」を脅かすものに対する”人類共闘”を築いていくうえでの欠くことのできない要件と考えるものなのであります。

「SGI憲章」は、日々の活動を進めていくうえで、特に対社会という視点に立った活動を進めていくうえで、私たちが最も心していくべき指針が明記されているものである。

とりわけ、強調されている3つの柱――

「世界市民の理念」

「寛容の精神」

「人権の尊重」

は、常に私たちの対話において語られるべき言葉ではないか。

そして、語るより前にすべきことは、まずは考えてみることだろう。

どれだけ、一人ひとりが「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」について考えられているか。

なぜ、海外からの池田先生とSGIに対する顕彰が相次いでいるのか――。

もちろん、池田SGI会長の理念と行動自体に賞賛が寄せられていることは確かだ。

と同時に、SGIのメンバーの一人ひとりの理念と行動が、心ある人の眼に共感をもって映っているからではないか。

SGIの海外メンバーは3つの柱を忠実に、そして誠実に、社会に展開している。

私たち日本の創価学会はどうか。

「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」の3つの柱がどれだけ、一人ひとりに浸透し、その理念が行動に表れていると言えるか。

「SGI憲章」の意味について考え、同志とともに語り合い、小さいことからでも、実際の行動に移していくことが必要ではないか。

私たちを見る周囲の眼は自然と、そして次第に共感に変わっていく。

「SGI憲章」は、海外のメンバーのためだけに制定された憲章ではない。

私たち日本の創価学会員にとっても、常に心に留め置くべき重要な指針なのだ。

「SGI憲章」をとことん読み込み、徹してその意味と意義について、語り合ってみるべきだろう。

一方が一方に与えて終わるものではなく、対等な関係による対話によって、与え与えられるという触発の関係をもたらす

対話の重要性について、3代会長は以下のように語っている。

牧口会長
<座談会ではなく大規模な講演会形式にすべきではという意見に対して>
「それは違う。人生に関する問題は『対話』でなくては相手に通じない」
「日蓮大聖人の『立正安国論』にしても問答形式ではないか」

戸田会長
「これからは対話の時代になる。人と語るということは戦うということであり、また、結び合うということだ」

池田会長
「対話とは、人格と人格、精神と精神の交流です。互いに深い次元で認識し、相互理解から信頼へと進みゆけるのです」

組織において、最も重要な要素は、充実した対話が常に繰り広げられているかどうかだ。

逆に言えば、対話が失われた組織に未来はない。

やがて死を迎えるのみだ。

組織にとって、対話とは、血流であり、栄養素であり、エネルギーであり。

生命活動そのものなのだ。

対話をした後の一人ひとりの心の中に、話ができたことの充実感だけは確実に残る――この充実感は対話が生命活動の発露そのものであることの証明といっていい。

そして何より、対話の醍醐味は、一方が一方に与えて終わるものではなく、対等な関係による対話によって、与え与えられるという触発の関係をもたらすことにある。

対話には、特別な準備を必要としない。

ただ、真剣で充実の対話をしようとする意欲のみで、いつでもどんな場所でも成り立たせることができるのだ。

世界の最高学府が威信をかけて授章した名誉称号を引き継ぎ、さらにその栄誉を輝かせていかなければならない義務がある

きょう6月30日は学生部結成の日。

学生部は言うまでもなく、知性の砦。

時代がどんなに移り変わろうと、人類が営々と積み上げてきた知性という無形財産を受け継ぎ、さらに充実させていく使命を担っているのが大学であり、そこに集い学ぶ学生であろう。

ゆえに学生部は、とことん学んでいくべきだ。

一流の知性は生まれつき一流の頭脳に加え、一流の努力をするものだ。

ゆえに一流を目指すならば、徹して学ばなければならない。

学生時代にどれだけ学んだかによって、その後の人生の深み、奥行きは決まってくる。

学問がもたらすものは、人生の深さ。

学び尽くした多くの人がそう語っている。

学生部に限らず、私たちは学び続けていかなければならない。

池田SGI会長は世界に知性のネットワークを広げ、7000人におよぶ識者との対談を重ねてこられた。

その財産を受け継いでいかなければならないのは、私たちにほかならない。

世界の最高学府が威信をかけて授章した名誉称号を引き継ぎ、さらにその栄誉を輝かせていかなければならない義務がある。

ゆえに、私たちは徹して学ばなければならない。

学び続けていかなければならない。