ハーバード大学でのSGI会長講演
ソフト・パワーの時代と哲学
1991年9月26日
本日は創立355年というアメリカ最古の伝統を誇る貴大学のお招きを受け、スピーチの機会を賜り大変光栄に思っております。
ただいま私を紹介してくださったモンゴメリー教授、この後、私のスピーチにコメントをしてくださるナイ教授、カーター教授をはじめ、本日ご列席の諸先生方に深く感謝の意を表するものであります。
さて、世界を震撼させたソ連の政変は、大河のうねりのような歴史の動向--近年、ナイ教授等が指摘しておられるソフト・パワーの台頭という現象を一段とクローズアップさせました。
すなわち、歴史の動因として、かつては軍事力や権力、富といったハード・パワーが決定的要素であったが、最近はその比重が落ち、知識や情報、文化、イデオロギー、システムなどのソフト・パワーが著しく力を増しつつあるということであります。
このことは、ハード・パワーが主役であったかのような湾岸戦争においても、はっきり見てとれます。ハード・パワーの行使も、現代では、国連というシステムや、その背後にある国際世論というソフト・パワーを無視しては不可能であった。
そうした時流を、不可逆的なものにしていくことこそ、現代に生きる私どもに課せられた歴史的な使命といってよい。
その際、ソフト・パワーの時代を切り拓く最も大切なキー・ワードとして、私は"内発的なるもの"ということを申し上げてみたいと思います。
ハード・パワーというものの習性は"外発的"に、時には"外圧的"に人間をある方向へ動かしますが、それとは逆に、人間同士の合意と納得による"内発的"なうながし、内発的なエネルギーを軸とするところに、ソフト・パワーの大きな特徴があります。
このことは古来、人間の精神性や宗教性に根ざした広い意味での哲学の本領とするところでありました。ソフト・パワーの時代とはいえ、そうした哲学を欠けば、つまり、人間の側からの"内発的"な対応がなければ、知識や情報がいかに豊富でも、例えば容易に権力による情報操作を許し、"笑顔のファシズム"さえ招来しかねないのであります。
その意味からも、ソフト・パワーの時代を支え、加速していけるかいなかは、あげて哲学の双肩にかかっていると言っても過言ではないでしょう。
"内発の力"育む哲学の復権こそ
対立と二律背反(ジレンマ)を超える"縁起"の知恵
歴史の動因は「ハード」(軍事力・権力・経済力)から「ソフト」(知識・文化・システム)へ
この"内発性"と"外発性"の問題を鋭くかつ象徴的に提起しているのが、有名な「良心例学」--事にあたって良心の在り方を、あらかじめ判例として決めておくこと--をめぐるパスカルのジェスイット攻撃ではないでしょうか。
周知のようにジェスイットは、信仰や布教に際して、良心の従うべき判例の体系を豊富に整えておりますが、パスカルは内なる魂の在り方を重視するジャンセニストの立場から、ジェスイット流のそうした外面的規範や戒律が、本来の信仰をどんなに歪めているかを力説してやまないのであります。
例えばインドや中国における「良心例学」を、パスカルは、こう攻撃します。
「かれら(ジェスイット)は偶像崇拝を、次のような巧妙な工夫をこらしてさえ、信者たちに許しているのです。衣服の下にイエス・キリストの御姿をかくしもたせ、公には釈迦や孔子の像を礼拝させるとみせて、心の中ではイエス・キリストの御姿を礼拝するように教えているのです」(『プロヴァンシアル』中村雄二郎訳、「筑摩世界文学大系19」所収)と。
パスカルは異国におけるそのような信仰の在り方そのものを、必ずしも非難しているのではない。たしかに、やむをえぬ選択を余儀なくされる場合もあるかもしれないが、そこに至るまでに多くの良心の苦悩や葛藤、逡巡(しゅんじゅん)、熟慮(じゅくりょ)、決断があるはずである。それは、良心の内発的な働きそのものである。
にもかかわらず、そうした選択の基準を、あらかじめ判例として外面的に与えられてしまうと、安易にそれに依存する結果、良心は逼塞(ひっそく)させられ、マヒし堕落してしまう。
「易きをもとめる多数」へのおもねりでしかない「良心例学」とは、したがってパスカルにとって、良心の自殺行為にほかなりませんでした。
こうしたパスカルの論難は、単にジェスイットやジャンセニストの争いという次元を超えて、広く人間の普遍的な良心の在り方という点で、実に多くの示唆を含んでいると私は思います。
パスカルほどの純粋さは、望みうべくもないにしても、こうした内発的な魂の働きが一個の時代精神に結晶し、社会に生気を与えている例は、史上、極めてまれではないでしょうか。
その数少ない例証の一つを、私は1830年代のアメリカ社会を訪れ比類のない分析を加えた、フランスの歴史家・トクヴィルの古典的名著『アメリカの民主政治』の描写に見いだすのであります。
いうまでもなく、19世紀初めの建国後、半世紀のアメリカを訪問したトクヴィルに最も印象深かったのは、母国フランスとは様変わりした、かの地の宗教事情、宗教的様相であった。
その驚きを彼は、「宗教は外見的な力をへらすことによって、その実力を増すようなことにどうしてなりうるのか」(井伊玄太郎訳、講談社学術文庫)という疑問として投げかけております。
すなわち、フランスでは、宗教が教会のもとでの多くの煩瑣な儀礼、形式と化し、ややもすれば、魂の桎梏となるきらいがあった。ゆえに、宗教の外見的な力を減らすことは、そのまま宗教からの解放、信仰心の衰弱を意味していた。
しかし、新興国アメリカは、逆に儀礼や形式を少なくすればするほどに、人々の信仰心は横溢(おういつ)してくるようである。
彼は言います。「アメリカ連邦においてほどに、キリスト教が形式と儀礼と像とを少ししか含んでいない国は他にどこにもない。そしてまた、ここほどにキリスト教が人間の精神に対して明確で単純な、そして一般的な理念をあらわしている国も、他のどこにも見られない」(前掲書)と。
トクヴィルの指摘は、一応、フランスにおけるカソリシズムの形骸化と、アメリカにおけるピュータリニズムの隆盛をいっているもののようですが、もう一歩敷延して考えれば、信仰における"内発的なるもの"が、最も純粋な形で時代精神へと結晶していることへの感嘆といえましょう。
ともあれ宗教の名に値する宗教である限り、パーソナル(個人的)な側面とインスティチューショナル(制度的)な側面とを持ちます。
高等宗教は、必ず、何らかの絶対的なるもののもとに、すべての人種、身分、階級を超えた個の尊厳を説きますが、それと同時に、宗教が運動体として展開し始めると、必然的に制度化の要請が生じてくる。
しかし、制度的側面は、時代とともに刻々と変化するものであり、個人的側面を「主」とすれば、どちらかといえば「従」であります。
にもかかわらず、ほとんどの宗教が陥ってきたのは、制度的な側面が硬直化することによって、制度が人間を拘束し、宗教本来の純粋な信仰心が失われてくるという本末転倒があります。
制度や儀式などの外発的な力が、信仰心という内発的な力を抑え込んでしまうわけであります。
トクヴィルが特筆大書していることは、当時のアメリカの宗教事情ほど、こうした本末転倒の悪弊に陥らず、信仰そのものの純粋さが毀(こぼ)たれていない社会はまれであるということです。
そうした時代精神を背景にして初めて「私のうちに神を示すものが、私を力づける。私の外に、神を示すものは、私をいぼや瘤(こぶ)のように、小さなものとする」(『エマソン選集第一集』斎藤光訳、日本教文社)といった、エマーソンの"内発的なるもの"を謳い上げたおおらかな楽観主義も生まれたと思われます。
たしかにそうした事情は、海の凪(なぎ)にたとえられるかもしれない。
おそらく、それ以前の公認宗教としての政教一致的色彩の強い流れと、それ以後の世俗化の中で内面的な私事へと矮小化(わいしょうか)されゆく流れとの間(はざま)に生じた、幸運にして幸福な凪にも似た状況ともいえましょう。
とともに、それは単なる過ぎ去った一時期ではなく、アメリカの人々の歴史意識の深層に貴重な伝統として蓄えられているものと私は信じております。
さて、近代の日本に、そのような精神の内発的発露の例証を求めても、やや無理があるようです。
明治の開国以来、日本は、欧米先進国に追いつけ追いこせをスローガンに、近代化の道をひた走ってきました。
そこでは、文豪・夏目漱石がそのものずばりに「外発的開化」と名付けたように、目標や規範は、常に外から与えられ、内発的なものをはぐくんでいく余裕も時間もなかった。
ここでも、一つのエピソード、明治時代の新渡戸稲造をめぐるエピソードを紹介させていただきたい。
ご存じのように新渡戸は"太平洋に友好の虹をかけよう"と、揺籃期(ようらんき)の日米関係の改善に奔走した人物でありますが、彼がベルギーの知人と宗教について話していた時、「あなたのお国の学校には宗教教育はないのか」と聴かれ、内省の果てに見いだしたのが、宗教に代わって江戸期に形成され明治の末年まで日本人の精神形成にあずかって力あった武士道でした。
そこで彼は『武士道 日本の魂』という本を著し、副題に「日本思想の解明」と銘打ったのであります。
その内容は略しますが、広い意味での武士道の精神性が、プロテスタンティズムやピューリタニズムと、幾つかの共通点をもっていたことは、明治の日本での、フランクリンの熱狂的な迎えられた方に象徴されております。
それにもまして、私が本論の文脈で強調しておきたいのは、武士道による精神形成が、日本人にとって内発的であったということであります。
内発的とは自制的ということであり、他から強制されて何かをするのではなく、自律的にそうするのであります。
武士道が形成されていった江戸時代の日本で、汚職や犯罪が現代とは比較にならなぬくらい少なかったということは、社会に内発的な力が働いていた証左といえましょう。
そのことは、また私に「アメリカ連邦におけるほどに、刑法が寛大に施行されているところは、他にはない」とのトクヴィルの言葉を想起させるのであります。
精神のはたらきが内発的であったがゆえに、人々は自己を律するに過つこと少なく、人間の証ともいうべき克己(こっき)のかたちに無理がなかった。ゆえに、人間関係はさしたる摩擦も不安もなく円滑に営まれ、そこに形成される文化のかたちは、日本独自の美しさと魅力をたたえていました。
貴大学出身で、大森貝塚の発見者のE・S・モースが日本の庶民社会の中に見いだした驚くべき日本の庶民社会の中に見出した驚くべき美風も、W・ホイットマンが、マンハッタンの大通りを行く日本の使節から感じ取った気品も、みなこの文化のかたちに根ざしていたのであります。
以来、百幾星霜、ともあれ現在の日米間には、基本的に友好関係が保たれているとはいえ、日本の経済力の増大につれて、とみに不協和音が目立つようになりました。
最近の構造協議などを通じて浮かび上がってくる問題は、貿易摩擦というよりも、文化摩擦の次元にまで及んでいる。
文化といっても、必ずしも友好をうながすとは限らず、固有の生活様式に深く根ざした部分に及んでいく時、異文化同士の接触は、いばしば嫌悪と反目を呼び起こすものであります。異文化同士が衝突し、そうした一種のハレーション(混乱状態)を起こした時ほど、深く、内発的な自己規律、自己制御の心が人々に要請される時はない。
パートナー・シップといったところで、そうした精神面での裏打ちがなされていなければ、所詮、絵にかいた餅に終わってしまうでしょう。
また、それを欠いたがゆえに、近代日本は、ある時は外国に対していたずらに自らを卑下したり、そうかと思うとGNP大国など些細なことで傲りたかぶったりして、不信と過信との間を揺れ動いてきました。
一言にしていえば、自己規律の哲学を欠いているのであります。
その無残なカタストロフィー(破局)が、今年でちょうど五十年を迎えた、かの真珠湾攻撃であったことを、私は深い胸の痛みとともに思い起こすのであります。
ちなみに『武士道』といえば、この小さな本が、日露戦争終結のためのポーツマス会談で、なかなか小気味よい役割を演じたことを、皆さまご存じと思います。
開戦後、きたるべき講和への仲裁の労をセオドア・ルーズベルト大統領に期待した日本政府は、大統領とハーバード大学の同窓生で、その後、交際を深めていた貴族院議員・金子堅太郎をアメリカへ派遣しました。
大統領は、快くその依頼を受けたうえで「日本人の性格やその精神教育面での原動力となっているものなどを紹介した本」を所望したところ、金子が渡したのが『武士道』であった。数カ月後、金子に会った大統領は「この本を読んで、日本人の特性をよく知ることができた」とも言い、喜んで講和への働きかけをしてくださったのであります。
このエピソードは、決して波穏やかでなかった日米近代史にさわやかな彩りを添えております。
新渡戸が先駆的な教育者であったことを思うにつけ、モンゴメリー教授に所長をお願いしている私どもの創価大学ロサンゼルス分校の環太平洋平和・文化研究センターも、日米新時代に虹をかける労作業の一端を担うべく、全力の貢献を期するものであります。
自発が生む「自律の精神」で日米新時代へ
「外的形式」減らし「内発性」強めたアメリカの伝統
「外発的開化」で「内的規律」弱めた近代の日本
さて、往昔(おうせき)のそうした内発的なパワー、エネルギーを世紀末の枯渇した精神の大地に、いかにして蘇生させていくか。日本においてもアメリカにおいても、それは容易ならざる作業であります。
その意味からも、私は仏法哲理の骨格中の骨格ともいうべき「縁起」という考え方に、少々言及させていただきたいと思います。
周知のように仏法では、人間界であれ、自然界であれ、森羅万象ことごとく、互いに"因"となり"縁"となって支え合い、関連しあっており、物事は単独で生ずるのではなく、そうした関連性の中で生じていく、と説きます。
これが"縁(よ)りて起こる"ということであり、端的にいって"個別性"よりも、むしろ"関係性"を重視するのであります。
また関係性を重視するといっても、その中に個が埋没してしまえば、人間は社会の動きに流されていくばかりで、現実の積極的な関わりは希薄になってしまいます。
仏教史にその傾向が著しく見られることは、ベルクソンや貴大学で長く教鞭をとっていたホワイトヘッドなど知性が鋭く指摘するところであります。
しかし真の仏教の真髄はさらにその先に光を当てております。
すなわち、真実の仏法にあっては、その関係性の捉え方が際立ってダイナミックであり、総合的で内発的なのであります。
先ほど、異文化同士の接触がもたらす嫌悪と反目に触れましたが、関係性といっても、必ずしも友好的なものばかりとは限らない。"あちら立てれば、こちら立たず"といった敵対関係にあることも、しばしばであります。
その場合、調和ある関係性とはいったい何なのか--やはり、エピソードによるのが一番よいと思います。
ある時、釈尊がこう問われた。「生命は尊厳だというけれども、人間だれしも他の生き物を犠牲にして食べなければ生きていけない。いかなる生き物は殺してよく、いかなる生き物は殺してはならないのだろうか」と。
だれもがジレンマに陥りやすい素朴な疑問ですが、これに対する釈尊の答えは「殺す心を殺せばよいのだ」というものであります。
釈尊の答えは、逃げ口上でもなければ、ごまかしでもありません。「縁起」観に基づく見事なる解答であります。
生命の尊厳という調和ある関係性は、「殺してよい生き物」と「殺してはならない生き物」といった、時に敵対し反目する現象界の表層ではなく、深層にまで求めなければならない。それは単なる客観的な認識の対象ではなく、「殺す心を殺す」という人間の主体的生命の内奥に脈打つ主客未分化の慈しみの境位であります。
このダイナミック、総合的、内発的な生命の発動は、ベルクソンやホワイトヘッドが指摘しているような、単なる自我の消滅(=無我)ではなく、自他の生命が融合しつつ広がりゆく、小我から大我への自我の宇宙大の拡大を志向しているのであります。
私どもの信奉する聖典には「正報(しょうほう)なくば依報(えほう)なし」とあります。
「正報」すなわち主観世界と「依報」すなわち客観世界が二元的に対立しているのではなく、相即不離(そうそくふり)の関係にあるとするのが、仏法の基本的な生命観、宇宙観であります。
と同時に、その相即の仕方は、客体化された二つの世界が一体となるといったスタティック(静的)なものではない。「依報」である森羅万象も、「正報」という内発的な生命の発動を離れてありえないという極めてダイナミックかつ実践的色彩が強いものであります。要は、その「正報」である。"内発的なるもの"をどう引き出すか--。
「良心例学」にならって、ごく身近な例でいえば、私も仏法者として、この精神にのっとって、例えば離婚の問題で相談を受けたような場合、「離婚する、しないは、プライベートな問題で、当然、本人の自由です。しかし、"他人の不幸の上に自分の幸福を築く"という生き方は仏法にはない。それを基準に考えてください」と答えております。
ジレンマを伴うそうした苦悩と忍耐と熟慮の中でこそ、パスカル的意味での良心の内発的な働きは、善きものへと鍛え上げられ、人間関係を分断し、破壊する悪を、最小限度に封じ込めることができるのではないでしょうか。
そして、このような内発的精神に支えられた自己規律、自己制御の心ほど、現代に必要なものはないと思われます。
それは生命の尊厳のみならず、人間関係が希薄化しゆく世界に、ともすれば死語化さえ憂慮されている友情、信頼、愛情など、かけがえのない人間の絆(きずな)を瑞々(みずみず)しく蘇生していくために、貴重な貢献をなしうるにちがいないからであります。
ソクラテスにおいてそうであったように、その労作業は、広い意味で哲学の復権であり、またそのような哲学の土壌に、ソフト・パワーの時代は、真にたわわな果実を実らせるでありましょう。
とともにそれは、ボーダーレス時代にふさわしい世界市民の勲章ではないでしょうか。
私の敬愛してやまぬエマーソン、ソロー、ホイットマン等、"アメリカ・ルネサンス"の旗手たちもまた、そうした世界市民の一員だったのではないでしょうか。
最後に、私が青春時代に愛誦したエマーソンの、友情を謳い上げた美しい詩の一節を皆さま方に捧げ、私の話とさせていただきます。
私の胸は言った、おお友よ、
君ひとりゆえに空は晴れ、
君ゆえにバラは赤く、
万物は君ゆえにその姿は気高く、
この世ならぬものに見える。
宿命の水車のみちも
君の貴さゆえに日輪の大道となる。
君の高潔さはわたしにも教えた
私の絶望を克服すべきことを、
秘められたわたしのいのちの泉は
君の友情ゆえに美しい。
(『エマソン選集第2巻』、入江勇起男訳)
ご清聴ありがとうございました。
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ソフト・パワーの時代と哲学
1991年9月26日
本日は創立355年というアメリカ最古の伝統を誇る貴大学のお招きを受け、スピーチの機会を賜り大変光栄に思っております。
ただいま私を紹介してくださったモンゴメリー教授、この後、私のスピーチにコメントをしてくださるナイ教授、カーター教授をはじめ、本日ご列席の諸先生方に深く感謝の意を表するものであります。
さて、世界を震撼させたソ連の政変は、大河のうねりのような歴史の動向--近年、ナイ教授等が指摘しておられるソフト・パワーの台頭という現象を一段とクローズアップさせました。
すなわち、歴史の動因として、かつては軍事力や権力、富といったハード・パワーが決定的要素であったが、最近はその比重が落ち、知識や情報、文化、イデオロギー、システムなどのソフト・パワーが著しく力を増しつつあるということであります。
このことは、ハード・パワーが主役であったかのような湾岸戦争においても、はっきり見てとれます。ハード・パワーの行使も、現代では、国連というシステムや、その背後にある国際世論というソフト・パワーを無視しては不可能であった。
そうした時流を、不可逆的なものにしていくことこそ、現代に生きる私どもに課せられた歴史的な使命といってよい。
その際、ソフト・パワーの時代を切り拓く最も大切なキー・ワードとして、私は"内発的なるもの"ということを申し上げてみたいと思います。
ハード・パワーというものの習性は"外発的"に、時には"外圧的"に人間をある方向へ動かしますが、それとは逆に、人間同士の合意と納得による"内発的"なうながし、内発的なエネルギーを軸とするところに、ソフト・パワーの大きな特徴があります。
このことは古来、人間の精神性や宗教性に根ざした広い意味での哲学の本領とするところでありました。ソフト・パワーの時代とはいえ、そうした哲学を欠けば、つまり、人間の側からの"内発的"な対応がなければ、知識や情報がいかに豊富でも、例えば容易に権力による情報操作を許し、"笑顔のファシズム"さえ招来しかねないのであります。
その意味からも、ソフト・パワーの時代を支え、加速していけるかいなかは、あげて哲学の双肩にかかっていると言っても過言ではないでしょう。
"内発の力"育む哲学の復権こそ
対立と二律背反(ジレンマ)を超える"縁起"の知恵
歴史の動因は「ハード」(軍事力・権力・経済力)から「ソフト」(知識・文化・システム)へ
この"内発性"と"外発性"の問題を鋭くかつ象徴的に提起しているのが、有名な「良心例学」--事にあたって良心の在り方を、あらかじめ判例として決めておくこと--をめぐるパスカルのジェスイット攻撃ではないでしょうか。
周知のようにジェスイットは、信仰や布教に際して、良心の従うべき判例の体系を豊富に整えておりますが、パスカルは内なる魂の在り方を重視するジャンセニストの立場から、ジェスイット流のそうした外面的規範や戒律が、本来の信仰をどんなに歪めているかを力説してやまないのであります。
例えばインドや中国における「良心例学」を、パスカルは、こう攻撃します。
「かれら(ジェスイット)は偶像崇拝を、次のような巧妙な工夫をこらしてさえ、信者たちに許しているのです。衣服の下にイエス・キリストの御姿をかくしもたせ、公には釈迦や孔子の像を礼拝させるとみせて、心の中ではイエス・キリストの御姿を礼拝するように教えているのです」(『プロヴァンシアル』中村雄二郎訳、「筑摩世界文学大系19」所収)と。
パスカルは異国におけるそのような信仰の在り方そのものを、必ずしも非難しているのではない。たしかに、やむをえぬ選択を余儀なくされる場合もあるかもしれないが、そこに至るまでに多くの良心の苦悩や葛藤、逡巡(しゅんじゅん)、熟慮(じゅくりょ)、決断があるはずである。それは、良心の内発的な働きそのものである。
にもかかわらず、そうした選択の基準を、あらかじめ判例として外面的に与えられてしまうと、安易にそれに依存する結果、良心は逼塞(ひっそく)させられ、マヒし堕落してしまう。
「易きをもとめる多数」へのおもねりでしかない「良心例学」とは、したがってパスカルにとって、良心の自殺行為にほかなりませんでした。
こうしたパスカルの論難は、単にジェスイットやジャンセニストの争いという次元を超えて、広く人間の普遍的な良心の在り方という点で、実に多くの示唆を含んでいると私は思います。
パスカルほどの純粋さは、望みうべくもないにしても、こうした内発的な魂の働きが一個の時代精神に結晶し、社会に生気を与えている例は、史上、極めてまれではないでしょうか。
その数少ない例証の一つを、私は1830年代のアメリカ社会を訪れ比類のない分析を加えた、フランスの歴史家・トクヴィルの古典的名著『アメリカの民主政治』の描写に見いだすのであります。
いうまでもなく、19世紀初めの建国後、半世紀のアメリカを訪問したトクヴィルに最も印象深かったのは、母国フランスとは様変わりした、かの地の宗教事情、宗教的様相であった。
その驚きを彼は、「宗教は外見的な力をへらすことによって、その実力を増すようなことにどうしてなりうるのか」(井伊玄太郎訳、講談社学術文庫)という疑問として投げかけております。
すなわち、フランスでは、宗教が教会のもとでの多くの煩瑣な儀礼、形式と化し、ややもすれば、魂の桎梏となるきらいがあった。ゆえに、宗教の外見的な力を減らすことは、そのまま宗教からの解放、信仰心の衰弱を意味していた。
しかし、新興国アメリカは、逆に儀礼や形式を少なくすればするほどに、人々の信仰心は横溢(おういつ)してくるようである。
彼は言います。「アメリカ連邦においてほどに、キリスト教が形式と儀礼と像とを少ししか含んでいない国は他にどこにもない。そしてまた、ここほどにキリスト教が人間の精神に対して明確で単純な、そして一般的な理念をあらわしている国も、他のどこにも見られない」(前掲書)と。
トクヴィルの指摘は、一応、フランスにおけるカソリシズムの形骸化と、アメリカにおけるピュータリニズムの隆盛をいっているもののようですが、もう一歩敷延して考えれば、信仰における"内発的なるもの"が、最も純粋な形で時代精神へと結晶していることへの感嘆といえましょう。
ともあれ宗教の名に値する宗教である限り、パーソナル(個人的)な側面とインスティチューショナル(制度的)な側面とを持ちます。
高等宗教は、必ず、何らかの絶対的なるもののもとに、すべての人種、身分、階級を超えた個の尊厳を説きますが、それと同時に、宗教が運動体として展開し始めると、必然的に制度化の要請が生じてくる。
しかし、制度的側面は、時代とともに刻々と変化するものであり、個人的側面を「主」とすれば、どちらかといえば「従」であります。
にもかかわらず、ほとんどの宗教が陥ってきたのは、制度的な側面が硬直化することによって、制度が人間を拘束し、宗教本来の純粋な信仰心が失われてくるという本末転倒があります。
制度や儀式などの外発的な力が、信仰心という内発的な力を抑え込んでしまうわけであります。
トクヴィルが特筆大書していることは、当時のアメリカの宗教事情ほど、こうした本末転倒の悪弊に陥らず、信仰そのものの純粋さが毀(こぼ)たれていない社会はまれであるということです。
そうした時代精神を背景にして初めて「私のうちに神を示すものが、私を力づける。私の外に、神を示すものは、私をいぼや瘤(こぶ)のように、小さなものとする」(『エマソン選集第一集』斎藤光訳、日本教文社)といった、エマーソンの"内発的なるもの"を謳い上げたおおらかな楽観主義も生まれたと思われます。
たしかにそうした事情は、海の凪(なぎ)にたとえられるかもしれない。
おそらく、それ以前の公認宗教としての政教一致的色彩の強い流れと、それ以後の世俗化の中で内面的な私事へと矮小化(わいしょうか)されゆく流れとの間(はざま)に生じた、幸運にして幸福な凪にも似た状況ともいえましょう。
とともに、それは単なる過ぎ去った一時期ではなく、アメリカの人々の歴史意識の深層に貴重な伝統として蓄えられているものと私は信じております。
さて、近代の日本に、そのような精神の内発的発露の例証を求めても、やや無理があるようです。
明治の開国以来、日本は、欧米先進国に追いつけ追いこせをスローガンに、近代化の道をひた走ってきました。
そこでは、文豪・夏目漱石がそのものずばりに「外発的開化」と名付けたように、目標や規範は、常に外から与えられ、内発的なものをはぐくんでいく余裕も時間もなかった。
ここでも、一つのエピソード、明治時代の新渡戸稲造をめぐるエピソードを紹介させていただきたい。
ご存じのように新渡戸は"太平洋に友好の虹をかけよう"と、揺籃期(ようらんき)の日米関係の改善に奔走した人物でありますが、彼がベルギーの知人と宗教について話していた時、「あなたのお国の学校には宗教教育はないのか」と聴かれ、内省の果てに見いだしたのが、宗教に代わって江戸期に形成され明治の末年まで日本人の精神形成にあずかって力あった武士道でした。
そこで彼は『武士道 日本の魂』という本を著し、副題に「日本思想の解明」と銘打ったのであります。
その内容は略しますが、広い意味での武士道の精神性が、プロテスタンティズムやピューリタニズムと、幾つかの共通点をもっていたことは、明治の日本での、フランクリンの熱狂的な迎えられた方に象徴されております。
それにもまして、私が本論の文脈で強調しておきたいのは、武士道による精神形成が、日本人にとって内発的であったということであります。
内発的とは自制的ということであり、他から強制されて何かをするのではなく、自律的にそうするのであります。
武士道が形成されていった江戸時代の日本で、汚職や犯罪が現代とは比較にならなぬくらい少なかったということは、社会に内発的な力が働いていた証左といえましょう。
そのことは、また私に「アメリカ連邦におけるほどに、刑法が寛大に施行されているところは、他にはない」とのトクヴィルの言葉を想起させるのであります。
精神のはたらきが内発的であったがゆえに、人々は自己を律するに過つこと少なく、人間の証ともいうべき克己(こっき)のかたちに無理がなかった。ゆえに、人間関係はさしたる摩擦も不安もなく円滑に営まれ、そこに形成される文化のかたちは、日本独自の美しさと魅力をたたえていました。
貴大学出身で、大森貝塚の発見者のE・S・モースが日本の庶民社会の中に見いだした驚くべき日本の庶民社会の中に見出した驚くべき美風も、W・ホイットマンが、マンハッタンの大通りを行く日本の使節から感じ取った気品も、みなこの文化のかたちに根ざしていたのであります。
以来、百幾星霜、ともあれ現在の日米間には、基本的に友好関係が保たれているとはいえ、日本の経済力の増大につれて、とみに不協和音が目立つようになりました。
最近の構造協議などを通じて浮かび上がってくる問題は、貿易摩擦というよりも、文化摩擦の次元にまで及んでいる。
文化といっても、必ずしも友好をうながすとは限らず、固有の生活様式に深く根ざした部分に及んでいく時、異文化同士の接触は、いばしば嫌悪と反目を呼び起こすものであります。異文化同士が衝突し、そうした一種のハレーション(混乱状態)を起こした時ほど、深く、内発的な自己規律、自己制御の心が人々に要請される時はない。
パートナー・シップといったところで、そうした精神面での裏打ちがなされていなければ、所詮、絵にかいた餅に終わってしまうでしょう。
また、それを欠いたがゆえに、近代日本は、ある時は外国に対していたずらに自らを卑下したり、そうかと思うとGNP大国など些細なことで傲りたかぶったりして、不信と過信との間を揺れ動いてきました。
一言にしていえば、自己規律の哲学を欠いているのであります。
その無残なカタストロフィー(破局)が、今年でちょうど五十年を迎えた、かの真珠湾攻撃であったことを、私は深い胸の痛みとともに思い起こすのであります。
ちなみに『武士道』といえば、この小さな本が、日露戦争終結のためのポーツマス会談で、なかなか小気味よい役割を演じたことを、皆さまご存じと思います。
開戦後、きたるべき講和への仲裁の労をセオドア・ルーズベルト大統領に期待した日本政府は、大統領とハーバード大学の同窓生で、その後、交際を深めていた貴族院議員・金子堅太郎をアメリカへ派遣しました。
大統領は、快くその依頼を受けたうえで「日本人の性格やその精神教育面での原動力となっているものなどを紹介した本」を所望したところ、金子が渡したのが『武士道』であった。数カ月後、金子に会った大統領は「この本を読んで、日本人の特性をよく知ることができた」とも言い、喜んで講和への働きかけをしてくださったのであります。
このエピソードは、決して波穏やかでなかった日米近代史にさわやかな彩りを添えております。
新渡戸が先駆的な教育者であったことを思うにつけ、モンゴメリー教授に所長をお願いしている私どもの創価大学ロサンゼルス分校の環太平洋平和・文化研究センターも、日米新時代に虹をかける労作業の一端を担うべく、全力の貢献を期するものであります。
自発が生む「自律の精神」で日米新時代へ
「外的形式」減らし「内発性」強めたアメリカの伝統
「外発的開化」で「内的規律」弱めた近代の日本
さて、往昔(おうせき)のそうした内発的なパワー、エネルギーを世紀末の枯渇した精神の大地に、いかにして蘇生させていくか。日本においてもアメリカにおいても、それは容易ならざる作業であります。
その意味からも、私は仏法哲理の骨格中の骨格ともいうべき「縁起」という考え方に、少々言及させていただきたいと思います。
周知のように仏法では、人間界であれ、自然界であれ、森羅万象ことごとく、互いに"因"となり"縁"となって支え合い、関連しあっており、物事は単独で生ずるのではなく、そうした関連性の中で生じていく、と説きます。
これが"縁(よ)りて起こる"ということであり、端的にいって"個別性"よりも、むしろ"関係性"を重視するのであります。
また関係性を重視するといっても、その中に個が埋没してしまえば、人間は社会の動きに流されていくばかりで、現実の積極的な関わりは希薄になってしまいます。
仏教史にその傾向が著しく見られることは、ベルクソンや貴大学で長く教鞭をとっていたホワイトヘッドなど知性が鋭く指摘するところであります。
しかし真の仏教の真髄はさらにその先に光を当てております。
すなわち、真実の仏法にあっては、その関係性の捉え方が際立ってダイナミックであり、総合的で内発的なのであります。
先ほど、異文化同士の接触がもたらす嫌悪と反目に触れましたが、関係性といっても、必ずしも友好的なものばかりとは限らない。"あちら立てれば、こちら立たず"といった敵対関係にあることも、しばしばであります。
その場合、調和ある関係性とはいったい何なのか--やはり、エピソードによるのが一番よいと思います。
ある時、釈尊がこう問われた。「生命は尊厳だというけれども、人間だれしも他の生き物を犠牲にして食べなければ生きていけない。いかなる生き物は殺してよく、いかなる生き物は殺してはならないのだろうか」と。
だれもがジレンマに陥りやすい素朴な疑問ですが、これに対する釈尊の答えは「殺す心を殺せばよいのだ」というものであります。
釈尊の答えは、逃げ口上でもなければ、ごまかしでもありません。「縁起」観に基づく見事なる解答であります。
生命の尊厳という調和ある関係性は、「殺してよい生き物」と「殺してはならない生き物」といった、時に敵対し反目する現象界の表層ではなく、深層にまで求めなければならない。それは単なる客観的な認識の対象ではなく、「殺す心を殺す」という人間の主体的生命の内奥に脈打つ主客未分化の慈しみの境位であります。
このダイナミック、総合的、内発的な生命の発動は、ベルクソンやホワイトヘッドが指摘しているような、単なる自我の消滅(=無我)ではなく、自他の生命が融合しつつ広がりゆく、小我から大我への自我の宇宙大の拡大を志向しているのであります。
私どもの信奉する聖典には「正報(しょうほう)なくば依報(えほう)なし」とあります。
「正報」すなわち主観世界と「依報」すなわち客観世界が二元的に対立しているのではなく、相即不離(そうそくふり)の関係にあるとするのが、仏法の基本的な生命観、宇宙観であります。
と同時に、その相即の仕方は、客体化された二つの世界が一体となるといったスタティック(静的)なものではない。「依報」である森羅万象も、「正報」という内発的な生命の発動を離れてありえないという極めてダイナミックかつ実践的色彩が強いものであります。要は、その「正報」である。"内発的なるもの"をどう引き出すか--。
「良心例学」にならって、ごく身近な例でいえば、私も仏法者として、この精神にのっとって、例えば離婚の問題で相談を受けたような場合、「離婚する、しないは、プライベートな問題で、当然、本人の自由です。しかし、"他人の不幸の上に自分の幸福を築く"という生き方は仏法にはない。それを基準に考えてください」と答えております。
ジレンマを伴うそうした苦悩と忍耐と熟慮の中でこそ、パスカル的意味での良心の内発的な働きは、善きものへと鍛え上げられ、人間関係を分断し、破壊する悪を、最小限度に封じ込めることができるのではないでしょうか。
そして、このような内発的精神に支えられた自己規律、自己制御の心ほど、現代に必要なものはないと思われます。
それは生命の尊厳のみならず、人間関係が希薄化しゆく世界に、ともすれば死語化さえ憂慮されている友情、信頼、愛情など、かけがえのない人間の絆(きずな)を瑞々(みずみず)しく蘇生していくために、貴重な貢献をなしうるにちがいないからであります。
ソクラテスにおいてそうであったように、その労作業は、広い意味で哲学の復権であり、またそのような哲学の土壌に、ソフト・パワーの時代は、真にたわわな果実を実らせるでありましょう。
とともにそれは、ボーダーレス時代にふさわしい世界市民の勲章ではないでしょうか。
私の敬愛してやまぬエマーソン、ソロー、ホイットマン等、"アメリカ・ルネサンス"の旗手たちもまた、そうした世界市民の一員だったのではないでしょうか。
最後に、私が青春時代に愛誦したエマーソンの、友情を謳い上げた美しい詩の一節を皆さま方に捧げ、私の話とさせていただきます。
私の胸は言った、おお友よ、
君ひとりゆえに空は晴れ、
君ゆえにバラは赤く、
万物は君ゆえにその姿は気高く、
この世ならぬものに見える。
宿命の水車のみちも
君の貴さゆえに日輪の大道となる。
君の高潔さはわたしにも教えた
私の絶望を克服すべきことを、
秘められたわたしのいのちの泉は
君の友情ゆえに美しい。
(『エマソン選集第2巻』、入江勇起男訳)
ご清聴ありがとうございました。
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