シンポジウム「ガンジー主義と仏教―現代からの視点」への池田SGI会長メッセージ
一、1997年、ニューデリーの首相官邸を訪問した折、グジュラール前首相(当時、首相)は、次のように抱負を語っておられました。
「インド独立50周年の好機に当たって、首相になった私の政策は、マハトマの遺産を世界に広げることです」
その翌年、創価大学のある東京・八王子の地を訪問された際には、こう述べておられました。
「ガンジーが提唱した『非暴力』は、仏陀の教えを、言葉を変えて言ったものです」
そして、非暴力の視点から文明論を展開されました。
「文明は、互いにつながりあっています。一つの文明が『善が負けて、悪がはびこる』社会になれば、他の文明も無関係ではいられない。悪を放置しておけば、すべての文明が崩壊してしまう危険があるのです」
私は今、首相との二度の出会いをなつかしく、鮮やかに思い出しております。
「善」とは「非暴力、平和」であり、「悪」とは「暴力、戦争」であります。「悪」は人々の心を引き裂き、民族と文明と大自然を破壊します。それに反して、「善」は人々の心をつなぎ、地球・人類を結び、生態系との「共生、共存」を可能にします。一つの文明が「非暴力と平和」へと転換すれば、その連帯の波動は、他の文明へと「善」を拡大していきます。
まして経済、通信技術、情報のグローバル化が進む現代においては、「善」の連帯を全人類へと拡充していくことが、より希求されるでしょう。地球一体化が進み、まさに「人類文明」が登場しようとしている現代こそ、「非暴力、平和」が"時代精神"の中核になるべきでありましょう。
一、インドの悠久の歴史がつちかってきた非暴力の系譜は、古くはウパニシャッドの哲人や釈尊から、近くはガンジー、ネルーに代表される偉大なる"魂"に連綿と受け継がれてきました。
古代インドにおいて、「非暴力の精神」を政治の世界に体現し、世界に燦たる善政に基づく文明を築き上げたのが、歴史上、最も偉大な王と称されるアショカ大王であります。
アショカ大王は、カリンガ国を侵略した戦争の後、痛切に悔恨し、「武力による征服」を放棄します。仏教徒としての深い信仰に目覚め、「ダルマ(法)による征服」こそ、真の征服であり、「武力による征服」は人間としての敗北であると悟り、釈尊の教えを根本においた平和な統治を行いました。
アショカの法勅(摩崖=まがい=法勅13章)に、次のようにあります。
「即位後八年に、天愛喜見王(アショーカ王)によってカリンガ国が征服された。その際、一五万の生類がその地から移送され、一〇万がその地で殺され、その数の幾倍かが死んだ。それより以後、今はカリンガが国は領されているので、天愛は、熱心なダルマの遵奉(じゅんぽう)、ダルマに対する愛慕、ダルマの教導に努めている」(山崎元一訳)
アショカ大王は、敬虔な仏教徒でしたが、寛容の精神を貫き、「信教の自由」を保障しております。
また、政治とは、すべての人々への負債の返済、つまり報恩のために行うべきものと考えておりました。
大王は領土の外に「ダルマ(法)」の精神を伝えるため、言語や風俗の差異を超えて、西方のギリシャ、マケドニア、小アジア、シリア、ペルシャ、エジプトなどの諸国へ使者を送り、平和外交を展開しました。またマヒンダ王子をセイロン(スリランカ)に派遣しております。
ネルー初代首相は、名著『インドの発見』の中で「今もなおインド及びアジアの他の多くの地域で愛されているが、彼は仏陀の教えを弘め、正義と善意とを弘めることに、また人民のための公共事業に、身を捧げた」(辻直四郎訳)と、アショカ大王の治世を高く評価しております。
一、また、ネルー首相はマハトマ・ガンジーについて、彼の登場は「旋風のごとくであり、多くのものをくつがえし、とくに民衆の心の持ち方を一変させた」(蟻山芳郎訳)、さらに「ガンジーはわれわれの姿勢を正し、背骨に筋金を入れた」(古賀勝郎訳)と述べております。
ガンジーの行動には民衆への愛情が横溢しておりました。
彼の宿願は「すべての人の目からすべての涙をぬぐい去ること」だったのです。
マハトマ・ガンジーの「非暴力の精神」は、ネルー首相や、ラマチャンドラン博士、バンディ博士ら若き弟子によって体現されました。また、その偉大なる"魂 "は、アメリカのキング博士に、さらには東欧革命の精神の支えとなり、南アフリカのマンデラ前大統領へも受け継がれております。
一、一方、釈尊の「非暴力、慈悲」の仏教は、東洋民族の心を潤し、日本においては、聖徳太子、伝教大師らをへて、13世紀の日蓮大聖人の出現となっております。
さらに、20世紀の初頭には、日本の軍国主義と対決し、民衆への"慈悲"と"非暴力の精神"を貫き通した創価学会の牧口初代会長、戸田第二代会長へと伝えられております。
それは、奇しくも、インドを舞台に"非暴力"を実践した、ガンジーや、本日ご出席のロケッシュ・チャンドラ博士の父君・ラグヴィラ博士、ネルー首相と同じ時代のことでありました。
一、私は1997年、ラジブ・ガンジー現代問題研究所での講演で、インドの世界史における重要性に言及しました。
――21世紀は、アメリカ、中国、インドの3国が主軸になる可能性が高い。世界の平和・安定のためにも、「インド・ルネサンス」ともいうべきものの興隆に期待したい。そして、インドがもつ「非暴力のメッセージ」が今後の人類にとって、決定的意味をもってくるであろうと。
世界は、21世紀に入っても、なお偏狭なナショナリズム、テロリズム、覇権主義、経済至上主義等に起因する「暴力」が後を絶ちません。「暴力」に打ち勝つ「精神の力」の興隆――釈尊、アショカ大王、マハトマ・ガンジーという貴国の"魂の巨人"が、遺した事例こそ、21世紀の人類の進むべき指標となりましょう。
一、最後に、私が若き日より、魂の友として敬愛してきた詩聖タゴールの詩を捧げさせていただきます。
旅立ちの時は来た!
船長、われらは誓う
嵐がうねりをあげ
波浪は
激しく吹き荒れる
されど
われらは前進する
行く手には、
苦痛を与えんと
危険が待ち受けている
嵐の直中の声は叫ぶ
「来たまえ! 恐怖に打ち勝つために」
本日、ご出席の皆さまのますますのご健康とご活躍と、そして敬愛する国立ガンジー博物館、ネルー記念博物館の、さらなるご発展を心よりお祈り申し上げます。
一、1997年、ニューデリーの首相官邸を訪問した折、グジュラール前首相(当時、首相)は、次のように抱負を語っておられました。
「インド独立50周年の好機に当たって、首相になった私の政策は、マハトマの遺産を世界に広げることです」
その翌年、創価大学のある東京・八王子の地を訪問された際には、こう述べておられました。
「ガンジーが提唱した『非暴力』は、仏陀の教えを、言葉を変えて言ったものです」
そして、非暴力の視点から文明論を展開されました。
「文明は、互いにつながりあっています。一つの文明が『善が負けて、悪がはびこる』社会になれば、他の文明も無関係ではいられない。悪を放置しておけば、すべての文明が崩壊してしまう危険があるのです」
私は今、首相との二度の出会いをなつかしく、鮮やかに思い出しております。
「善」とは「非暴力、平和」であり、「悪」とは「暴力、戦争」であります。「悪」は人々の心を引き裂き、民族と文明と大自然を破壊します。それに反して、「善」は人々の心をつなぎ、地球・人類を結び、生態系との「共生、共存」を可能にします。一つの文明が「非暴力と平和」へと転換すれば、その連帯の波動は、他の文明へと「善」を拡大していきます。
まして経済、通信技術、情報のグローバル化が進む現代においては、「善」の連帯を全人類へと拡充していくことが、より希求されるでしょう。地球一体化が進み、まさに「人類文明」が登場しようとしている現代こそ、「非暴力、平和」が"時代精神"の中核になるべきでありましょう。
一、インドの悠久の歴史がつちかってきた非暴力の系譜は、古くはウパニシャッドの哲人や釈尊から、近くはガンジー、ネルーに代表される偉大なる"魂"に連綿と受け継がれてきました。
古代インドにおいて、「非暴力の精神」を政治の世界に体現し、世界に燦たる善政に基づく文明を築き上げたのが、歴史上、最も偉大な王と称されるアショカ大王であります。
アショカ大王は、カリンガ国を侵略した戦争の後、痛切に悔恨し、「武力による征服」を放棄します。仏教徒としての深い信仰に目覚め、「ダルマ(法)による征服」こそ、真の征服であり、「武力による征服」は人間としての敗北であると悟り、釈尊の教えを根本においた平和な統治を行いました。
アショカの法勅(摩崖=まがい=法勅13章)に、次のようにあります。
「即位後八年に、天愛喜見王(アショーカ王)によってカリンガ国が征服された。その際、一五万の生類がその地から移送され、一〇万がその地で殺され、その数の幾倍かが死んだ。それより以後、今はカリンガが国は領されているので、天愛は、熱心なダルマの遵奉(じゅんぽう)、ダルマに対する愛慕、ダルマの教導に努めている」(山崎元一訳)
アショカ大王は、敬虔な仏教徒でしたが、寛容の精神を貫き、「信教の自由」を保障しております。
また、政治とは、すべての人々への負債の返済、つまり報恩のために行うべきものと考えておりました。
大王は領土の外に「ダルマ(法)」の精神を伝えるため、言語や風俗の差異を超えて、西方のギリシャ、マケドニア、小アジア、シリア、ペルシャ、エジプトなどの諸国へ使者を送り、平和外交を展開しました。またマヒンダ王子をセイロン(スリランカ)に派遣しております。
ネルー初代首相は、名著『インドの発見』の中で「今もなおインド及びアジアの他の多くの地域で愛されているが、彼は仏陀の教えを弘め、正義と善意とを弘めることに、また人民のための公共事業に、身を捧げた」(辻直四郎訳)と、アショカ大王の治世を高く評価しております。
一、また、ネルー首相はマハトマ・ガンジーについて、彼の登場は「旋風のごとくであり、多くのものをくつがえし、とくに民衆の心の持ち方を一変させた」(蟻山芳郎訳)、さらに「ガンジーはわれわれの姿勢を正し、背骨に筋金を入れた」(古賀勝郎訳)と述べております。
ガンジーの行動には民衆への愛情が横溢しておりました。
彼の宿願は「すべての人の目からすべての涙をぬぐい去ること」だったのです。
マハトマ・ガンジーの「非暴力の精神」は、ネルー首相や、ラマチャンドラン博士、バンディ博士ら若き弟子によって体現されました。また、その偉大なる"魂 "は、アメリカのキング博士に、さらには東欧革命の精神の支えとなり、南アフリカのマンデラ前大統領へも受け継がれております。
一、一方、釈尊の「非暴力、慈悲」の仏教は、東洋民族の心を潤し、日本においては、聖徳太子、伝教大師らをへて、13世紀の日蓮大聖人の出現となっております。
さらに、20世紀の初頭には、日本の軍国主義と対決し、民衆への"慈悲"と"非暴力の精神"を貫き通した創価学会の牧口初代会長、戸田第二代会長へと伝えられております。
それは、奇しくも、インドを舞台に"非暴力"を実践した、ガンジーや、本日ご出席のロケッシュ・チャンドラ博士の父君・ラグヴィラ博士、ネルー首相と同じ時代のことでありました。
一、私は1997年、ラジブ・ガンジー現代問題研究所での講演で、インドの世界史における重要性に言及しました。
――21世紀は、アメリカ、中国、インドの3国が主軸になる可能性が高い。世界の平和・安定のためにも、「インド・ルネサンス」ともいうべきものの興隆に期待したい。そして、インドがもつ「非暴力のメッセージ」が今後の人類にとって、決定的意味をもってくるであろうと。
世界は、21世紀に入っても、なお偏狭なナショナリズム、テロリズム、覇権主義、経済至上主義等に起因する「暴力」が後を絶ちません。「暴力」に打ち勝つ「精神の力」の興隆――釈尊、アショカ大王、マハトマ・ガンジーという貴国の"魂の巨人"が、遺した事例こそ、21世紀の人類の進むべき指標となりましょう。
一、最後に、私が若き日より、魂の友として敬愛してきた詩聖タゴールの詩を捧げさせていただきます。
旅立ちの時は来た!
船長、われらは誓う
嵐がうねりをあげ
波浪は
激しく吹き荒れる
されど
われらは前進する
行く手には、
苦痛を与えんと
危険が待ち受けている
嵐の直中の声は叫ぶ
「来たまえ! 恐怖に打ち勝つために」
本日、ご出席の皆さまのますますのご健康とご活躍と、そして敬愛する国立ガンジー博物館、ネルー記念博物館の、さらなるご発展を心よりお祈り申し上げます。
