2008年12月アーカイブ

今年は私にとって、重要な分岐点とも言うべき年になったのではないかというのがまず、自身の感想です。

その一つは、このブログを12月から開始したことが挙げられます。

実は、私はブログのような手段で、創価学会について、何かを発信することには、むしろ否定的な考え方をもっていました。

なぜなら、文字のみによる考え方の表明には、どうしても限界があり、直接対面による対話以外に、その真意は伝わらないばかりでなく、むしろ誤解を多く生んでしまうのでは......という疑問ゆえでした。

しかし、リアルな、直接対面による対話には、違う面の限界もあります。特に空間、時間的な制約が大きく、実際に対話の時間をとることは、極めて難しいのが実情です。

事実、私が地元の青年部の皆さんとお話ししたいと思ったとしても、「一体、何の用ですか」といぶかしがられるのがせいぜいでしょう。

対話が重要であるということを痛切に感じながらも、それができる機会のないもどかしさ......悶々とした中で、唱題を重ねていきました。

そうした中、池田先生が私を激励してくださるかのように、「師子は敢然と論戦に挑んでいけ、臆病であってはいけない」「壮年部は青年部の成長に全責任を担っていけ」と連日のように指導してくださいました。

さらに「広布の賢者の壮年部」において先生は、こうも激励していただきました。

「なすべきをなして、コメントは人にまかせろ」

「勇敢なる凡夫という、最高の俳優となって、今世を生き抜いていくのだ」

凡夫である私が出来ることは当然、限られており、ゆえに何かをするのも躊躇が先に立っていたのですが、先生からの叱咤の声が聞こえてきたのです。

「凡夫だからこそ、なすべきことがある。傍観者のような卑怯な壮年であってはいけない、積極的にその力を使い切っていけ」

私は学生部の時に、池田先生に「社会の一隅を照らす存在になります」と決意文をお送りしたことを思い出しました。

その決意をいよいよ果たす時が今なのかもしれない――こういう経緯で私はブログを始めました。

私のブログの目的および趣旨は、問題提起にあります。

師匠が次々と私たちに示してくださる智慧の宝の山を私たちはそれらを誇りとし、意気揚々と前進できているわけですが、正義の前進であるからこそ、普段からの綿密な自己点検・整備を怠ってはならないと思うのです。それなしにスムーズな前進を永続させることはできないわけです。

それは、ブログにも述べさせていただいたように、正しいはずだった宗門の転落劇を挙げるまでもなく、数々の歴史が証明しています。

素晴らしい理念の団体だからこそ、そうした常なる細心の心遣いを怠ることなく前進していかなければ、取り返しのつかない歴史の汚点を残すことになってしまうと思うのです。

そのような歴史の愚を二度と起こさないために最も必要なことが、民衆による智慧なのです。

このことを師匠は、何十度、いや何百度と繰り返し私たちに示してきてくださいました。

そうなんです。私たち民衆が賢明にあって始めて、その愚を愚と見破り、腐敗と転落の宿命を転換できると思うのです。

そうした意味では、私のブログは極めて老婆(爺?)心に満ち、うるさい小舅(こじゅうと)的発想であり、耳障りな物言いなのかもしれません。

しかし、創価学会の世界は多様性に満ちた、まさに桜梅桃李を地でいく世界なわけです。いろいろな人がいてこそ創価学会なわけです。

私のように小舅的で口うるさく、せっかくの勢いある前進に、「少し立ち止まって考えることも必要では」などとおせっかいの言をつぶやく人間が一人くらいはいてもいいのではないかと......。

そんな私ですが、今年1か月間、おつきあいいただきありがとうございました。コメントをつけてくださった皆さん、そしてこのブログを一度でもお読みいただいたすべての皆さんに深く感謝申し上げます。

来年もどうぞよろしくおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。

皆様にとって、来年が福徳に満ちた素晴らしき1年でありますように、心よりお祈り申し上げ本年の締めくくりとさせていただきます。



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今年も残すところ、わずかとなりました。

皆さん、それぞれの年末を過ごされていることと思います。

私は印刷してしばらく放置したままだった年賀状に一言を書き入れ、やっと出せる体勢が整いました。

一言とはいえ、年に一度の交流ともなる友人も多いだけに、それなりに緊張してしまうのです。どうしても書き出すまでに時間を必要とします。

でも、書き出せば一気に書けてしまうもので、案ずるよりなんとかということなのでしょう。

さて、きょうは日常の話題でまいります。

皆さんは日記をつけておられるでしょうか。

つけておられれば、どのような方法なのでしょうか。うかがってみたいところです。

ちなみに私は中学2年生のころからつけ始めたので、途中の中断を含め、30数年続いていることになります。

ただ、残念なことに、残っているのは1991年からの約17年間のデジタル化したもののみで、それ以前の手書きのものは、紛失してしまっています。

もったいないことです。

中学、高校時代にどんなことを書き残したかを知ることは極めて貴重な体験だと思うからです。

最近はブログ人気の影響で、日記をつけられる方も多いことと思います。

でも、公開型のブログは個人的な日記とは別物なので、いわゆる「自分のみにとどめておくべきこと、誰にも言えないこと」を書くわけにはいきません。

となると、自分にとって、大事と思われる、自分のみぞ知る世界のことは、やはり個人的日記に記しておかないと、記憶以外には残らず、霧消してしまうことになります。

もったいないことだと思います。

おせっかいと思われるかもしれませんが、若い方には特に、自分だけが読み返すことを前提とした個人用日記をつけていってもらいたいと思うのです。

つけているその時は、大した価値のないと思われる記録が、なぜか時が経つにつれて、その価値は重みを増していくのです。

不思議なものです。

私は現在40代ですが、現存する30歳のころの日記を読み返すと、それは面白いのです。
面白いだけでなく、当時の心理や悩み、決意などが生き生きと蘇ります。
ある意味、売れっ子作家の小説以上に、いや文豪の作品に匹敵するほどの傑作と言っていいかもしれません。

言うなれば、日記は自分だけの「世界最高峰の私小説」と言ってもいいかもしれません。

私は常にそういうつもりで自分の日記に向き合ってきました。だれに認められるものでもない、自分にさえ認められればよい、それに勝る栄誉はないと思うのです。

もし、個人用日記をつけられていないようでしたら、新年からでもぜひ日記をつけられることをお勧めします。

何年後、十何年後、何十年後、必ず「つけておいてよかった」と思う日が来ると思います。

最近、私はブログに偏りがちで、個人日記がややおろそかになる傾向があるので、自省の意味もこめて、日記の重要性について述べさせていただきました。


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■Q(問い)を解く鍵は既に用意されている

以来、池田先生が発せられる智慧の宝は、「社会と宗教」におけるQ(問い)に対するA(答え、もしくはヒント)ととらえることができるようになったのです。

その原点こそが、先の論文において主題とさせていただいたハーバード講演「ソフト・パワーの時代と哲学」でした。

私はこの「ソフト・パワー」という考え方をいただくことによって、それまで疑問で絡まりに絡まっていたすべての難問が、一瞬にして解けたように思えたのです。

まさに自分の奥底に眠っていたソフト・パワーが噴出した瞬間でした。

池田先生が師との共闘によって切り開かれた人間主義の宗教、つまり「宗教のための人間」ではない、「人間のための宗教」の確立と恒久化、永遠化を生涯をかけて勝ち取る闘いをしていこうという決意が固まったのでした。

冒頭にも申し上げたように、蓮祖に連なる人たちでさえ、700年という時間と悪の誘惑の試練に打ち克つことができなかったという厳しい歴史の事実と向き合うならば、まだ80年に満たない創価学会の恒久化、永遠化、普遍化には、「相当なる覚悟」をもって臨まなければならないことは間違いないと思うのです。

先生はスピーチでよくおっしゃいます。

「簡単に考えてはいけない」と。

このまま、うまくやっていけるに違いない、という考えで、うまくやっていけるはずがないのです。

それほどに師が私たちに期待を寄せ、むしろ責任と課す、恒久化の闘いは私たちが思う以上の至難中の至難の事業であると思うべきなのです。

私は当ブログにおいて、「対話」の重要性を訴えてまいりました。

これまでの研鑽と思索、実践から、組織の恒久化を可能にするものは、「対話」以外にない、しかも付け加えるならば、「ソフト・パワー」に基づく「対話」であろうと確信するのです。

なぜなら、そのことを池田先生は会長就任以来、変わらず主張されてきたことだからです。

かつてキリスト教にも、形骸化した教会や聖職者への批判の原点回帰運動が起こりました。いわゆる「宗教改革」です。

これによって、キリスト教はカトリックとプロテスタントという二つの勢力に分裂し、百年にわたる血で血を洗う凄惨極まる戦いを経験することになります。

そうした悲惨な歴史を繰り返さないために、分裂という悲劇を起こさないために、創価学会は、どんな理由であれ、その内部において、民衆を見下すような考え方や行為を決して許すわけにはいかないのです。

そのために、私たち一人ひとりが、賢明になっていく必要があると思うのです。

どんな立場にあっても、人間主義=ヒューマニズムの観点から、堂々と正しい意見を主張していく必要があると思うのです。

そのための「対話」なのです。

組織の生命線は、率直で、真剣で、かつ思いやりのある「対話」であり、逆にそうしたみずみずしい「対話」が失われた時に、どんなに堅固と思われる組織も、国家でさえ、簡単に崩れ去ってしまうことは、歴史が示す通りです。

以上、私の闘争の原点となった18年前の12月28日を振り返りつつ、私の信仰者としての、また池田先生の弟子としての信念について、語らせていただきました。

(おわり)


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■学会2世の壁を打ち破って

私は学会2世で、物心ついた時には手を合わせており、会合にも誘われれば参加するのですが、決して熱心とはいえず、むしろいつも下を向いて話を聞いている方でした。

学生部になってからも、正直、疑問を抱えながらの活動でした。

とりわけ、折伏に挑戦しようとした際の先輩の一言、「だましてでもいいから友人を連れてくればいいんだよ」という言葉には、どうしても納得できなかったのです。

「そうした布教の仕方が、この仏法の本来のあり方なのか?」――疑問は募り、それを納得に導いてくれる言葉は見つかりません。

やがて限界に達しました。

私は大学2年生で学生部グループ長をしていた時、インドに旅立ちました。幹部の反対を受けましたが、どうしても行かなければ、自分の中で信仰を続けていくことは難しいと感じたのです。

インドへ行くに際して、目的を二つ置きました。

一つは、自分で自分を再折伏をする。

もう一つは、自らを完全に納得させるまでは、日本に帰らない。

私は2世というどうしても超えがたい壁を自らの手で突き破りたかったのです。

つまり、自ら進んで入信することで、自発的な信仰者となり、「やらされたから」という逃げ道を自らふさぎたかったのです。

放浪の末、たどり着いたベナレスの街で、ガンジス川を何日も何日も眺めて時を過ごしました。

自己との果てしない対話が続きました。

約1週間が過ぎた時のことです。

川面に移ったやさしい月影が、突然、私に話しかけてきたのです。

「もう一度、やってみなさい」と。

それが一体、だれの声だったのか――それは知る由もありません。

私は黙ってうなづき、その場を立ち去りました。

それが私にとっての自己折伏、再入信の瞬間でした。

そして、日本に戻ったのです。

それからは、がむしゃらにすべての活動に挑戦していきました。

なぜなら、自ら選んだ信仰だからです。

その数年後、「社会と宗教」との出会いに恵まれ、私の進むべき道が定まりました。

「宗教組織の恒久化」という遠大でいて、ロマンあふれる闘いです。

その鍵を「社会と宗教」によって、池田先生から手渡されたと私は確信したのです。

(つづく)


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■宗教組織の恒久化という難題

学生部在籍が長かった私は、夏季講習会という行事に一体どれほど参加したかは覚えてないくらいです。

そのころは、宗門がそれほどに腐れ切っているという事実は知る由もありませんでした。

当然のことでしょう。

私たち子どもが気がつくほどの表層的な問題ではなかったのですから。

「社会と宗教」の「組織論」において、池田先生はウィルソン教授に対し、徹底して、宗教組織が陥る宿命的な弱点について問いかけられ、教授もその思いに応えるかのように、組織が抱える課題、困難について、その本質を抉り出しています。

私はこの対談を、まさに本山における夏季講習会の研修テキストとして初めて学びました。

象徴的な出来事だと思います。

研修の材料から「組織論」は外れましたが、「全編、必ず読んでくるように」との指示が出ていましたので、すべて読み通して参加したのですが、まさにそこで私は、組織が陥る通弊というものを、ここまで池田先生が深く認識され、宗教学者にその解決の方途についての見解を、まるで一生徒のように、うかがっていることに衝撃を覚えたのでした。

よく考えれば当たり前のことです。

宗教組織のリーダーとして、組織を衰退させることなく、永続的に発展させていくことは、最大の眼目といってもいいはずです。

その意味で、池田先生がそのことを考えられていないはずはありません。

しかし、当時の私は「組織の維持などにかかわることは先生の自身の胸中や一部の最高幹部のみに収められていくものであり、私たち会員たちにさらけ出されるものではないのであろう」と思っていたのです。

ところが池田先生は、そのすべてをといっていいほどに、宗教組織が抱えるアキレス腱や弱点、課題を本の出版という公の形であからさまにさらされたのです。

繰り返しますが、私にとっては驚愕の事実でした。

同時に、「先生は私たち後継者に、とんでもない課題を突きつけられたのだ」という意識が沸きました。

つまり、「この難題を克服するのは後を継ぐ君たちの事業だ」という師の厳命であると。

それまでの私は、ここに告白しますが、創価学会の活動に正直言って疑問をもち続けていました。

(つづく)


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■悪との闘争の原点の日

池田先生が日蓮正宗の総講頭職を失したという通達が宗門より送られてきた1990年12月28日から、きょうでちょうど18年の歳月が経ちました。

いわゆる宗門問題が起こった日であり、創価学会が魂の独立を事実上、獲得した記念すべき日であると私は思っています。

残念ながら、その日の私の日記は残されていないので、当時の心理等を生の状態で振り返ることはできないのですが、私自身、全く動揺することなく、その事実を受け止めることができたという記憶は鮮明です。

当時、学生部に所属していた私は、翌日より大晦日に至るまで、指示された組織(主に部単位)を訪問し、学生部の皆さんに経緯や学会の対応について説明をして回りました。

この年の年末年始は、この問題への対応に負われ、普段のような正月気分には全く浸ることができずに終わったのでした。

しかし明けて91年の1月6日に行われた新春本部幹部会において、固唾を呑んでいた全学会員に対し、池田先生は満面の笑みをもって登場され、全くいつもと変わらない、慈しみと厳愛に満ちたスピーチをしていただいたのです。

全学会員は微動だにすることなく、この宗門問題を乗り越えることができたのです。

私にとって、その日、つまり12月28日は、「生涯にわたる悪との闘争」の原点の日となりました。

「いかなる理由があれ、善の連帯を抑圧し破壊する者とは、生涯闘い続けよう」と。

その決意の表れが、ブログにて掲載させていただいた「宗門問題と創価ルネサンスについての一考察」の論文であり、その理念の実践の闘いでした。

私は「闘い」を起こすに当たって、「悪」の本質に迫る必要を感じ、池田先生の著作にそれを求めました。

その一つのヒントは1985年刊行のウィルソン対談「社会と宗教」の第3部「組織論」で明確に語られていました。

つまり、今や日顕宗となってしまった日蓮正宗は、もともと堕落し、腐敗した組織であったのかと言えば「否」なのです。

当然のことでしょう。

御本仏であられる日蓮大聖人とその弟子の日興上人による師弟の相伝は、私たちが継承すべき魂そのものであることは言うまでもありません。

それだけの峻厳なる偉大な師匠を仰いだとしても、組織を清浄のまま保つことは時とともに困難さを増すということ――私が宗門問題において、最も深く心に刻まれたのは、そうした宗教組織の維持・発展の難しさということでした。

なぜなら、それは将来の創価学会にも通ずることだと思うからです。

(つづく)


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■さいごに

この考察論文は、宗門問題の本質を探ることから始まり、池田先生の行動と人間学、そして思想を学ぶ必要性に至った。

つまりは、宗門の鉄鎖から解放された私たちは、その悪の本質を見極め、徹して責め抜くとともに、いよいよ真の人間主義の闘いを展開する時を迎えたのだととらえるべきということだろう。

先生はハーバード講演で述べている。

「人間の側からの"内発的"な対応がなければ、知識や情報がいかに豊富でも、例えば容易に権力による情報操作を許し、"笑顔のファシズム"さえ招来しかねないのであります。その意味からも、ソフト・パワーの時代を支え、加速していけるかいなかは、あげて哲学の双肩にかかっていると言っても過言ではないでしょう」

――つまり、宗門の誤りを徹底的に正すからには、私たちは、徹底的に正しい道を志向する哲学を持ち、その実践をしていかなければならないということである。

先生が示してくださっている指針を目指して戦えているのか、また、人類の利益に資する考えと行動がとれているのか。そうした不断の問いかけができているかどうかが大切なのではないか。

だからこそ、私たちには哲学が不可欠なのである。言い換えれば、高い精神性と宗教性(人間のための)である。

聖教新聞に羅針盤というコラムがある。そのなかで「悪との戦いは...」というタイトルでこういう下りがあった。

「外なる悪との戦いは、また必然的に己の内なる悪との戦いと同時進行させなければならない。『立派に生きることが最善の復讐である』(英国のことわざ)」

私たちは、今、まさに、"極悪"との戦いに臨んでいるのであるから、このことわざを借りれば、"極善"の生き方こそ最大の悪との戦いとなるとは言えまいか。

私は、先生が私たちにそう示して下さっていると思うのである。

だからこそ私たちは、この問題を通して、真の「人間性」「精神性」「宗教性」というものを仏法の英知をもって再度認識し、もし、失われたものがあるとするなら、その復興に全力を傾けなければならないだろう。

そこを無視、軽視するならば、時代逆行の汚点を残すばかりか、広宣流布を阻害さえする存在になってしまうことだろう。

"創価ルネサンス"――創価学会による人間復興――。

この試みは、これまですべての宗教が歴史に示してきた宿命的な不可逆性(宗教の中に生まれた制度的な側面が硬直化することによって、制度が人間を拘束し、宗教本来の純粋な信仰心が失われてくるという本末転倒)を人類史上初めて打ち破ろうとする壮大な、ロマンあふれる戦いなのである。

だからこそ、今私たちが直面していることは、一宗一派に決してとどまるものではない、人類史上をかけた崇高な宗教革命なのである。

ゆえに、私たちは、世界が賞賛する池田思想を学びに学び、「慈悲」と「英知」の光で社会を照らしゆく一人一人に成長していくことこそ、今、最も求められていることなのだ。

そのためにも、講演で示されたように、極力「外的形式」を減らし、一人ひとりの「内発性」を高め、強めるための組織のあり方について、知恵を結集していくことが求められるのではないかと思う。

ハーバード大学の門には次のような一節が刻まれているという。

「学問を進め、後世に伝えていくこと。無学な聖職者たちを教会に残すようなことがあってはならない」(R・N・スミス著、『ハーバードの世紀』)と。
 
21世紀まであと10年足らず。

その新世紀を"人間主義の世紀"の幕開けとしうるのか、それとも、権威の鉄鎖に蹂躙される時代逆行の世紀としてしまうのか......。その鍵は私たちの手の中にある。

その鍵は、先生がソフト・パワーという仏法の原点となす哲学をもって、私たちに手渡して下さったものである。

眼前に立ちはだかり、陽射しをさえぎる山を民衆の漸進的な力によって崩し、やがて燦々とふりそそぐ陽光が享受できるその日まで、巖窟王のごとく決してあきらめることなく勇気の前進をしていくことをここに誓い、この稿の結びとしたい。

(おわり)


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■ハーバード講演の意義――ナイ対談から考えること

次に、この講演のテーマとなった「ソフト・パワー」の重要性を指摘したハーバード大学のジョセフ・ナイ教授との対談(91年5月10日)について触れてみたい。

ここでは、ソフト・パワーとハード・パワーの定義から始まり、指導者にとって、世界にとってソフト・パワーがいかに重要であるかを展開している。教授の言葉を引用してみよう。

「"ハード・パワー"が相手を威圧的に"屈服させる"力だとすれば、"ソフト・パワー"は自分のしたいことをさせながら相手を取り込み、リードする力といえます。それ自体の魅力をもって、相手を魅了していく力です」

これに対して池田先生は、以下のように語り、教授への全面的な賛同を表明している。

「命令ではなく、魅力によって人々をリードする。これは、私どもにとって、一番関心の深い、また最も心を砕いている観点です。威圧的な"ハード・パワー"の指導者ではなく、民主と文化の"ソフト・パワー"の指導力をこそ人々は望んでいるし、このいき方、思想が、民衆の中に大河のうねりとなって広がっていく時、世界は真に『人間』を中心に回転を始めるでしょう。『新たな国際秩序』の問題は『新たな文明の在り方』『新たな人間の生き方』と表裏一体なのです」

今、引用した二人の言葉を先生は講演で宗教的な角度から縦横無尽に展開されている。

さらにナイ教授との対談の中で、先生がハーバード大学が第一級のリーダーを陸続と輩出する理由を問うたのに対して、教授はこう述べている。

「......まず申し上げるべきは、伝統の力でしょう。"真理の追究"と"公共の利益に資する"――これがハーバード大学の精神ですが、私たちは長い間この信念を守り抜いてきましたし、今もなお伝統の実現のために努力しています。ここに人が育つ背景があると思います」

これに対して、池田先生は次のように述べられている。

「"自分は何もしないで、真剣に行動する人のあら探しばかりしている"――ハーバード大学では、そんな四流、五流の人間など眼中にないと。私も、いかなる非難を浴びようとも自ら行動し、社会に、世界に、貢献しゆく本物の人間をこそ育てたい。それが真情です。創価大学も、こうした"行動する英知"を育てるためのものです」

"公共の利益に尽くしていくこと"――この仏法でいう菩薩行を行ずるという目的なしに、真理の追究も無益であるし、ましてや行動の価値はないに等しい。

また、現在の日本を蝕む利己主義、経済至上主義のどれをとっても、この公共に尽くしていこう、すなわち社会のため、世界のため、人類のために惜しみなく尽くそうといった崇高な精神や思想とは懸け離れたものといわざるをえない。

池田先生は、「公共に尽くす」――つまり"社会・人類貢献"を建学の精神とするハーバード大学を舞台とすることで、講演テーマとなる「ソフト・パワー」が発揮されるべき方向性を示そうとされたのではないかと推察されるのである。

ゆえに先生が、ソフト・パワーの重要性を訴え、内発的な力を引き出す哲学の在り方を示されたのもすべて、人類に、社会に貢献するためのものであるということを認識しなければ、この講演を読む意味はないとさえ思える。

例えば、先生は講演の中で、仏法の中の「縁起」の考え方に触れている。

人間は孤独の中では生きられない。

さまざまな関係性、社会性の中で、それぞれが役割を果たしながら生きている。

ゆえに、「いかによく生きるか」は「いかによく人のために自分の命を使っていくか」という自らの問いかけにほかならないということを、この「縁起」という思想で展開されている。

つまり、その実践とは、社会貢献であり、人類貢献という菩薩の行いそのものであることを講演では強調されているわけだ。

<SGI会長講演>「ソフト・パワーの時代と哲学」於ハーバード大学


(つづく)


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【人間主義(ユマニテ)】

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■ハーバード講演の意義――ヴィーゼル対談から考えること

話の筋を戻そう。

過日、池田先生が、ハーバード大学において行った講演「ソフト・パワーの時代と哲学」は、文字通り、SGIにとって歴史的な講演となったと言っていい。

この講演を読むに当たって、講演に先立って行われたエリー=ヴィーゼル博士(ノーベル平和賞受賞の作家)との会談を踏まえておきたい。

博士との対談で中心のテーマとなっていることは、人権(人間の尊厳)と教育の二点である。

人権というテーマについては、アウシュビッツ経験を通して、人間性を抑圧し、蹂躙してきた戦争と宗教を取り上げ、戦争の全き無意味さ、宗教が本来の使命である"人間のため"を忘れ、正義の名のもとに人間を犠牲にしてきた最大の転倒を指摘している。

さらに、博士の「ノーベル平和賞」の受賞の際の講演での「人間が苦しめられ、辱められている限り、いつでも、どこでも、私は決して"沈黙"しない。沈黙は、苦しめる側を増長させ、苦しめられる側には役立たない」の言葉を通し、人間性を踏みにじるものすべてに対して戦う精神の重要性を語った。

そして、教育というテーマについては、人間性を破壊する"憎悪"の危機を克服するための唯一の方法であると語っている。

そして、最後に、青年に望むこととして、博士は「互いに尊重し、尊敬し合う心を育んでほしいということです」と述べ、友情そして人間の連帯の大事さをもって、対談を結ばれている。

(つづく)


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【悪との闘い】


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■会員を賢明な存在に

民主化の到来とは、自由を獲得することにほかならないことであるが、放縦な自由の享受とは違うことを明確に踏まえていなければならない。

民主化に必要な条件は何か――その根幹を先生は、教育に置かれた。

知識の詰め込みではない、全人格的な教育。

つまり、古今の一流人物の思想、生きざまを通しての人間学を時に衛星放送で、時に聖教新聞で、また、世界の識者との対談を通じて。

人類最高峰といっていい知恵の宝を、私たちに示してくださっている。

ここで、やや本稿の筋から外れることになるが、一つの問題提起をさせていただきたい。

それは、一体私たちのどれだけが、池田先生が積み上げてきて下さった、この知恵の山、宝を生かしきれているだろうか、という疑念である。

先生は今、真の宗教革命を先陣を切って断行されている。

そして、私たちにもその方途を示して下さっている。

その宗教革命も前述の通り、決して一宗一派の改革にとどまるものではなく、全人類的視野に立った世界平和実現というグローバル規模の戦いであるということにほかならない。

しかし、池田先生のスピーチ、著作、対談集等は膨大な量に及ぶがゆえに多くの人が、ある種、諦めが先に立ってしまっていないだろうか。

先生が時々スピーチの席上で、「私は200年後の人たちのために話しているのだ」と述べられたり、側近に向かってそう漏らされたりすることがあるという。

それは、私たちの諦めが、先生に伝わってしまっているがゆえの、先生の心情の吐露なのではないか。

先生の指導が重要だ、重要だということは、常に叫ばれ続けてきた。

しかし、なぜどう大事なのか、どう咀嚼し、自己の血肉にしていくべきか、いかに実の生き方として展開していくべきか、また社会に反映していくべきかについて、語られる機会はそう多くはない。

そうした対話より、むしろ"伝達"が優先され、真の意味の"人間教育"がなされていないと思うのは私だけだろうか。

重要なのは、対話である。

一対一の膝詰めの対話である。

悩みを解決し、問題意識を掘り起こし、命を触発する、本音で語り合える熱き本音の対話である。

これこそが人間主義の仏法の原点なのだ。

そして、その対話で展開されるべき知恵は、既に池田先生によって、その多くを授けられている。

語るべきである、徹して。

真剣でかつ温かい語らいの中にしか、広宣流布前進のパワーは生まれない。

そうした対話が欠如しているとしたら、戦いが形式化していることを疑うべきだ。

発せられる言葉が、伝達に終始していないか点検してみるべきだ。

今こそ、大胆かつ柔軟な思考の上に立って、真の人間のための宗教の在り方、組織の在り方を模索するべき時がきたのではないかと思う。

これは、学会の永遠化、普遍化を池田先生に託された私たち後継が、心がけていかなければならない最重要課題なのではないだろうか。

(つづく)


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■世界の潮流――民主化のうねり

池田先生は会長就任時から、海外の指導者との対話、対談などを精力的に進められ、世界平和の実現のための一歩一歩、着実な前進をされていた。

しかし、10年前の世界は、冷戦構造が徐々に解け始めていたとはいえ、世界的な平和の潮流を実感するには至っていなかった。

まして、今回のソ連8月革命などが、将来起こり得ることをだれ一人として予想できなかったほど、民衆が抑圧を感じていた時代だった。

いわゆる、権威の力が権勢を誇っていた時代だったのだ。

池田先生は会長を勇退され、対話の闘いをさらに加速される。

ここ数年を振り返ってみるだけでも、一体どれだけの指導者、政治家、学者、芸術家、作家、教育者、ジャーナリストなどの一流の人物と対話を交わされたか。

先生に会う人、会う人すべてが、年来の友人となっていくという事実。

この着実な信頼の積み重ねが、少しずつ、少しずつ世界の潮流を対立から協調へ、不信から対話への流れに棹差したことは間違いない。

たった10年前の世界はあらゆるところで、権力が絶対を誇っていた。

しかし、絶対の権力であったものが失墜し、権威の仮面がはがされることとなった今日。

もう、抑圧されるものは何もない。

あれば、勇気をもって破壊していくことだ。

――そんな民衆の誇りと自信が、世界を席巻し、人類史上初めて定着した。

宗門に対する学会の闘争も全く同じ図式でとらえることができる。

正邪は明白である。

現に、私たちは宗門をもはや権威とは、だれ一人としてみなしてはいない。

それは、当然の帰結としてそうなったのではない。

池田先生が、営々と築いてこられた民主の時代が到来したからこそ、ということを改めて確認しなければならないだろう。

(つづく)


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■功労者宅の訪問

それでは池田先生は、「その時」を目指して、この10年間で、どのような闘いを積み上げてこられたかについて、その行動の一側面から、その意味をくみ取ってみたい。

先生は、会長勇退時のメッセージに、「一緒に活躍してきた、全国にわたる功労者のご家庭にも、激励やらお見舞いにうかがえればと願っております」とあるように、まず、法に身を賭して闘ってこられた同志のお宅を訪問し、激励するという闘いを開始されている。
先生の当時の指導の中でも「功労者のお見舞いもあって、この地に寄せていただいた。近年、何かとご苦労やご心配をおかけし申しわけなく思っている」(静岡文化会館での勤行会 昭和55年5月13日)などと話されている。

名誉会長となられて、最初にされたことが、学会活動の中で、一番地味であるが、最も重要な原点ともいえる会員宅の一件一件の家庭訪問であったということが、先生の深甚の決意の表れと思えてならない。
池田先生は、盤石たる創価学会の構築へ、ここに確固たる第一歩を踏み出されたのではないだろうか。その緒戦が、一人の会員を大切にする学会の原点というべき対話の戦いだった。

(つづく)


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■10年前との違い

今回の宗門問題と前回(第一次)の問題を比べてみて、一番明確な相違点として感じられることが、その学会の戦い方の姿勢であろう。
一宗派の改革にとどまらない、人類規模的な宗教革命の使命も担っての壮大な戦いであるがゆえに、妥協が許されない、中途半端は許されない。

あらゆるメディアを総動員し、宗門の悪の本質をえぐる報道が続いている。
言い換えれば、この戦いは、情報戦の側面が重要な位置を占めている。
つまり、言論戦による徹底抗戦が学会の姿勢だ。

なぜ、第一次と今回の学会の対応はここまで違うのか。

推察するに、第一次問題の十年前は、現在のように全国に会館が整っていなかったことが挙げられよう。しかも、現在のような衛星放送システムもなかった。情報戦を展開するだけの体制が十分に整っていなかったのである。

正しい情報が伝わらなければ、会員は動揺してしまう。そして悪の組織に簡単に付け込まれていたはずだ。

そうした体制が整っていなかった第一次宗門問題時、池田先生が「過去の経過の一切の責任」をとられる形で勇退せざるをえなかったのは、まだ戦う体制とともに、「その時」が来ていなかったということではないかと推察する。

(つづく)


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宗門問題と創価ルネサンスについての一考察
講演「ソフト・パワーの時代と哲学」に学ぶ


1991/10/5

■はじめに

宗門問題が起こって、約9か月が経った。

しかし、宗門問題とは、"起こった"ということではなく、むしろ、もともと"存在した(あった)"ことであるということを改めて確認するべきだと思う。

宗門問題は、90年の11.16の池田先生のスピーチから端を発したことではないし、ましてや同年末、宗門が行った一方的な池田先生の総講頭罷免から始まったことではない。

それらは、宗門の構造的な腐敗体質が表面に表れたにすぎない。要するに、もっと以前からの根深い問題として存在していたというわけだ。

その問題の根はどこにあったのかを探るべく、第一次宗門問題にさかのぼり、それに伴う池田先生の会長勇退、そしてそこから、約10年後の記念すべきハーバード講演に至るまで池田先生の魂の闘いの軌跡を振り返り、私たちが目指すべきこれからの方向性について、考察してみた。

■「七つの鐘」の終了

昭和54(1979)年4月24日は、池田先生が会長を勇退されたその日である。

しかし、その日付の聖教新聞には、全くその事実は触れられておらず、『学会第1期の目標「七つの鐘」終了に当たって』という題の池田先生の所感が掲載されている。

要旨として、

(1)尊き慈折広布の闘いに奮闘していただいた会員諸兄に深甚の感謝
(2)広布の永続革命を後に続く人々に継承
(3)総本山を外護しながら、新しい世紀に即応して、確固たる広布の歩みを

――と述べておられる。

しかし、この所感が掲載された翌日、池田先生が会長を勇退される記事に接することになろうということを一体だれが予想できただろうか。

事実、翌日の4月25日付には「"七つの鐘"を総仕上げし新体制へ」との見出しが掲げられ、新会長に北条浩氏が就任、池田会長は勇退され、名誉会長となったことが発表されている。

あまりにも唐突な池田先生の会長勇退、そして、新体制のスタート。その急展開は多くの学会員に戸惑いをもたらした。

池田先生は、同日の聖教新聞紙上で、名誉会長としての初のメッセージを寄せている。

メッセージの要旨は、前日の『「七つの鐘」終了に当たって』に準じた内容となっているが、唯一違っている点がある。その点を以下引用する。

「会長辞任とあわせて、私は二十二日、御法主日達上人猊下に法華講総講頭の辞任を申し出ました。
これは、近年、御宗門との関係で、皆様方に多大なご心労をおかけし、御法主上人猊下のご宸襟(しんきん)を悩まし申し上げてきたことに対し、過去の経過の一切の責任をとらせていただくものであります」

池田先生は、あえて当時の問題の本質を公にすることなく、自らの会長勇退、法華講総講頭の辞任をもって、一切の泥をお一人でかぶられることをなさった。

宗門にこそ、問題があったにもかかわらず、である。

池田先生は、なぜ、私たちにその事実を知らせることなく、ただお一人、犠牲を払うような決断をなさったのであろうか。

(つづく)


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来年は「青年・勝利の年」です。

池田先生が連日のスピーチ、お歌で、私たちに「師弟不二」による勝利の重要性を訴えてくださっています。

青年部、そして青年部を支えていく婦人壮年、つまり全学会員にとって、再来年の「創立80周年」を荘厳するために来年の勝利は師匠からの厳命であるととらえるべきでしょう。

いかに勝利を勝ち取るかについて、私の意見をいくつか既に述べさせていただきました。

要点を申し上げますと、

(1)自身との闘争と勝利がすべての基盤となる
(2)勝利のために何が必要であるかを師の指導を基に同志と徹して語り抜く
(3)緻密な計画のもと、信心根本に行動していく

ということになります。

さて、壮年部である私の使命は何か――と考える時、師匠の指導に照らして、青年部の皆さんにいかに奉仕し、成長のお手伝いをしていくかに尽きると思うのです。

そこで私ができることは何かを考えるに、一つは対話であり、もう一つは自分が知りうる師弟の精神のすべてを青年部の皆さんにお伝えすることではないかと思います。

壮年とは言っても名ばかりで極めて信心の未熟な私が、どこまで青年部の皆さんに役に立つような対話ができ、伝えるべき内容があるかは自身よくわかっていないのですが、「壮年部は広布の賢者たれ」という師の思いに少しでもお応えしていくために、努力していきたいと思います。



若い青年部の皆さんの中には、日顕宗が学会を裏切り、自ら墓穴を掘る形で袂を分かつ形になったことの時のことを経験しておられない方も多くおられるのではないかと思います。

今から18年前のことですから、仮に高校生くらいからその認識があるとすれば、現在36歳ぐらいの方より年齢の若い方は、その頃のことを実際に記憶にないかもしれません。

ということは、現在、青年部の方のほとんどが宗門問題という創価学会にとって重大なる転換点を資料のみでしか知りうることがない世代となってきたわけです。

そのことを思うにつけ、私はこの宗門問題の本質をきちんと若い青年部の皆さんに伝える義務と責任があると感じます。

もちろん、それぞれの地元において、青年部の皆さんは経験者である壮年・婦人の方々から、それらを聞いておられると思うのですが、改めて私なりの宗門問題とそこから始まった本格的な人間主義の宗教の全面展開、言うなれば「創価ルネサンスの時代の幕開け」について、振り返っておきたいと思います。

どのように伝えるべきかを悩んだ末、私が1991年10月にまとめた論文を紹介させていただく形で、当時の一つの証言とさせていただこうと思います。
この論文は、池田先生がハーバード大学において講演された「ソフト・パワーの時代と哲学」の直後に書かれたもので、宗門問題のとらえ方と池田先生が展開された深謀遠慮とも言うべき闘争の軌跡について、私の考えを述べさせていただいたものです。

勢いのみで書いた当時の文章のままではいけないと思い、多少の手を加えましたが、骨格はほぼそのままにしています。

ご一読いただき、ご意見をいただければ幸いです。

(つづく)

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以上、私自身の対話を軸とした組織運営のエピソードについて述べさせていただきました。

それでは、活動方針に照らし、どのような具体的な青年育成、人材育成の取り組みをしていけばいいのでしょうか。

私は方針で打ち出されている「青年・勝利座談会」に注目したいと思います。

方針では、「月例の座談会のうち年2回程度」としていますが、私は月例座談会とは別に、対話形式が可能な人数規模の会合を毎月、開催していく方がいいのではと考えます。
なぜなら、定例の座談会では、基本的に対話を成立させることが難しいからです。代表者の活動報告や体験談、幹部あいさつ等で時間を尽くしてしまいますし、人数規模から言っても対話の範囲を超えてしまいます。

したがって、定例の座談会とは別に対話を可能とする規模での会合が大切になるわけです。もし対話が成立しないほど集まってしまう場合は、2回に分けてもいいのではないかと思います。
実際、私の地区で2回にわけて「壮年懇談会」を開催したこともあります。

さらに現実的な方法を述べさせていただきますと、婦人部の皆さんは小グループによる会合が充実しているので、これ以上、会合を増やす必要はないかと思われます。

つまり、「青年・勝利座談会」は青年部と壮年部による合同懇談会の形式をとることが最も現実であり、実りのあるものとなると思われるのです。

青年部は、壮年部が積み重ねてきた体験や社会における実証、そして師弟の大切さについて学び、壮年部は広宣流布への請願から発する若々しいエネルギーを青年部から受け取るというように――両者にとって胸のすくような、素晴らしい触発の場となることは間違いありません。

そして、対話の中で、活動方針にもあるように、「地域・社会への貢献活動」のあり方について意見交換していくことも重要になってくるでしょう。

やがてそうした対話は具体的な行動となって、「平和・文化・教育運動」の一翼を担っていくことになるかもしれません。
こうした私たち一人ひとりの命に必ず存在する「ソフト・パワー(内発の力)」を対話によって薫発させ、それがひいては社会を変革していく原動力へとつながっていくのです。

そのような奇跡的ともいうべき潜在力が対話には秘められているのですから、この方途を使わないわけにはいきません。

最後に、対話について、池田先生が対談「21世紀の精神の教訓」においてゴルバチョフ元ソ連大統領に語った言葉を引用し、この稿の結びとさせていただきます。

このような"ソクラテス的対話""釈尊的対話"を復活させ、その輪を幾重にも幾次元にも広げていくことを、私は生涯の課題とし、また夢ともしてきましたし、今後も、その道をひた走っていくつもりです。

どんなに迂遠な道にみえようとも、そこにこそ、時代の閉塞状況に風穴をあけていく王道があり、正道があると信じているからです。

それはまた、あなたのおっしゃる「自ら考える市民を創出していく、人間一人一人の内なる新たな文化的革命を世界的規模で展開していく」ための確たる一歩となっていくにちがいありません。


もとより、そこに徹することが、生やさしいものでないことは、十分承知しているつもりです。

名聞名利を追うための人気取りの言論や、ものごとのつじつま合わせのためのおざなりな対話は、言論や対話の名に値しません。

ソフィストの言論活動は、彼らに富と名声をもたらしましたが、ソクラテスの言論活動は、青年を毒するものであるとの誤解や非難、中傷、結句は死の運命に彼を追いやりました。

しかし、歴史の淘汰作用は正直で、容赦のないものです。

ソフィストたちとソクラテスのどちらの人間洞察が深かったか、言葉が人間の証であるとすれば、どちらの言葉が言論・対話の名に値したか、あえて言挙する必要もないことでしょう。

どんなに非難・中傷を浴びようとも、たとえ死に直面しようとも、己が信念に従って、黙することを肯じないのが、まことの言論の発露であります。

私の恩師は「信なき言論は煙の如し」と喝破しました。

この不朽の言葉は、あなたとこうして、ゆくりなくも信念の対話を続けている間、常に私の胸のなかにこだまし、響き続けてきた"通奏低音"ともいうべきものでありました。(「人間の尊厳の危機を超えて――池田大作」より)



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私はこれらの経験により、一方的な講義形式ではない、対話による内部充実こそがすべての戦いに優先する原点であるということを見出すことができたと思います。

この法則は、壮年に限ったことではありません。すべての部において、共通する法則であり、逆に言えば、真の対話なき組織に発展の余地はないということは明らかであろうと思うのです。

婦人部が組織的に強いといわれる理由はたくさん挙げられると思うのですが、何より、この対話が充実していることではないかと私は推察します。
つまり、グループという対話を可能とする小単位での語らいが、さきほど「壮年懇談会」での例で示したような触発を生み、パワーの源泉になっていることは間違いないと思われるのです。

池田先生と宗教学者・ウィルソン教授との対談「社会と宗教」で、教授は、以下のように語っています。

ウィルソン教授 小単位のグループは、討論や学習や祈りのためであっても、またはたとえ社会的活動のためであっても、明らかに、より広い個人間の触れ合いを誘発する可能性を強めます。宗教的忠誠心は、こうして個人的・社会的なつながりによって強化されますが、これは、その宗教組織がより広範な成功を収めうるかどうかを占ううえで、重要な要素なのです。

教授が指摘するように、「小単位によるグループ」の対話は、「個人間の触れ合いを誘発する可能性を強め」、それは「宗教組織がより広範な成功を収めうるかどうかを占ううえで、重要な要素」と語っておられるのです。

もう一つの体験事例を申し上げたいと思います。

未来部育成における事例です。

私は青年部時代、ある区の高等部長をさせていただいた経験があります。

基本的に高等部の活動は、月1回の定例高等部員会というところが大半であろうと思います。

私が区高等部長にさせていただいて初めて区で行った最初の部員会でのことです。
集まってきた高校生たちは一様に下を向き、つまらなそうにしているのです。
気持ちはよくわかりました。私も同じ経験をしているからです。
「一体、私たちに何が足りないのだろう、彼らが求めるものは何だろう」と考えるきっかけをくれたように思います。
そして高等部担当者と繰り返し協議した結果、週1回の高等部員会の開催というアイデアを見い出すに至ったのでした。

皆さんのだれもが「毎週なんてありえない」と思われることでしょう。

しかし、この改革案の真の狙いは、単に会合の回数増やすということではなく、「選択可能で対話ができる部員会」の開催ということでした。

従来のように、月1回では開催日に、例えばクラブであったり、模擬テストなどが入ったりすることはよくあるものです。もしそうしたことが数回にわたって続けば、高等部に対する意識はどんどん弱まっていってしまいます。
しかし、毎週開催とすれば、高等部員たちが参加可能な幅はグンと広がります。
さらに毎週の部員会の担当は本部責任者がつき、それぞれが得意な分野でテーマを決め、対話をするという方法をとりました。毎週とはいっても、担当者にとっては実質月1回の担当で済むわけです。

毎回、4、5名の高等部員、ほぼ同じ数だけの担当者の計約10名による対話集会を開くことができました。

担当者によっては、社会福祉協議会に勤めているメンバーが職場から車イスを借り、会館の敷地内で実際に車イスに乗ったり、押したりという体験型の会を開くこともありました。

このような試みは高等部員たちにとても好評で、「面白い」「ためになる」というアンケートの意見を開催するたびにもらうことができました。

(つづく)

※追記
後から思い出したのですが、高等部員会の毎週開催は、実際は中・高合同による「未来フォーラム」というものでした。中・高合同にすることで、高等部と中等部の交流と対話による触発が生まれました。さらに担当者が倍に増えることで、毎週の担当が可能となったのです。

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「対話」の重要性について、一歩踏み込んで考えるようになったきっかけとなったエピソードを自身の体験から紹介させていただきます。

私が地区部長をさせていただいた時、毎月1回、地区で「壮年懇談会」を開催しました。

きっかけは、婦人部の皆さんからの勧めによるものでした。
当時、わが地区の壮年の状況は芳しいと言えるものではなく、座談会の参加をはじめ、あらゆる点で婦人部の"お荷物"的存在となっていました。
青年部卒業と同時に地区部長にさせていただいた私は意気揚々と壮年部の皆さんの家庭訪問に臨んだのですが、皆さんの反応は極めて薄く、時には不信の眼差しさえ向けらることもありました。

「なぜ、こんなに皆さんの表情が曇っておられるのだろう」

当初は、そのような感想を持つのが精いっぱいでした。

そんな中、婦人部から発せられた懇談会の勧めは、私にとって、まさに希望の光となったのです。

さっそく案内のカードを作り、ブロック長さんとともに、懇談会のお誘いをして回りました。

それを受け取る皆さんは怪訝な面持ちながらも、「壮年部だけねぇ......」と返す言葉のニュアンスに、決してまんざらでもない感触を得ることができました。

さて、第1回の「壮年懇談会」です。

ブロック長さん3人と私・地区部長の計4人の開催となりました。
結果は驚くべきものとなりました。

普段、婦人部がいる前では話すことができないさまざまな本音が次々と飛び出し、このメンバーで初めてといっていい、熱い対話を交わすことができたのでした。

私は心の中でガッツポーズをしました。
大成功と確信できたのです。

ブロック長さんたちも、これまでになかった、充実感を感じていただけたようでした。

事実、ブロック長さんが次回の懇談会の誘いに回る時には初回とは全く違う熱意を感じることができました。
そして、その熱意に応えるかのように、毎月の懇談会には一人、また一人と参加者が増えていくようになったのです。

懇談会における対話のテーマは事前に決めることをせず、参加者の皆さんから提案していただくという形をとりました。これも好評だったようで、テーマは「入信動機」「体験」「公明党への支援のあり方について」等々、多様なテーマによる白熱した対話が繰り広げられました。

私が懇談会において、決めていたことが4つあります。

(1)どんなに組織的に忙しい時でも、必ず毎月開催する
(2)幹部はこちらからは呼ばない(幹部から希望があった場合のみ参加してもらう)
(3)私は司会役に徹し、意識的な流れを作らない
(4)時間はきっちり1時間。延長は一切なし。

 
ということでした。

この壮年懇談会がもたらしたものは、小さくありませんでした。

婦人部の皆さんが喜ばれたのは言うまでもありません。"荷物"がだいぶ軽くなったことを実感していただけたようです。

そして何より大事なことは、壮年部の皆さんの一人ひとりの信心の歴史と考えに触れ、お一人おひとりの人生の生き様に触れることができたということです。玄関先の訪問では絶対に知ることのできなかったそれぞれの深みを自ら示していただくことができたのです。
まさに3代の師がおっしゃった「人生に関する問題の対話」であり、「戦い、結び合う対話」であり、「人格と精神の交流による信頼と相互理解」の一分を果たすことができた懇談会となったのです。

(つづく)


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2008年12月13日付聖教新聞に創価学会の「2009年(平成21年)の活動」方針が掲載され、「創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて」として、「平和・文化・教育運動」に目を向けていくことの重要性について私なりの考えを述べさせていただきました。

そのような私の考えに対し、以下のようなご意見をいただきました。

「言いたいことはよくわかる。創価学会の根幹をなす理念であるから、そうした社会に開いた活動が必要であることは言うまでもない。だが、そうした活動をしていくには大変な労力と研鑽を求められる。実際にはなかなか難しいと思う」

というご意見でした。

確かにご意見の通り、簡単なことではないと思います。むしろ困難を極めるというほどに難しいことだろうと思います。

その意味で、私は少し話を急ぎすぎたということを反省し、原点に立ち返り、活動方針の本体ともいうべき柱について、しっかりととらえるべきであると思いました。

自己の体験、経験を交えながら、考えさせていただきたいと思います。

1.創価の青年と共に未来を開く

(1)青年部の成長こそ全学会の勝利

(2)未来部こそ世界の宝

「青年・勝利の年」のポイントは、文字通り、青年の成長にかかっていると思います。

ではどうすれば青年が成長できるのか――それこそ容易なことではない、至難中の至難の事業といっていいでしょう。その意味では、そうした困難をいかに克服するかが、広宣流布の将来を決定づけると言っても過言ではないかもしれません。

私はこの困難を乗り越えるための方法として、「対話」を挙げてみたいと思います。
「そんなことは当たり前で、普通にやっている」と思われる方がほとんどでしょう。そうです、その「対話」です。
私は当たり前のことを言っているに過ぎません。

しかし、対話とは一言で言っても、それぞれが持つイメージは千差万別であり、何を指して対話となすかは簡単に片付けられるものではありません。

これまでも、対話というキーワードをめぐって、3代の師が、世界の識者が、過去の偉人が、さまざまな角度から光を当て、その無限の可能性について言及してきました。
それはこれまで池田先生が、スピーチや対談等で私たちに示してきていただいた通りです。

例を挙げてみます。

牧口先生
<座談会ではなく大規模な講演会形式にすべきではという意見に対して>
「それは違う。人生に関する問題は『対話』でなくては相手に通じない」
「日蓮大聖人の『立正安国論』にしても問答形式ではないか」

戸田先生
「これからは対話の時代になる。人と語るということは戦うということであり、また、結び合うということだ」

池田先生
「対話とは、人格と人格、精神と精神の交流です。互いに深い次元で認識し、相互理解から信頼へと進みゆけるのです」

以上の例は、かつて聖教新聞の社説欄で紹介されたもので、3代会長の「対話観」のエッセンスとも言うべき言葉ではないかと思うのです。

こうした3代の師が語る対話の意義について、どれだけの思いで臨んでいるのかについて、まずそれぞれが考えてみるべきではないでしょうか。
「3代の師が語る対話の精神を私は受け継いでいる」と断言される方を私は尊敬いたします。ぜひ対話をさせていただきたく思います。

しかし、「そこまで深く考えたことはない」と思われるようでしたら、今一度、対話が持つ意味についてとらえ直すべきとは言えないでしょうか。

(つづく)


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2008年12月13日付聖教新聞に創価学会の「2009年(平成21年)の活動」方針が掲載されました。

詳細は聖教新聞にある通りですので、ここでは紹介をしませんが、この方針を勝利の原動力としていくための一つのとらえ方について、私見を述べさせていただきたいと思います。

これはあくまで私見であり、数多くあるべき、とらえ方、考え方の一つに過ぎないことをお断りしておきます。どうかそのおつもりでお読みいただければありがたいです。



まずは、冒頭にある方針の要点をまとめた文章を熟読すべきだと思います。なぜなら、そこには私たちが学会員として心すべき最も重要な精神が示されており、学会の活動基調が確認されているところだからです。
まずは何度も何度も読むべきでしょう。

そして、具体的な活動のあり方について2項目について、さらに詳しく解説されています。
何を目的とするかは、ここを読むことで理解できると思います。

次に、これら具体的な活動方針について、自分は何をすべきかについて、もう決まっている、わかっているという方は、これ以上、この稿を読み続ける必要はないと思います。このページを閉じてください。

この稿を読み進めていただいている方は、「方針については了解した。でも、具体的な行動は何をすべきかはよくわからない」であるとか、「折伏・弘教、聖教拡大であることは明確だ。しかしどうしていけばいいのか......」とやるべきことはわかっていても、実際にそれを進めるにはどうしたらいいかについて悩んでいる方は少なくないと思われます。

では、どうするべきなのでしょうか。

私は、活動方針欄の左側に注目されることをお勧めします。つまり、「平和・文化・教育運動」についての方針が打ち出されている部分のことです。

私はこう推測するのです。
多くの方が、「こうした『平和・文化・教育運動』は、学会の一部の委員会やグループによって推進されるもので、そうした枠組みに属さない私にとっては、あまり関係がないんじゃないか」と。

もしそのように思われているのでしたら、私はそれをあえて間違いだと申し上げたいと思います。
目を通していただければ一目瞭然のように、この欄には現在の日本、そして世界が解決すべき課題が挙げられています。
核廃絶、平和の文化の構築、環境・人権問題、文化・教育など、今、あらゆる面で危機に瀕している私たちの地球をいかに救っていくかという大事な課題ばかりであると思うのです。

私たちはこうした地球規模の難問に対して、地球市民の自覚をもって、どれだけ思いを寄せ、どれだけの活動ができているでしょうか。また活動ができていなかったとしても、学会員同志間の対話で、どれだけ、こうした問題について語られているでしょうか。まずはそのことについて考えてみるべきではないかと思います。

もし、そうした意識が薄く、会員同士におけるそうした語らいもほとんどないとすれば、今一度、自分の立脚点について真剣に考えるべきであろうと思うのです。

池田先生は、師と不二となっての大闘争によって、世界7000人の識者と対話を重ね、50冊に及ぶ対談集を編まれてきました。

池田先生が、されてきた対話のテーマは一貫して、平和であり、文化であり、教育であり、環境であり、宗教が果たすべき社会的役割であり、まさに活動方針が打ち出すところの「平和・文化・教育運動」そのものなのです。
その対話において、世界の識者が池田先生の思想の深さに感嘆し、共感を寄せるところから、創価思想、池田思想への賞賛の流れへとつながっていることを忘れるべきではありません。

ならば、私たち弟子がなすべきことは自ずと定まってくるのではないでしょうか。

池田先生の平和思想を思慮深く学び、自ら体得し、それを実行していくことにほかなりません。

50冊を超える池田先生の対談集をすべて読み通したという方は少数であろうと思われます。かくいう私自身、読み通せておりません。ただ、対談集から無限ともいうべき世界平和を実現するための知恵やヒントを与えていただいたと実感する私は、これら対談集で展開されている創価思想、池田思想を学ばずして、「弟子の道」を受け継ぐことはできないと思えてなりません。

悩んでおられる方は、どうか対談集を読んでください。どの対談からでもいいと思います。
まず、興味のありそうなテーマから読まれるといいでしょう。
すると必ず、それぞれにとって、「これが私が求めていた思想、考え方そのものだ」と、思える瞬間を迎えることができると思います。
事実、私がそうでした。1985年に出版された「社会と宗教」(宗教学者のブライアン・ウィルソン氏との対談)を読み、雷に打たれたような思いがし、池田先生が私にとっての永遠の師匠であることを心の底から思うことができたのです。

以来、私は池田先生の平和構想を実現すべく、先生の著作を徹して学び、その深い意味を汲み取ろうと努力してきました。

繰り返しますが、今は地球規模の危機が私たち自身の生活すら脅かそうとしています。そうした深刻な状況を横目で見て、池田思想を継ぐべき私たちが「何をすべきかわからない」と手をこまぬいていてはならないと思うのです。

私たちが考えなければならないこと、すべきことは、世界に山積しています。
繰り返しますが、まずは対談集を読むところから始め、自分のライフワークとすべき平和と社会のための貢献の在り方について、考えてみてください。

そのように考え、行動した先に、折伏・弘教、聖教拡大のあり方も自然と見えてくると思うのです。



以上、活動方針をどうとらえ、どう自身の闘いとしていくべきかについて、私の意見について述べさせていただきました。
冒頭でもお断りしましたように、これは一つの考え方に過ぎません。先生の思想を学ぶ中で、私なりにたどりついた一つの結論に過ぎません。
大事なことは、それぞれが真剣に悩み、その悩みを解決するために、同志と語り抜く中で、自身の使命とそれを行っていくためのソフト・パワー(内発の力)を見い出す努力をしていくことであろうと思います。
この稿がそのためのきっかけとなるならば、これ以上の幸いはありません。

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【ソフト・パワー(内発力)】
"平和の種"を植えゆく「対話」の大道を

池田SGI会長 新年メッセージ(2008年1月号『グラフSGI』より転載)

 晴れ晴れと「青年・勝利の年」の開幕、誠におめでとうございます。

 世界を照らしゆく創価の太陽は、元初の新鮮なる暁光を放ちながら、希望と福徳の確かな道標を示しております。いやまして赫々と、はるかなる人類の歴史を貫いて輝きわたることでありましょう。

 明2010年の「創価学会創立80周年」、そして「SGI発足35周年」へ、胸を張り堂々と、新たな凱歌の大行進を開始しようではありませんか!

          ◇

 35年前の1974年。当時、深刻な対立関係にあった中国とロシアを、私は相次いで訪問しました。

 「宗教否定の国になぜ行くのか」等と、無理解な批判や中傷が吹き荒れました。しかし、私は、いかなる差異も超え、「人間」を根本とする友好交流こそ、揺るぎなき平和の基盤となるとの信念のままに、多くの市民と心を通わせ、友情を結んだのであります。両国の首脳とも、胸襟を開いて会談しました。

 翌1975年1月には、アメリカヘ飛び、平和の鍵を握る要人とも深く語り合いました。

 わがSGIが発足されたのは、このアメリカ訪問の棹尾を飾ったグアムの天地であります。すなわち、東西冷戦の暗雲垂れ込める世界にあって、「米中ロ」を結ぶ「対話」の実践のさなかで、SGIは誕生しました。

 歴史は、力による均衡や暴カによる解決の模索などが、更なる対立の溝を生むことを痛切に教えております。「対話の選択」にこそ、平和の構築、人間性の勝利への鍵がある。このことを、SGIは発足と同時に「世界市民の声」として響かせてきたのであります。
 トインビー博士に勧められてお会いした科学者ルネ・デュボス博士は、警告されておりました。

 「数々の科学、技術上の成功にもかかわらず、われわれは勇気を失っており、現在の途を歩み続けることに甘んずる保守的な社会をつくってしまった」(※1)

 人類の持続可能な発展のため、永続的な平和のため、今こそ、新しき変革の道を進みゆく勇気と希望が必要です。その"勇気のエネルギー"と"希望の哲学"を人類社会に送りゆくことが、わがSGIの誉れ高き使命であります。この運動は、決して遠いところにあるのではない。自分の身近な"手の届くところ"の人々と社会に、いかに関わっていくかにあります。

 それは、まさに一人から一人へ広がる、一対一の誠心誠意の「対話」に他なりません。
 私が対談を重ねてきた、マハトマ・ガンジー直系の人権の闘士ラダクリシュナン博士(インド国立ガンジー記念館・前館長)は、「真の対話は、対立する見解を、人々を分断するくさびから、人々を結びつける橋へと変化させます」(※2)と言われております。

         ◇

 私は、これまで、国家、民族、宗教、イデオロギーなどの違いを超え、幾千人の世界の指導者、識者と語り合ってきました。

 そこで最も心がけたことは、差異の根が深ければ深いほど、まず相手の"心"を深く知ることです。そして、どこまでも誠実に友情を貫くことです。

 千差万別の違いがあっても、人間は人間であります。みな、「生老病死」という共通の根本課題を抱えております。文明間の対話といっても、詮ずるところ、この人間と人間との対話、生命と生命との交流に尽きるといっても過言ではありません。

 古代ローマの賢人セネカは、哲学を持つ人のなすべきことを3点あげております。

 「哲学が第一に約束するのは、共同体感覚、友情、社会性、この三つだ」(※3)

 これは、「人間」の絆が薄らぐ現代社会にも、あてはまる大事なポイントです。

 すなわち――

 (1)心のオアシスの場となるような新しいコミュニティーを創造すること。
 (2)「思いやり」と「支え合い」の友情の連帯を広げゆくこと。
 (3)「個」の殼に閉じこもるのではなく、社会の繁栄・向上に積極的に貢献すること、であります。

 こうした時代と社会を切り開く生命力と創造カの源泉が、妙法であります。その真髄の力を、あの地でも、この地でも、はつらつと実証してきたのが、偉大な使命を帯びた創価の師弟なのであります。

          ◇

 日蓮大聖人は、「大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」(御書者1467ページ)と厳然と宣言なされました。

 世界は、今、地球環境の問題や「世紀に一度」といわれる金融危機などの大波に覆われ、多くの試練に直面しております。

 そうしたなか、草の根の広がりで変化を訴えた、若きニュー・リーダーが誕生するなど、まさに歴史的な変化と融合の時を迎えているといってよいでありましょう。

 世界は、"良き社会"の要となる"良き市民"の結合を待ち望んでおります。

 地道にして弛みなく「対話」の渦を巻き起こしながら、地域の「信頼の柱」「良識の眼目」「希望の大船」となって貢献する皆様方が、どれほど、かけがえのない存在であるか。仏法上、皆様方こそ、真の国宝であり、人類の至宝なのであります。

 御聖訓には、「我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書788ページ)と説かれております。

 皆様方が、勇んで向かうところ、語るところ、共々に尊極の生命の自覚は深まります。そこにこそ、生命の喜びの輪が幾重にも広がりゆくのであります。

          ◇

 オランダの著名な人文学者エラスムスは、「平和」を訴えて、こう叫びました。

 「人間が一緒に仲よく暮らすためには、人間という共通の呼び名だけで、その上何がなくとも充分でありましょうに」

 「もし、祖国という呼び名が和解を生み出すというのでしたら、この世界はすべての人間に共通の祖国ではありませんか」(※4)

 わがSGIの理念と深く響き合っております。

 生命尊厳の妙法を根本として、普遍的な人間主義に則った平和・文化・教育のスクラムは、今や世界192力国・地域へと拡大し、一閻浮提広宣流布の基盤は盤石に整いました。

 尊き皆様方と御ー緒に、私は時を創り、舞台を開きました。

 嬉しいことに、愛する青年たちが、この平和のバトンを受け継ぎ、万年にわたる創価の大道に陸続と躍り出てくれております。

 「人を育てよう! それが、何よりも未来につながる勝利の道だ」

 これは、恩師・戸田城聖第2代会長が師子吼された、勝利の鉄則であります。

 後輩を自分以上の人材に伸ばし、正義の師弟の魂を光らせながら、「史上最高の広布民衆城」「史上最強の創価青年城」を堂々と築いてまいりましょう!

         ◇

 大文豪ゲーテは語りました。

 「いかにすれば
 歓びをもって長く生きられるか?
 常に最も卓越したものを
 求め続けることだ。
 未知なる崇高なものは
 多くをもたらし
 時を超えて永遠に存在し続ける」

 自他ともの精神性を高めゆく、皆様方の日々の活動にこそ、永遠に輝きわたる無限の価値の源泉があります。それは、最高の満足と充実と歓喜の人生を飾りゆく、偉大にして崇高なる平和運動なのであります。

 大切な大切な、敬愛する皆様方が健康で御長寿で、仲良く御多幸であられるよう、そして、それぞれの地域・国土が厳然と守られ、さらに栄えていかれるよう、私は妻と共に真剣に題目を送り続けてまいります。

 さあ、この1年、私と共に、勝利、勝利の大前進で、わが生命に大歓喜の歌を晴れやかに轟かせてまいりましょう!

    2009年 元旦
     創価学会インタナショナル
       会長池田大作

※1「目覚める理性」紀伊国屋書店(ルネ・デュポス著 野島徳吉・遠藤三喜子訳)から
※2「対話の達人・池田大作」(N・ラダクリシュナン著栗原淑江訳)
※3「セネカ 現代人への手紙」(中野孝次著)
※4「平和への訴え」岩波書店(エラスムス著 箕輪三郎訳)


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来年2009年は「青年・勝利の年」

12月13日付に掲載された活動方針には、冒頭、「学会の新たな拡大は『青年』によって開かれ、広宣流布の新たな歴史は『勝利』によって築かれてきた」とあり、「池田名誉会長のもと、未来広布への磐石なる『青年城』『勝利城』を築いていく」とあります。

また、方針には、「初代牧口会長、第二代戸田会長、第三代の池田名誉会長の、師と不二となっての大闘争によって、今日の学会の世界192カ国・地域におよぶ大発展がある。名誉会長に贈られた前人未踏の名誉学術称号も、世界一の師弟勝利の証」にほかならないと掲げられています。

青年を先頭とした学会総体を挙げた「大闘争」による「大勝利」が求められる1年間となるわけです。

ここで考えてみたいと思います。では、「大闘争」とはどういうことなのか。「大勝利」とは何か。
そんな基本的なことを今さら、と思われるかもしれません。もちろん、それぞれにはそれぞれのとらえ方があると思います。むしろそうあるべきでしょう。
ただ、自分でそのことを考えてみて、意外にも空虚で、確固たる回答がないのであれば、そのことをしっかりと考えてみるべきだと思うのです。

明年の「青年・勝利」の年を確たる勝利の年とするために、私なりに「闘争」「勝利」の意味について考えてみたいと思います。

私は、闘争と勝利の過程について、3つの段階を設定してみたいと思います。

まず第一段階が、自己との闘争と勝利です。
自らに勝つことはすべての勝利への第一歩となるわけですが、それは最も超えがたい困難な闘争を伴うことは言うまでもないでしょう。
自分の命に潜む、弱さ、怠惰、悪意、嫉妬心、猜疑心など、だれでも持ち合わせている獅子身中の虫との闘争は必須の課題であるわけです。

それでは、どうしたら自分に勝つことができるのでしょうか。
自分に「勝つ」は、「克つ」と読み替えることができることはご存じだと思います。ここに一つのヒントが隠されているとは言えないでしょうか。
つまり、自分に克つとは、「克己(こっき)」とも言い、「自分を律する」「自分を制する」という意味合いを持ちます。英語で言えば、「self-contorol」となるわけです。
この「克己心」を持つということは、言うはやすいことですが、これほどに自在のものとすることが難しいこともないと思われるのです。しかし、自己との闘争に勝てなければ、次の段階に進むことはできません。対社会の闘いに入っていくことができないわけです。

それでは、第二段階(対人、対社会における「闘争」「勝利」について)に続けさせていただきましょう。
自分のみを律すること以上に難しいのが、この対人的、対社会的な営みにおける闘争と勝利ではないでしょうか。現代の社会においては人とのかかわり、社会との接触を避けて生きることは難しいからです。
ゆえに「克己心」というものは、自己規律という範疇を超え、人に対する思いやりや調和を重んずる心、寛容の精神など、人間や社会の関係性においても、発揮されていかなければならず、そこに精神の闘争というものがいやおうなしに必然となるわけです。
人間関係の悩み、仕事や勉強における乗り越えがたい壁、そして襲いかかる病気など、さまざまな精神的、身体的闘争を強いられるのです。
これらは「私は戦うのが嫌いだから」といってあきらめてしまうことができない闘争なのです。

ここで、「闘争」について触れられた池田先生とクーデンホーフ=カレルギー氏との対談「文明・西と東」(1972年)から引用してみます。

カレルギー氏 生活とは、つねに闘争です。人間同士の間でも、動物の世界でも生命が存続するかぎり、闘争がつづきます。この事実を遺憾だとする理由は何もありません。闘争はあらゆる競争の根底にあるものであり、完成への道程です。もっとも強いものが勝ち、もっとも美しいものが生き残ることが、進歩と繁栄の秘訣です。

カレルギー氏は、動物にせよ、人間にせよ、生きるための一瞬一瞬が闘争であるということを指摘されています。つまり、闘争をやめた時点で訪れるものは死であるということを示唆しているといっていいでしょう。
氏は続けて、闘争の本質について、こう語っています。

カレルギー氏 闘争は、騎士精神でもあります。日本の武士道は、闘争を演劇にまで高めました。男はみな戦わなければなりません。唯一の問題があるとすれば「騎士のごとく戦うか、悪人として戦うか」でしょう。闘争を美化するのは、フェア・プレーのみです。

ジェントルマンシップという言葉がもっともふさわしいカレルギー氏らしい闘争の考え方だと思います。私は氏の考え方に大いに賛意を示させていただくものです。

さて、最後の第三段階に移ります。
広宣流布を目指すための「闘争」と「勝利」についてです。

人間革命第11巻「裁判」の章より、以下、引用させていただきます。

広宣流布とは、人間の尊厳と自由と平等とを勝ち取る、人権の闘争にほかならないはずである。そして、そこにこそ、創価学会の担うべき社会的使命もあろう。
山本伸一の生涯にわたる人権闘争への金剛の決意が、彼の胸中に人知れず芽吹いていたのである。
――権力の魔性の桎梏からの人間の解放、人権の勝利......。よし、やろう。仏子として、わが人生を賭けて。
伸一の一念に深く刻まれたこの誓いこそ、やがてSGI(創価学会インタナショナル)運動として広く世界をつつみゆく、新しきヒューマニズムの潮流をもたらす源泉にほかならなかった。

この人間革命の一節をして、何に対する闘争が必要なのか、何を勝ち取るべきなのかのすべてが述べられているものと私は思います。

改めて書き出させていただくならば、「人間の尊厳と自由と平等とを勝ち取る、人権の闘争」なのです。

そして、「人間の尊厳」とは? 「自由」とは? 「平等」とは? 「人権闘争とは?」との問いかけは限りなく続いていかざるをえないのです。
しかし、ここであきらめてはいけないと思うのです。
その不断なる問いかけこそが、カレルギー氏が示唆した闘争であり、「騎士精神」であり、「フェア・プレー」の闘争であると思うのです。

そこをいかに私たちがとらえきるか、それともあきらめてしまうかで、将来の広宣流布の進展の在り方が決まってしまうと思われるのです。
考えていく必要があります。語らっていく必要があります。試みていく必要があります。そして具体的に行動していく必要があります。

三代にわたる会長の「闘争」は、それほどに深く深く人間の精神について追求し、その精髄を昇華し、実践として展開していった精神闘争そのものにほかならないと思うのです。
ならば私たち弟子たちも、その道を継ぐ者として、徹した精神闘争こそが求められるというわけです。

以上、私なりの考え方を述べさせていただきましたが、これはあくまで一私見としてとらえていただきたいと思います。
この稿が、これを読まれた方が、改めて考えてみようかと思われるきっかけになれば、これほど幸いなことはありません。

最後に「文明・西と東」から、池田先生による「まえがき」の一部を引用させていただき、この稿の結びとさせていただきます。

現代にもっとも欠けていることは、人間を本源的に考えること、つまり、人間生命の尊厳なる存在についての考え方の欠如であると思う。この思考を忘れて人間復権はありえない。私はそこで、二十一世紀をあえて"生命の世紀"と名づけたい。というより、その方向にリードしていかなければならないという私の願いでもある。
"生命の世紀"とは、端的に言えば生命の尊厳を根底とする時代、人格、個人の幸福を、いかなることのためにも、手段としないことである。いいかえると、人間の生命、人格、幸福は、いっさいの目的であって、絶対に手段にしてはならないという考え方が確立された社会であり、その上に築かれる文明ということである。
いかなる対立や、相克であっても、力によるのでなく、人間の英知によって、新しい解決の道を求めるべきである。そしてそれを私は、二十一世紀に賭けたい。


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きのうに続きまして、今から10年前に池田先生が青年部へ贈られたメッセージの全文を掲載させていただきます。

これは1998年5月16日、青年部「3.16」記念大会からちょうど2か月後に贈られたもので、スピーチ同様、青年部が永遠の指針とすべき魂のメッセージであると言っていいでしょう。

私の勝手な解釈とお断りさせていただきますが、青年部に与えられたこれら二つのスピーチとメッセージは、前者が理念編、後者が実践編ととらえるべきではないかと思うのです。

前者においては、民衆、正義を守ることが創価学会の普遍の理念であり使命であることを強調されており、後者においては、その理念を実践に移すため行動について、具体的な例を挙げて、教えていただいています。

その意味で、私はスピーチを常に普遍的な理念として、原点に置き、具体的な実践段階において、どうするべきなのかという壁にぶつかった時、メッセージをひもとき、突破口を開くアドバイス、ヒントとしていくという形で生かさせていただいています。

青年たちに対する絶対的信頼に満ちたメッセージを読むたびに私は身が震えるほどの感動を覚えざるをえないのです。そして、命の底からの使命感と自覚がわきあがってくるのです。

1998年5月16日 『青年部の時代へ』名誉会長がメッセージ


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信仰の原点というものをだれもが持っているように、原点となる池田先生のスピーチ、ご指導、メッセージ、講演等々といったものが必ずあると思います。

皆さんのそれがどのスピーチに当たるのかということを、ぜひうかがってみたいものです。
そうすることによって、皆さんがどんな原点を持ち、どのような使命感をもっておられるかが理解できると思うからです。

私にとっての原点となるスピーチは、今から10年前、青年部時代にいただいた青年部「3・16」記念大会におけるものです。

私はこのスピーチを最初にうかがった際には、うかつにも先生の深い思いを十分に理解できることがなかったことを告白します。
しかし、後にこのスピーチを"再発見"することで、当時の私の信心の感度の鈍さを猛反省するとともに、再び出会えたことに無上の喜びを感じることができました。

私はとうに青年部を卒業した身ですが、先生がおっしゃられる「生涯青年の心意気」を持ち続けていきたいと思います。
ゆえに、私は常にこのスピーチを持ち歩き、事あるごとに原点に還り、今を未来を考え、行動に移していくことにしています。

来年2009年は「青年・勝利の年」。
池田先生の青年部への期待はいやまして大きいものであることは、今回の青年部幹部会で痛いほど伝わってきました。
私たち壮年部は、大きな期待を背負った青年部の皆さんが自由に、伸び伸びと、縦横に活躍できるように、全面的に応援していく責任があると思います。

その意味も込め、このスピーチにまだ出会ったことのない青年部の皆さんのために、全文を掲載させていただきます。
10年前のスピーチですが、将来にわたる全青年に与えられた"魂のバトン"ともいうべき3.16のご指導であると私は確信します。

1998年3月16日 青年部「3・16」記念大会での名誉会長のスピーチ

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池田SGI会長が第1号となる「トルストイの時代」賞を受賞しました。

同賞は、文豪トルストイの精神を継承する「国立記念自然保護区・L・N・トルストイの屋敷博物館"ヤースナヤ・ポリャーナ"」と国際慈善財団「L・N・トルストイの遺産」から授与されたものです。

同博物館のトルストイ館長は、授賞の辞をこう語っています。

トルストイの哲学・宗教思想や晩年の心の叫びに関して知る人は、さほど多くはありません。実はその中でトルストイは、社会や国や国民を、破壊的な戦争と人々の精神的、肉体的破壊へと導く、取り返しのつかない過ちについて警告しています。
不幸なことに、当時、トルストイの声に耳は傾けられず、世界は、このロシアの偉大な作家が掲げた理想から、かけ離れた道を歩んでしまいました。

館長は賞の意義について、重要なことを語っておられると思います。
トルストイから受ける印象は「戦争と平和」に代表される作品を生み出した文豪であり、文学者というイメージが強いと思われます。その意味では、「トルストイの時代」賞を文学的側面の賞として受け取られても不思議ではないと思います。
ところが、そうしたイメージを打ち払うような上記の話から始められ、以下に続きます。

不幸なことに、当時、トルストイの声に耳は傾けられず、世界は、このロシアの偉大な作家の掲げた理想から、かけ離れた道を歩んでしまいました。
ご存じのとおり、トルストイは、約100年前の1910年に、この世を去りました。そして今日、私たちは、20世紀がいかに残酷な流血の悲劇に見舞われたか、そして現在、21世紀の初頭にあって、私たちはいかに不安定で、危険な、嵐の前のような社会に生きているかを目の当たりにしています。

偉大な作家であるトルストイの声に耳を傾けずに戦争の世紀へと突き進んでいった世界はまさに何かにつかれたような狂気であったことを指摘するとともに、氏はその脅威と恐怖から逃れられていないと断言しておられるのです。
そして、「トルストイの時代」の意義を語られるのです。

「トルストイの時代」とは、お互いを大切にし合う人類愛の時代であり、寛容の精神の時代であり、民族や宗教、政治の違いという壁を打ち破る時代であります。
であるならば、こうした人類の幸福の時代はまだ訪れていないということになります。
しかし、現代の世界には、すでに、現実の行動を通して、「トルストイの時代」を築くべく、不屈に尽力する人々がいます。まさにこうした人々を讃えるために設立されたのが、この象徴的な栄えある賞であります。

人類愛、寛容の精神、差異のこだわりを捨てることの重要性を訴えてこられた池田会長こそ、初の受賞者にふさわしく、「トルストイの人間主義思想を見事に貫く方であります」と賛辞を述べ、館長は以下の言葉で授賞の辞を締めくくっています。

池田会長のような人間主義と善の人々の尽力によって、世界が「トルストイの時代」、「人類愛の時代」に近づくことを信じたいと願っています。

この授賞の辞から、私たちが学ばなければならない、受け止めなければならないことは大きく重いと思われます。
なぜなら、最後に館長は池田会長の功績を讃えるだけでなく、私たちへの「尽力」への期待をされているからです。

ではどのような「尽力」が求められるのでしょうか。

まずは私たち一人ひとりが、「人類愛」とは何か、「寛容の精神」とは何か、「政治の違いという壁を打ち破る」とは何かについて、改めて問うことから始まると思うのです。
自分の認識は今、どうあるのか、その認識は間違っていないか。対話によってその認識を確認し、さらに発展させていく必要はないか。そして、それを現実の社会の中で展開していくにはどうすべきなのか。どこからその一歩を踏み出すべきなのか。

そうした知恵の限りを尽くした「尽力」が求められてくるのではないでしょうか。その「尽力」なしに、館長が示したところの「トルストイの時代」を引き寄せることはできないのではないかと思えてなりません。

事実、館長が語るように「私たちはいかに不安定で、危険な、嵐の前のような社会に生きているかを目の当たりにして」います。こうした先行きの見えぬ時代状況は、トルストイが魂の叫びを持って弾劾した「残酷な流血の悲劇」を容易に招いてしまうものなのです。それは幾多の歴史が示してくれていることです。そうした時代逆行を繰り返さないための私たちの存在はあまりに大きいと言っても過言ではないでしょう。

トルストイの魂を冠する偉大な称号をいただく者たちの責任を自覚し、できるところから(私は対話)から始めていきたいと思います。

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前回につづき、三重県伊賀市議会で制定された「全国初の議会条例」について述べてみます。



政策討論会、議会報告会が議会の質を向上させる

原則的に議員は党派のくくりにおいて、政治理念や政策が決定される。しかし、逆にこうした党議拘束と言われるものが、議員個人の自由な考えに制限をもたらすのも事実。ましてやどこの党派にも属さない議員は孤立をまぬがれず、せっかく送り出した住民の意思が十分反映されない場合も多い。

ならば、そうした枠を超えてしまおう、というのがこの条例の眼目ではないかと思われる。

(1)については、「政策討論会」による多数決で議会の意思を示すことによって、市長との緊張関係を持ちながら政策形成ができるようになったという。
これはある意味、行政側にとって、大きな脅威といってもいいだろう。これまでは与党への根回しさえすればよかったものが、政策中心の議論では、展開が読めない。

そこで、考えられたのが、(3)執行部側への反問権の付与ということだろう。これまで一方的だった、議員→執行部という質問を双方向にし、緊張関係を保つとともに、議員に安易な質問を許さない空気を作る効果が期待される。
実際のところ、今まで執行部が反問権を行使したのは、約2年間で3回だけ。
「思った以上に回数が少ないのは、議員がよく勉強をするようになった、政策的に筋の通らない主張ができなくなったことの裏返しでもあります」と本村氏は語っている。

(2)の議会報告会は38の小学校区につくった住民自治協議会に出かけ、34人の議員が5~6人で計6班をつくり、議会が終わるたびに平均5、6カ所を回って報告を行う。開始して2年弱、全議員が全地域を回ることができたという。
ある会場で「次の選挙ではもう宣伝カーはいりませんよ。議会報告会で議員の品定めができました」との声が参加者から上がったことをして、それは大きな効果を上げているといっていいだろう。

議論の活性化と行政と議員の緊張感がそれぞれの質の向上につながる。そして何より素晴らしいのは、住民と政治の距離を縮める効果につながっていることだ。

こうした取り組みは全国から注目を集め、視察は283議会、2537人(11月30日現在)にも上り、来年2月まで予約がふさがっている状況だという。

小さな"ゆらぎ"が日本の政治を変える可能性

以上、三重県伊賀市の試みについて概要を見てきた。

この試みは約人口10万人の三重県伊賀市という地方都市における小さな"ゆらぎ"に過ぎないのかもしれない。しかし、私が思うにこの小さな"ゆらぎ"は、やがて大きな波紋となって広がり、日本の政治そのものの質を一変させる可能性を秘めているのではないかと感じてならない。

現在の日本の危機的状況を救わなければならない政治は、今、完全に袋小路にはまり込んでしまっている。
繰り返すが、そんな日本の政治を変える潜在的パワーを私はこの地方都市の条例に感じる。
視察に訪れた議会の議員たちが、どうアクションを起こすのかを注意深く見つめていきたいし、国会にもこのような考え方が導入できないか、ぜひとも国会議員にも知恵を絞ってほしい。
そして私自身もちろん、地元の議員にこうした取り組みができないか持ちかけてみるつもりだ。

伊賀市議会基本条例
伊賀市HPより

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当ブログ「ユマニテ」は、「人間性あふれる宗教の在り方」について考える場としていきたいので、基本は宗教とそれに類する話題が多くなりますが、時によっては政治の話題も取り上げたいと思います。なぜなら、宗教と政治とは本来、切っても切り離せないほどに重要な関係性があると思うからです。ただ、今回の話題に宗教は関連しません。



画期的な全国初の議会条例を制定

先日、公明新聞(2008年12月7日付)に、実に注目すべき記事が載った。「全国初の議会条例制定」と題する三重県伊賀市議会議員本村幸四郎氏(公明党)の報告がそれである。

本村氏は、議会の会派代表で構成する「議会のあり方検討委員会」の委員長を務めた条例制定の立役者。83団体、600人以上の市民との対話集会を開き、議会改革への意見を聞きながら素案をまとめあげた。

全国初となる議会条例とはいかなるものなのか。本村氏は以下のポイント挙げる。
(1)本会議とは別に議員間で意見を交わす「政策討論会」を開催
(2)住民への議会報告会を地区ごとに行う
(3)執行部側への反問権の付与
(4)議案に対する各議員の賛否の公表
(5)議員の資質向上を図る研修会の開催
(6)議員定数の基準の明確化

一読しただけでは、何が初で、何が画期的なのか、わかりづらいかもしれない。

条例を導入した理由について、本村氏はこう説明している。
大事な箇所と思われるので、全文を引用させていただく。

議会基本条例は市長と議会の「二元代表制」を基本に、議会のあり方を定義づける"議会の憲法"というべきものです。「二元代表制」とは、首長と議員を住民が直接選挙で選ぶことで、首長と議会がともに住民を代表していることです。ただし、対等なのはあくまでも首長と議会で、首長と一人一人の議員ではありません。従来は市長提案の議案であっても、個々の議員がバラバラな主張をしているだけで、議会としての意思を示し市長と対峙することはありませんでした。

こうした問題を解決するための条例の制定なのだという。

市民参加の政治へ道筋開く試み

つまり言い換えればこういうことになろう。

個々の議員は市民の代表とはいえ、市長や行政総体と比べれば弱い存在となってしまう。ゆえに、従来のような党派による塊という枠を越え、議員全体が政策集団を構成し、政策論議を交わし、さらにそれを市民に持ち帰り報告、さらに市民から意見を求めるというもの。

一見、当たり前そうに見えるが、私はまさにこれこそ画期的なシステムであり、取り組みだと思う。だれもが必要に思い、当たり前ともいえることなのに、前例がないという一点において、その一歩をだれ一人踏み出してこなかった。
政治の民主化と成熟の過程というものはそれほどに道のりが遠く、そして気の遠くなるような作業であることを痛感させられる。

長くなってしまったので、それぞれの項目についての解説はその2において。

(その2につづく)

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ベセル氏の論考は、以下の一文で締めくくられている。以下引用させていただく(引用は聖教新聞2008年12月2日付より)。

誰もが待望する、よき世界の実現には、私たちは何よりもまず、子どもたちへのかかわりと教育の在り方を変えなければならない。そして従来の工場モデル型学校を、すべての子どもに備わる生来の潜在的才能がはぐくまれるような、全人的教育の共同体(コミュニティー)へと変革しなければならない。
そこで私は、世界の1000万人を超える創価学会インタナショナルのメンバーおよび本欄の読者が、創価教育学をあらためてもう一度吟味し、その人間教育の基本原則を自らの家庭、学校、地域で実践することを提案させていただきたい。

ベセル氏は世界をよくするためには、「子どもたちへのかかわりと教育の在り方変えなければならない」と主張する。全く同感である。
そうしなければ、本当に子どもたちがかわいそうだ。いつまでも無意味ともいえる忍従に甘んじていなければならない。

最後に氏は、素晴らしい提案をされている。
そう、SGIメンバーへの牧口学説による教育の在り方の実践である。

その具体的な実践について、私は、ベセル氏が言及する「共同体」に着目したい。

「共同体」の重要性については、池田SGI会長が、第29回SGI日記念提言「内なる精神革命の万波を」で以下のように論及されている。少々長文となるが、重要な箇所と思われるので、以下引用させていただく。

その点、牧口初代会長がその教育思想に強い共感を抱いていた、アメリカの思想家デューイの民主主義論の根底にある"公衆"のアイデンティティー(自分であることの根拠)は示唆的です。
デューイは「公衆とその諸問題」という論考の中で、作家のハドソンが描いたウィルトシアのある村の情景を通し、一つの具体的なモチーフを浮かび上がらせています。
「それぞれの家は人間の生活の中心であり、また鳥やけだものたちの生活の中心でもあって、しかもその中心はお互いに触れあっており、それらはちょうど手をつないだ子どもたちの列のように結びあっている」
「村のはずれの小屋に住む人が手に負えない木っ端や木株を切り刻んでいて、たまたま重く鋭いおのを足に落してしまい、大怪我をしたと考えてみよう。もしそんなことがあれば、事故の知らせは口から口へと、一マイルも離れた村のもう一方の端まで飛ぶように伝わることであろう。村人たちはみんなすぐにこの事故のことを知るだけでなく、同時にこの災難にあった瞬間の仲間の村人のこと、鋭く光るおのが足元に落ちてきて、傷からは赤い血がほとばしったことをなまなましく思い浮べるだろう。そしてまた、まるで自分の足が傷ついたように感じ、その身体に衝撃が伝わるのを感じることだろう」(『現代政治の基礎』阿部斎訳、みすず書房)
仲間の男を襲った災難を、単に事実として知るだけでなく、その痛みをわが事のように感じ、追体験する――そのみずみずしいまでの感受性、生命感覚こそ、"公衆"のアイデンティティーの核心をなすものです。
私が強い印象を受けたのは、その圧倒的な実在感、生々しいまでの生のリアリティーです。
そこでは、人間同士はもとより、鳥や獣などの動物たち、大地や草木にいたるまで、互いが互いに「他者」性の輪郭をくっきりと刻印しながら、かといって無関係では決してなく、運命共同体として緊密に結びついている。そこに参入することによって初めて、人々はアイデンティティーを獲得し、自らの生を生きかつ死んでいくことの意味づけ、共同体という全体のなかでの個の生死の位置づけを確認することが可能となる。連想をはたらかせれば、トルストイの作中、作者の自画像に近いとされる人物――『コサック』のオレーニン、『アンナ・カレーニナ』のレーヴィンなど、都会のインテリゲンチアに、たまさか啓示のようにやってくる万有生命と合一しゆく魂の高揚感にも通じるものです。
デューイは、「このように親密な状態があれば、国家などはくだらないものである」と言い切っています。

以上の引用の中には、共同体という言葉は一箇所しか見当たらないが、まさにそこに生きた「共同体」の姿がある。
私たちは、果たしてこのようなみずみずしい「共同体」をなしえているのだろうか。この問いかけ自体が空しく響くほどの状況に身を置いていないだろうか。
なれば、この稿の目的である教育の実践などさらにおぼつかなくなる。

教育の前に、取り戻さなければならないものは、この真の意味での「共同体」の復興にこそあるのではないのだろうか。ベセル氏の問いかけは、教育者のみに向けられたものではない。私たち一人ひとりに突きつけられた深刻な課題なのだと受け止めたい。

最後に同じSGI提言から引用させていただきたい。

デューイの「公衆」にしたところで、第1次世界大戦後の、本格的な大衆の政治参加が進む時代の「共同関心」「公的意識」のあり方を考察したものです。すなわち、村落などの「小共同体」が解体していく中で形成された「国家」という枠組みを、「大社会」から、いかにして「(公衆を構成員とする)大共同社会」へとメタモルフォーゼ(変容)させていくかというテーマヘの取り組みであります。
そして、デューイが明示的に、時に暗示的に述べているように、村落共同体の住人が共有していた「公徳心」「公的関心」の母体であるアイデンティティーの原基のようなものを、どこかに継承、保持していかない限り、「大共同社会」の形成はおぼつかないのであります。

引用の幅を少し広げすぎてしまったようにも思えるが、その意味するものは、つまるところ、教育は教育の分野に決してとどまるものではなく、「共同体」の構成員であり、子どもにかかわるすべての人間の努力と真剣な取り組みがあってこそ、初めて「独自の、より自然で、人間的、かつ全人的な教授法・学習法」が可能なのだということを表しているのだと思う。

まず、対話から始めたい。子どもたちへのかかわり方についての対話から。

(おわり)

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ベセル氏は、いよいよ論考のテーマとなる牧口学説について言及し、そのポイントを「七つの原則」として提示する。以下がその引用となる(引用は聖教新聞2008年12月2日付より)。

牧口は、母国日本で小学校の教師と校長を30年あまり務め、その間、ジョン・デューイをはじめとする同時代人や、それ以前のフレーベル、ヘルバルト、ペスタロッチ等の反対論者の著述を参考にしながら、独自の、より自然で、人間的、かつ全人的な教授法・学習法をつくり出した。
牧口の教育哲学および効果的な教育法への提案は、七つの重要な原則に要約することができる。
(1)人道的競争
(2)現実に根ざしている
(3)地球環境との交流
(4)学習者の住む地域社会こそ学習の場であり、学習科目(カリキュラム)である
(5)幸福こそが学校の教育目的
(6)自己実現と社会的目標の実現のための労働と価値創造
(7)自律的な活動としての学習
今日、牧口が百年前にうち立てた原則によく似た全人的人間教育の原則にもとづく新たな代替教育を創出しようとする運動が、世界的規模で進んでいる。実際に、こうした新たな代替教育のいくつかは、牧口の理念や提唱から直接に生まれたものである。また、最近の数十年間で、牧口の生涯やその業績に関する文献が全人的な教育運動の一部を形成しつつあることからも、その影響の大きさがうかがえる。
ところが、そうした代替教育の機会が広がっているにもかかわらず、それはまだ現代社会のほんの一握りの学齢児童や若者たちの要望にしか応えていないのが現状である。

ベセル氏が要約した牧口学説の七つの原則をさらに私なりに解釈を加えてさせていただいた。

(1)経済競争ではない人道競争
(2)理論より現実を重視
(3)環境の征服ではなく、交流
(4)居住者ではなく、住民 ※
(5)大人中心ではなく子ども中心
(6)(7)ハード・パワーでなくソフト・パワーによる学習

私の解釈では対比法をとらせてもらったが、左側が現状の教育のあり方を指すものとなる。
改めて、その言葉を抜き出すならば、以下のようになる。
経済競争が目的で、理論を重んじ、環境を征服することができ、(浮き草的)居住者であり、大人中心のハード・パワーでによる教育。
こうした概念こそ、現状の教育を司る学校におけるスタンダードな考え方であり、そうした体制が百年余りにわたって続いてきたと言ってもいいだろう。

一方の右側の言葉をつなげるとどうなるか。
人道競争を目的とし、現実を重んじ、環境との交流ができ、(土地に根ざした)住民であり、子ども中心のソフト・パワーによる教育――となる。
それはすなわち、ベセル氏の言葉である「独自の、より自然で、人間的、かつ全人的な教授法・学習法」と定義付けられると言っていい。

どちらが理想的な教育のあり方であるかは、一目瞭然であろう。

※(4)については、ベセル氏の論文「生誕130周年 牧口常三郎と現代文明」(2001年6月14日付聖教新聞)における「(現代の教育家デビッド)オアは、人生における『土地との結びつきの重要性を説くため、住民と居住者の違いを明確にする。彼によれば、住民は『土地や共同体に結びついているのに対し、居住者は根なし草的な存在である。住民とその住環境は深いつながりを持ち、暴力によらねば引き裂くことができない』という」考え方による。
(つづく)

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ベセル氏の社会批判は、いよいよ教育の分野に向けられ、容赦ないともいうべき舌鋒を浴びせていく。長くなるが以下、引用をさせていただく(引用は聖教新聞2008年12月2日付より)。

しかし、アメリカにおいて最も高度に完成した形態に到達した現代の経済システムも、それ自体では、今日のように見事な地球環境の搾取や資源枯渇のための機構とはなり得なかっただろう。この経済的怪物の先導者たちは、長期にわたる成功を収めるためには、上からの命令に従順で、有能かつ意欲的な人材を訓練・用意できる、教育次元のパートナーが必要なことにも間もなく気づいたのである。
こうしてアメリカにおいて、それ以前のヨーロッパでの教育の実験を踏まえたアメリカ式「義務教育」システムが開発された。この教育システムがつくり出されたのは、一般に考えられているような、子どもや若者を育成して民主主義社会への責任ある参画に備えるという目的からではなかった。むしろ、トフラーが指摘するように、現代の学校は純粋に経済目的のためにつくり出されたのである。
「学校は、何世代もの若者を......従順で組織化された労働力へと作り上げていった......核家族と工場型の学校はともに、若者を産業社会に備えさせるための統合システムの一部を形成していたのである」(トフラー、同書)。
同様に、サミュエル・ボウルズとハーバート・ギンタスも、その著『アメリカ資本主義と学校教育』でこう結論している。「学校は近代的な企業のヒエラルキー(階級階層)構造の中で、人々が文句を言わずに、よい働きをするよう、人々を社会化することによって、彼らが成人して仕事に就いた際の規則に備えさせている」
アメリカ有数の教育史家で哲学者のロン・ミラーも、アメリカ社会でのこうした経済部門と教育部門の共生的な関係を、歴史的な観点から同様に位置づけている。

私が漠然と抱いていた疑問は、まさにこの部分だった。学校教育は決して子どものためにあるのではなく、大人が望むような人間を育てるための都合のいい機構に過ぎないのではないか――ということを。
こうしたことを私が言及するだけでは、犬の遠吠えに過ぎないであろうが、アメリカ・インタナショナル大学の教授であり、牧口研究の第一人者であるベセル氏が述べることによって、その重みは計り知れないものになってくる。
私が疑問を抱きつつ終わった学校教育のシステムは、全く変わることなく、現在に至っている。一時、「ゆとり教育」などの試行錯誤もあったものの、失敗に終わり、学力向上を学校の至上課題とする"揺り戻し"の状態にある。
私が思うに、ベセル氏が指摘するように、上の者にとって都合のいい人間を育てる現状の教育システムは、今や経済のためという目的すら見失い、どこに向かっているのかわからない状態にまで陥ってしまっているのではないかと思う。

ベセル氏は、以下のように現状を分析する。

従来の工場型教育モデルや学習が、いまだに世界中の教育思想や教育実践の大勢を占めている。いまなお何百万人もの児童や若者が、強制学習および個性を抑圧するような教育方針やその実践にさられている。未成年の犯罪、麻薬、無用な戦争、貧困から、地球温暖化、気候変動に至る、今日、私たちが直面している極めて深刻な問題の多くは、今なお続いている児童や若者への誤った教育、そして、そうした教育が生み出す個人や社会のさまざまな状況に起因していると言える。

現代、私たちが直面しているあらゆる難題の要因は、教育システムの間違いにある――現在の教育システムに携わっている人たちにとって、これほどに耳に痛い、さらに言えば耳障りな言説もないだろう。

教育のあり方については、これまでもさまざま議論もされ、試みもされてきた。しかし、一向に理想的な教育方法を見い出す道筋すら見えてこないというのが、わが国における深刻な実情ではなかろうか。

ベセル氏は、その難問を解く鍵を、氏が長年研究を積んできた牧口学説に見い出す。牧口学説とは、言うまでもなく、「創価教育学体系」の著者、牧口常三郎創価学会初代会長による教育哲学のことだ。

(つづく)


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聖教新聞客員論説委員のデイル・ベセル氏(アメリカ・インタナショナル大学教授)による論文を興味深く読んだ(聖教新聞2008年12月2日)。

タイトルは「全人的教育の原則」。見出しには、「"工場型モデル"に見直し機運」「新たに脚光浴びる牧口学説」とある。

思わず引き込まれるように読んだこの論文に対する感想は、私が学校という枠組みで教育を受けていた際に感じ続けてきた疑問の一つがこの論文によって裏付けられたような気がして、うれしく思うとともに、ならば私たちはどうすべきなのか、という新たな難題が突きつけられたという印象を受けた。

ベセル氏の論文をここに紹介しつつ、私見を述べさせていただきたい。

20世紀に生まれ育ち、いわゆる「近代(モダニティー)の世界観や価値観に慣れ親しんできた私たちはここへきて、人生および現実についての基本的な原則のいくつかを、学び直さなければならないことに気づきつつある。
それらの原則とは、世界各地の多くの先住民族が熟知し、何千年にもわたって、生きる指針としてきた原則である。
ところが私のこの近代風な生き方は、人類の歴史においても、また人類がこの惑星上に生み出したさまざまな社会や文化の中でも異端的で常軌を逸したものであり、その蓄積された影響力は、私たち人類にとって破壊的結末をもたらすものとなっている。

近代が突き進んできた価値観に対する痛烈な批判からこの論文は始まっている。
氏は先住民族が熟知し、指針としてきた原則を挙げているが、それは私たちの先住民族からも学び取ることができよう。
たとえば、縄文時代、1万年間の長きにわたって続いた青森県の三内丸山遺跡などはその好例ではないか。私は遺跡を訪れた際、1万年という悠久の時と人々の営み、暮らしが実際に目に見え、耳で聞こえた気がした。修復ではあるが、その家族が囲んだであろう囲炉裏からは、ぬくもりすら感じることができた。
それほどに永続的な生き方がここに根付いていたという証左だろう。
氏は、近代風の生き方を「異端で常軌を逸した」と糾弾する。極めて厳しい表現だが、決して否定できない事実が現にあると私は思うのだ。

それまでのほとんどの民族や文化は、自然を「世話し管理すべき責務の対象」として認識していた。彼らは概して自然と調和して生きようと努め、天然資源を未来世代のために残そうと努めたのである。ところが、産業革命および、化石燃料の発見とその広範な使用から生み出された現代文化は、アルビン・トフラーが言うように、自然を「搾取されるのを待つ対象」と見なしてきた。
(中略)
創価学会インタナショナルの創立者で会長の池田大作氏も、「近代」の自然界に対する配慮の欠如や、その無慈悲な搾取をこう指摘している。「私たち人間は、自然との対話を維持できなかったばかりか、自然を征服し支配しようとして、狂ったように貪欲に突き動かされた文明を生み出し、その文明はいまや地球そのものの存続すらを危うくする環境破壊の危機に直面している」(英語版『人生地理学』への序文から)。

ベセル氏、トフラー氏、池田会長が指摘する自然への無配慮を象徴するような光景を、私はあるテレビ番組で目の当たりにした。
番組では、国民の怒りとして、国際的なマグロ漁獲量の制限の動きが取り上げられていた。
番組は、マグロの話題つながりからなのか、ある芸能人が釣り上げたという実物サイズの巨大マグロの写真が披露され、最後にマグロの刺身を出演者一同が「おいしい、おいしい」と試食をして終了していた。
その光景に私は大いなる違和感を覚えた。なぜなら、番組においてマグロという存在が、人間に食べられるためにあるという前提に立っており、自然からのありがたきいただきものであるという崇敬の念が全く欠如していたからだ。まさに「自然を征服した」という人間の傲慢さばかりが浮き彫りにされた感があった。
「世界がマグロの味を知った、だから自分たち(日本人)がマグロを食べる量が減る、それはとんでもないことだ」という意識には、自然に対する配慮を感じることはできない。
このように経済的視点から物事をとらえていく限り、生命次元における自然との対話の回路は永遠に見出せないに違いない。
マグロは人間に食べられるために存在するのではない。この地球というかけがえのない生命体に育まれ、何億年もの、気の遠くなるような時間をかけて姿を作り上げてきた、奇跡の存在なのだ。
マグロに限らず、すべての生命に由来する食物を口にする時、このような思いを巡らすことは、果たして考えすぎだろうか。
考えすぎだとしても、人間が食物連鎖の頂点に立つ存在であるという責任感に立つことは、少なくとも必要であろうと思う。

今や自然界に対する配慮の欠如とその無慈悲な搾取によるしっぺ返しは、あまりにも早く私たちに訪れたといっていいだろう。
そうした「常軌を逸した」経済システムがもたらしたものは自然破壊ばかりでなく、教育という人間が生きる上で最も根幹ともいうべき側面にまで及び、人間性までをも害してきたということを氏は指摘していく。

(つづく)

デイル・ベセル氏略歴

 Dayle Bethel 1923年、アメリカ生まれ。アメリカ・インタナショナル大学教授。ミシガン州立大学で国際比較教育の博士号取得。著書に『価値創造者―― 牧口常三郎の教育思想』(英語版・日本語版)など。英語版『創価教育学体系』、同『人生地理学』の編集・監修にも携わる。(聖教新聞より)




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池田SGI会長に授与された600の名誉市民称号に対して東洋大学八巻節夫教授は以下のように語っている。

また、名誉称号を授与する側に目を向ければ、SGI会長に対して威信をもって称号を贈ることは、世界に強力な一つのメッセージを発していることにもなるのです。
それは「私たちも、同じ哲学と信念を持って、平和と価値創造の社会を構築することを目指す」という行動メッセージなのです。
現代物質文明のように経済のみが突出せず、教育・福祉・地域共同体・自然環境をも包摂した、生命価値文明へのパラダイムシフト(思想の枠組みの変動)を可能にするためにも、こうした行動メッセージを発信する団体が増えていくことに大いなる希望の曙光を見る思いがします。(聖教新聞2008年12月2日付)
とても素晴らしいコメントであると思う。

そしてここにSGI会長に対する称号授与の本質がずばりと語られていると思う。
それは、八巻氏が述べられているように、SGI会長が発信してきた"生命尊厳""寛容の精神""ヒューマニズム""経済競争から人道競争へ"などの地球市民主義の生き方を歩んでいくことを世界へ向けて表明することにほかならない。

そのようなパラダイムシフトが今、世界各地で起こっている。
そうした世界的な潮流にこそ、世界がSGI会長を賞賛する意義があると思うのである。

上辺を飾るだけの、形ばかりの称号ならば必要ないはずである。しかし、その称号が人間主義の生き方の素晴らしさに気づき、行動を始めることを宣言するメッセージならば、それを受け止めないわけにはいかない。
だからこそ、従来からその価値の重さを十二分に学び、体得しているはずの私たちの行動こそが重要であり、試されることになる。

称号の授与を当たり前のことと受け止めてはいないか。
称号の証書に記された言葉が、自分たちの考え方や行動に照らして恥じるところはないか。
これら称号の意義を後世に伝えていくためのたゆまない努力をしているか。
証書の多くが謳う社会貢献を一人ひとりがどこまで挑戦できているか――などなど。

挙げればきりがないが、こうした自己への問いかけこそ重要であって、手放しに授賞を喜んで済むという問題ではない。
授賞が増えれば増えるほどに、私たち一人ひとりの行動の責任は重くなっていくというわけだ。
ならばその重圧を力強く跳ね返していく一人ひとりのソフト・パワー(内発の力)開発の努力が不可欠となろう。

人間主義の思想をさらに世界に広めるために、常に自らに問いかけ、生き方を確認し、そして対話による啓発、触発をもたらしていく日々でありたい。

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一日の瞑想より
一時間の対話の方がまさる

イギリスの哲学者 F・ベーコン(神吉三郎訳)

2008年12月2日付聖教新聞「名誉会長、わが大切な同志にこの言葉を贈る」より

さまざまなコミュニケーションツールが発達する一方で、対話の機会は極めて限られてきているように思う。
そんなことはない、いつも家族や職場の同僚と対話をしていると言われる方もおられると思うが、日常において交わされるものは会話であって、対話とは別物ではないかと私は思う。
会話は、何を食べた、あれがおいしかった、天気がいい、あのニュースを知ってるか――などといった表面的なものであって、対話というものは、そこから一重深く立ち入り、生き方そのものにかかわることを話題とするもの、と私は定義付けさせてもらっている。

このような定義は私だけのものだから普遍性はないかもしれない。
ただ、その是非はともかく、日常において、「いかによく生きるべきか」「そのためには何をすべきか」といった、本来なら常に自分に対する問い続けがあってしかるべき、人生の根本問題について、語られる機会は極めて少ない。
むしろ、「重たい」といって避けられるケースの方が普通なのかもしれない。

でも、それでいいのかという気持ちが私の中で常に離れてこなかった。

一生は短い。
いつ突然の死を迎えるともしれない。
長生きをしたとしても、必ず誰人にも死は平等に訪れる。

ならば、一瞬一瞬に生を感じられるような生き方がしたい。
私はそう思う方である。

瞑想も大事だ。自分の生き方について、考え、見つめ、反省し、糧としていく大事な時間だと思う。

でも、ベーコンの言にあるように、それ以上に価値を持つのは対話ではないだろうかと思う。

お互いが深く語り合おうとする場合、そこにはある種の緊張感すら生まれ、そこに個人では予想のつかない触発が生まれる。
その触発は、瞑想からは生じることのない、ある種の化学反応に似た、人生の飛躍の瞬間であろうとも思う。やや大げさな言い方かもしれないが。

人と人との分断を結びつきや信頼に変えていくのも対話以外の方法はないと言っていいだろう。
対話は、人を幸福にする魔法のようなツールであるとさえ、私は思っている。


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「アメリカの宗教右派」(飯山雅史著、中公新書クラレ)を興味深く読んだ。

アメリカはそもそも、ヨーロッパ大陸で弾圧を受けた信仰者たちが移住してできた国という意味で、宗教という存在は切っても切り離せないということは言うまでもない。

だが、アメリカの決して長いとは言えない歴史の中で、国家と宗教の関係性はいかなるものだったのかについては、私はほとんど知らなかった。単にプロテスタントの国という認識を持つに過ぎなかった。

しかし、この「アメリカの宗教右派」を読み、建国当時から現在に至るまで、宗教とそこに付随する組織が常に国、つまり政治に影響を与え、進む方向性に関与してきたかを概括的に知ることができた。

読了して、私がまず感じたことは、アメリカという国は民族や文化における多様性と同様、宗教の世界においても、多様性に満ち、さらに言えば混沌に近い潮流がめまぐるしく変転してしてきたということだった。そして、それにもかかわらず、なおかつその信仰心はその多くの国民にとって、厚いままに保たれているという事実に驚きを覚えざるをえなかった。

本書によると、2004年時の統計によるアメリカの宗教人口の内訳は、プロテスタント55.8%、カトリック22.0%、他のキリスト教3.9%、ユダヤ教1.9%、その他の宗教1.4%、無宗教・無所属15.0%となっている。つまり、「私は信仰者である」と認識する人は、全体で85%にも上る。その意味では、無宗教が一般的とも言われている日本人の感覚からすると、想像できない宗教性に満ちた国ということができるだろう。

この書は、宗教組織や団体が、いかに政治に関与し、多大なる影響を与えてきたかについて、主に分析している。
わが国においては、この問題は、極めてネガティブな問題としてとらえられている側面がある。その意味では、アメリカの9割近くが信仰者であるとするなら、ほとんどの人が政治にかかわれないことになってしまう。そんなおかしな話があるだろうか。

そうした意味で、「結び」で結論づけられた筆者の考えには、私は大いなる賛意を覚えた。その箇所を以下、引用させていただく。

宗教は、分裂と対立を政治に持ち込むから、民主主義のルールになじまないという懸念は理解できるし、宗教右派が展開した攻撃的な政治運動は、その懸念を裏付けるものでもある。しかし、彼らは、あくまで世論に訴えて支持者を動員し、投票箱を通して目標の実現を図ってきたのであって、民主主義の最低のルールを踏みにじってきたわけではないことも、認識する必要がある。(「アメリカの宗教右派」242ページ)

宗教は、それぞれの教義を持ち、その教義における非寛容性ゆえに、攻撃的、過激に走る傾向が否めず、その反発からリベラルに象徴されるような世俗的傾向が世論に強まったり、逆にその反動で原理主義的考えに支持が集まったりなど、アメリカの政治と社会は振り子のような状態が続いてきた。

しかし、日本の一部に危惧する意見があるようにアメリカ総体が、狂信的に「神の国」建国に走り出すということは、歴史を振り返っても一度もない。
そこは、信仰心が薄い国といわれながらも、日本がかつて国家神道の名目の元に「一億総玉砕」を国民に強いた苦い経験があることと対照的とはいえないだろうか。

なぜ、アメリカは8割以上のキリスト教徒を抱えながら、狂信的行動に走らないのかという理由は、私が読後感に感じた、「多様性」というキーワードにあると私は思う。

合衆国憲法は、ひとつの教会による国教化を禁じた。ゆえに、各州にさまざまな教会、教派が乱立し、それぞれ信者を増やしていった。人種問題に絡む南北戦争という悲劇こそあったが、それも民主主義を成長させるための飛躍の機会として、アメリカはよりたくましさを増していった。
まるで生命が進化していく過程のような分裂、統合を繰り返しながら、宗教組織はしっかりとその時代時代の民衆の精神的なバックボーンとしての使命を果たし続けてきたといっていいだろう。

私はその意味で、アメリカの豊穣たる「多様性」に尊敬するし、今まさに私たちが直面する難題に対して、学ぶべきは少なくないと思うのである。

この書において、アメリカがたどってきた宗教の体系について概括を学べたので、本書で紹介されている参考文献などを紐解くことで、さらにその理解を深めるとともに、わが国における宗教のあり方や意義などについて、これからも考えていきたいと思う。


最後に池田SGI会長のアメリカにおける宗教観について触れられた講演を以下引用し、この稿の結びとしたい。

その数少ない例証の一つを、私は1830年代のアメリカ社会を訪れ比類のない分析を加えた、フランスの歴史家・トクヴィルの古典的名著『アメリカの民主政治』の描写に見いだすのであります。
いうまでもなく、19世紀初めの建国後、半世紀のアメリカを訪問したトクヴィルに最も印象深かったのは、母国フランスとは様変わりした、かの地の宗教事情、宗教的様相であった。
その驚きを彼は、「宗教は外見的な力をへらすことによって、その実力を増すようなことにどうしてなりうるのか」(『アメリカの民主政治』井伊玄太郎訳、講談社学術文庫)という疑問として投げかけております。
すなわち、フランスでは、宗教が教会のもとでの多くの煩瑣な儀礼、形式と化し、ややもすれば、魂の桎梏となるきらいがあった。ゆえに、宗教の外見的な力を減らすことは、そのまま宗教からの解放、信仰心の衰弱を意味していた。
しかし、新興国アメリカは、逆に儀礼や形式を少なくすればするほどに、人々の信仰心は横溢(おういつ)してくるようである。
彼は言います。「アメリカ連邦においてほどに、キリスト教が形式と儀礼と像とを少ししか含んでいない国は他にどこにもない。そしてまた、ここほどにキリスト教が人間の精神に対して明確で単純な、そして一般的な理念をあらわしている国も、他のどこにも見られない」(前掲書)と。
トクヴィルの指摘は、一応、フランスにおけるカソリシズムの形骸化と、アメリカにおけるピュータリニズムの隆盛をいっているもののようですが、もう一歩敷延して考えれば、信仰における"内発的なるもの"が、最も純粋な形で時代精神へと結晶していることへの感嘆といえましょう。

出典:
1991.09.26: <講演>ソフト・パワーの時代と哲学(ハーバード大学)


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SGI憲章の制定13周年
「世界宗教」の誇り高い対話を
2008年11月19日付聖教新聞社説

 SGI(創価学会インタナショナル)の基本理念である「SGI憲章」が発表されてから、23日で13周年を迎える。
 発足20周年の佳節を迎えた1995年、SGIは、日蓮大聖人の精神を世界に広げるとともに、平和・文化・教育に貢献する本格的な運動を開始するための理念と規範を明文化したものとして、各国の合意を得て同憲章を制定した。
 「『人間主義』に基づく『世界市民の理念』『寛容の精神』『人権の尊重』を高く掲げ、非暴力と対話により、こうした人類的課題に挑み、人類社会に貢献する」との前文に始まり、10項目にわたる目的と原則を明示。仏法正統の世界宗教としての精神を高らかに謳っている。
 なかでも注目すべきは「寛容の精神」だろう。世界史上、非寛容な宗教的権力が異端裁判や魔女狩りなどの民衆抑圧を行い、国家権力に利用されて戦火の因となってきた側面が数多くあるからだ。
 創価学会は、日本の軍国主義と戦った牧口初代会長、戸田第2代会長の魂を受け継ぐ池田SGI会長を先頭に、力強い文明間対話を展開。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、さらに共産圏の人々とも粘り強い対話を進め、"人間と人間"の理解・友好を広げている。
 SGI憲章が発表された95年は、折しも「国連寛容年」。その年頭、同志社女子大学の武邦保教授が「『国連寛容年』に寄せて」と題する一文を綴っている。
 この中で、学会を非寛容呼ばわりする宗教観の誤りを指摘していた。
 「宗教には、それぞれの絶対的な信条があるのは当然である」「自らの信仰の優位性を主張していくことは、むしろ信仰者にとっては最低の条件」「あくまでも教義的非寛容を貫きながら、人間に対する寛容を貫けるか否かということが、宗教の優劣を決める大きな基準の一つとなろう」(「創価新報」)
 「法」の絶対性と「人」の寛容性との融合――。教授は、創価の三代会長の人道闘争を高く評価したのである。
 確固とした宗教的信念をもち、「開かれた対話」で友誼を結んでこそ、寛容の道・人道の道を歩むことができる。
 こうした確信をもって、三代会長に続く学会の同志こそ、人類の未来を開く大宗教運動の旗手といえよう。制定記念日を迎えるにあたり、「SGI憲章」の精神を胸に、誇り高い対話をますます勇敢に広げていきたい。


全文を掲載させていただいた。

この社説では、SGI憲章の中核の理念をなす「寛容の精神」について、その意義について語られている。

大いに賛同すべき内容であると思う。

世界の宗教の歴史を振り返るに、法の絶対性を重んじるがゆえに、そのもとにある人が、あまりに軽んじられてきた。それは、法とともに、人に対しても非寛容になってしまう宗教が陥りやすい落とし穴といえる。

こうした宗教の本末転倒にいかに歯止めを欠けるかが、武氏が示す、「教義的非寛容を貫きながら、人間に対する寛容を貫」くことにあると思う。

口で言うは簡単だが、これを実践に移していくことは、極めて難しいことだと思う。

仮に、自分が信奉する宗教組織について、中傷、非難を浴びたとしよう。この場合、どうすべきなのか。非寛容の態度を示すべきか、寛容の態度を示すべきか――。簡単には答えは出せない。
ここで重要なのは、まずは冷静になることだと思う。中傷、非難する相手のことをよく知る必要があるだろう。
その非難が、「ためにする非難」なのか、それとも「無知からくる中傷」なのかでは、こちらの対応は全く違ってくる。
前者には、非寛容の態度で。つまり、「ためにする非難」は悪意から発するものであり、それを許すことは、悪の存在を認めることになる。ゆえに妥協せず徹して責めるべきだろう。

一方の後者には寛容の態度で臨むべきだろう。なぜなら、無知、もしくは無理解から発する非難の場合は、対話によって無理解が理解に変わる可能性がある。ゆえにこの場面においては、寛容の精神を発揮し、勇気と忍耐をもって対話に臨むべきではないかと思うのだ。

それができず、ただ非難を受けたという一点で、非寛容な姿勢に終始しては、「開かれた対話」の回路は決して生まれない。

信仰者に求められるべきは、狂信的熱狂ではなく、寛容的忍耐とも言うべき、人に対する絶対的信頼感ではないか。

そんな信仰心に基づく寛容の精神は、無理解を理解にするばかりではなく、ひいては悪をも善に変える力を持つと確信する。

最後にヤーマン・池田対談「今日の世界、明日の文明」から、ヤーマン氏の主張を引用し、この稿の結びとしたい。

ヤーマン 私たちは、寛容の文化、受容の文化、理解と共感の文化へ立ち戻らなければなりません。低劣な熱情は、その本質をみれば、自尊心や被害妄想の産物であり、許してはならないものです。
過度のうぬぼれや被害妄想は、自己を誇大化する心であり、敵の出方を恐れる心の働きです。私たちは、こうした人間嫌悪の感情が支配的になるのを許してはなりません。

タグ:
【寛容の精神】


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