ベセル氏は、いよいよ論考のテーマとなる牧口学説について言及し、そのポイントを「七つの原則」として提示する。以下がその引用となる(引用は聖教新聞2008年12月2日付より)。
ベセル氏が要約した牧口学説の七つの原則をさらに私なりに解釈を加えてさせていただいた。
(1)経済競争ではない人道競争
(2)理論より現実を重視
(3)環境の征服ではなく、交流
(4)居住者ではなく、住民 ※
(5)大人中心ではなく子ども中心
(6)(7)ハード・パワーでなくソフト・パワーによる学習
私の解釈では対比法をとらせてもらったが、左側が現状の教育のあり方を指すものとなる。
改めて、その言葉を抜き出すならば、以下のようになる。
経済競争が目的で、理論を重んじ、環境を征服することができ、(浮き草的)居住者であり、大人中心のハード・パワーでによる教育。
こうした概念こそ、現状の教育を司る学校におけるスタンダードな考え方であり、そうした体制が百年余りにわたって続いてきたと言ってもいいだろう。
一方の右側の言葉をつなげるとどうなるか。
人道競争を目的とし、現実を重んじ、環境との交流ができ、(土地に根ざした)住民であり、子ども中心のソフト・パワーによる教育――となる。
それはすなわち、ベセル氏の言葉である「独自の、より自然で、人間的、かつ全人的な教授法・学習法」と定義付けられると言っていい。
どちらが理想的な教育のあり方であるかは、一目瞭然であろう。
※(4)については、ベセル氏の論文「生誕130周年 牧口常三郎と現代文明」(2001年6月14日付聖教新聞)における「(現代の教育家デビッド)オアは、人生における『土地との結びつき』の重要性を説くため、住民と居住者の違いを明確にする。彼によれば、住民は『土地や共同体に結びついているのに対し、居住者は根なし草的な存在である。住民とその住環境は深いつながりを持ち、暴力によらねば引き裂くことができない』という」考え方による。
(つづく)
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【教育】
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牧口は、母国日本で小学校の教師と校長を30年あまり務め、その間、ジョン・デューイをはじめとする同時代人や、それ以前のフレーベル、ヘルバルト、ペスタロッチ等の反対論者の著述を参考にしながら、独自の、より自然で、人間的、かつ全人的な教授法・学習法をつくり出した。
牧口の教育哲学および効果的な教育法への提案は、七つの重要な原則に要約することができる。
(1)人道的競争
(2)現実に根ざしている
(3)地球環境との交流
(4)学習者の住む地域社会こそ学習の場であり、学習科目(カリキュラム)である
(5)幸福こそが学校の教育目的
(6)自己実現と社会的目標の実現のための労働と価値創造
(7)自律的な活動としての学習
今日、牧口が百年前にうち立てた原則によく似た全人的人間教育の原則にもとづく新たな代替教育を創出しようとする運動が、世界的規模で進んでいる。実際に、こうした新たな代替教育のいくつかは、牧口の理念や提唱から直接に生まれたものである。また、最近の数十年間で、牧口の生涯やその業績に関する文献が全人的な教育運動の一部を形成しつつあることからも、その影響の大きさがうかがえる。
ところが、そうした代替教育の機会が広がっているにもかかわらず、それはまだ現代社会のほんの一握りの学齢児童や若者たちの要望にしか応えていないのが現状である。
ベセル氏が要約した牧口学説の七つの原則をさらに私なりに解釈を加えてさせていただいた。
(1)経済競争ではない人道競争
(2)理論より現実を重視
(3)環境の征服ではなく、交流
(4)居住者ではなく、住民 ※
(5)大人中心ではなく子ども中心
(6)(7)ハード・パワーでなくソフト・パワーによる学習
私の解釈では対比法をとらせてもらったが、左側が現状の教育のあり方を指すものとなる。
改めて、その言葉を抜き出すならば、以下のようになる。
経済競争が目的で、理論を重んじ、環境を征服することができ、(浮き草的)居住者であり、大人中心のハード・パワーでによる教育。
こうした概念こそ、現状の教育を司る学校におけるスタンダードな考え方であり、そうした体制が百年余りにわたって続いてきたと言ってもいいだろう。
一方の右側の言葉をつなげるとどうなるか。
人道競争を目的とし、現実を重んじ、環境との交流ができ、(土地に根ざした)住民であり、子ども中心のソフト・パワーによる教育――となる。
それはすなわち、ベセル氏の言葉である「独自の、より自然で、人間的、かつ全人的な教授法・学習法」と定義付けられると言っていい。
どちらが理想的な教育のあり方であるかは、一目瞭然であろう。
※(4)については、ベセル氏の論文「生誕130周年 牧口常三郎と現代文明」(2001年6月14日付聖教新聞)における「(現代の教育家デビッド)オアは、人生における『土地との結びつき』の重要性を説くため、住民と居住者の違いを明確にする。彼によれば、住民は『土地や共同体に結びついているのに対し、居住者は根なし草的な存在である。住民とその住環境は深いつながりを持ち、暴力によらねば引き裂くことができない』という」考え方による。
(つづく)
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