2009年1月アーカイブ

大聖人は生涯、懸命に生きる民衆に対してはどこまでも寛容で、限りない慈愛を注がれました。

一方、民衆を苦しめる権威・権力に対しては、一切の妥協を許さぬ非寛容の人でした。

この「他人への責任感」こそが寛容の源泉であるべきで、いささかたりとも民衆が苦しむことを看過せず、非寛容を発動しなければならないことが示されています。

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1995.01.26: 第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

日本史にも造詣の深いイスラエル・ヘブライ大学のシロニー教授は昨年十月、私と対談した折に、こう述べておられました。「人間と動物の違いは、理想をもっているかどうかです。理想によって、自分が納得して生きられる。それも日蓮上人の考え方に通じます。(その理想によって)他人をも納得させようとする。折伏もそうでしょう。他人に無関心ではいけません。他人に対しても責任があります。これ(他人への責任感)も人間だけのものです」――と。

全人類の救済を願われた大聖人にとって、思想上の正邪を明らかにし、人々を苦しめる一凶を取り除くことは当然の行為であった。そのために大聖人が用いたのが、「開目抄」の御聖訓に象徴されるように、言論という「精神の王者」の武器であったのであります。この大聖人の仏法を信奉する私どもSGI対し、さまざまな識者が共感を寄せてくださっているのも、「対話」を根本に世界に友情のネットワークを広げている点なのです。

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「寛容とは詰まるところ、すべてを許す行為ならば、それは無関心と何ら変わるものではないのではないか」という考え方に対するSGI会長の見解が述べられています。

真の寛容とは、無関心から発する投げやりな許容とは正反対の、他者へかかわっていこうとする強い意志と精神力こそが求められるということです。

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1995.01.26: 第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

二十世紀に猛威をふるった一元主義的イデオロギーの凶暴性を考えれば、価値観の多元化は、おそらく不可避でしょうが、「あつものに懲りてなますを吹く」愚をおかすべきではありません。真の寛容と無関心とは、おのずから異なるはずです。

実のところ、日本的な寛容なるものの内実は惨憺たるものがある。昨今の政治状況一つをとってみても、理念・政策ではなく打算や情念で動かされているありさまは、確たる国策ももたないまま、ずるずると太平洋戦争になだれこんでいった戦前の状況をも想起させるものがあります。その一方で、次代を担う青年層において精神的な緊張とはまるで逆の自閉的傾向、そして正義への無関心、シニシズム(冷笑主義)が顕著に高まっているのです。

真の「寛容」とは、もっと積極的な概念でなくてはならない。その意味で、この無関心が生み出すシニシズムとはいわば対極にある、「他者への責任感」を源泉とする積極的な行動性こそ、現代における「寛容」の条件たりうるものではないでしょうか。

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タイトルは、1995年の提言でSGI会長が引用したモンテーニュの言です。

一瞬、どきりとさせられる言葉ですが、これを「あ、キリスト教のことね、自分たちとは関係ない」と簡単に片付けてはいけないということを、SGI会長は言いたいがために、この言をあえて引用されているのではないかと推察します。

抜粋が前後してしまいましたが、

<抜粋>宗教動乱を終結させるために――SGI提言より抜粋

において、

海外の植民地開拓が目的で出発したキリスト教徒が、偶像を崇拝する土着民よりもはるかに残忍であり、倫理的にも劣る行為を犯していると述べた彼の報告は、宗教的相対観の発生を促し、当時の心あるキリスト教徒に深い衝撃と内省の機会を与えたという事実も、よく指摘されるところであります。

とあるように、宗教正義の旗印を高く掲げすぎるあまり、違う宗教を持つ人や思想の相違を認めない非寛容さこそ、信仰者は戒めていかなければならないことを、かつてのキリスト教徒同士の殺戮の歴史から訴えておられるのでしょう。

この非寛容さは、熱心な信仰者であるほどに陥りやすい落とし穴であるという意味で、私たちは常に他者に対して非寛容ではないかということを顧み、そうした心を戒めていく必要があると思います。

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1995.01.26: <提言>第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

さてここで、私は自身の"青春の一書"であった『エセー』の著者ミシェル・ド・モンテーニュにスポットを当ててみたい。いうまでもなくモンテーニュは、エラスムス等と並んで、これほど寛容を語るにふさわしい人物はないわけですが、とりわけ私が強調したいのは、彼の精神世界が日本特有のぬるま湯的な精神風土とはまるで無縁であったということです。

「寛容の人」モンテーニュは、何にもまして「対話」の人であり、「対話」を通しての人間と人間との撃ち合い、錬磨、鍛えの重要性を繰り返し訴えてやまない人でした。

ユグノー戦争の最中に起こった「聖バルテルミーの大虐殺」をはじめとして、宗教対立が数多くの惨劇を引き起こした十六世紀フランスを生き抜いたモンテーニュはその著『エセー』の中で次のように記しております。

「われわれの信心は、われわれの憎悪や、残虐や、野心や、貪欲や、中傷や、反逆への傾向を助けるときには驚くべき力を発揮する。逆に、親切や、好意や、節制への傾向を助けるときには、まるで奇蹟のように、何かのまれな性格にでもうながされないかぎり、歩きもしなければ飛びもしない。われわれの宗教は悪徳を根絶させるために作られたのに、かえって悪徳をはぐくみ、養い、かき立てている」(『エセー』3、原二郎訳、岩波文庫)―と。

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 続いて、この『人道的競争」の理念に基づき、地球的問題群に取り組むための方途について具体的に提案しておきたい。

 世界は今、先に論じた経済危機に加え、地球温暖化やエネルギー問題、また食糧問題や貧困問題が連鎖しながら悪化していく危機に見舞われています。歴史のプリズムを通して見ると、今日の状況は、1929年の世界恐慌の再来をも想起させる衝撃と、1970年代前半にドルショック=注4=や石油危機が起こり、さまざまな地球的問題群が次々と顕在化した状況が、一挙に襲いかかっているような様相さえ呈しております。

 振り返れば、1930年代には世界恐慌による経済危機を乗り越えようと、関税引き下げや為替レートの安定についての政策協調が模索されました。しかし、いずれも不調に終わり、他国に配盧せず自国の権益のみを守ろうとする経済政策がさらに危機を深刻化させる、いわゆる″囚人のジレンマ″の状態を招き、世界恐慌の反省が実を結ぶには、第2次世界大戦の惨劇を経ねばなりませんでした。

 一方、1970年代前半には、環境問題や食糧問題に関する国連主催の世界会議が初めて行われ、先進国によるサミット(首脳会議)もスタートしました。これらの動きは、現在にいたる国際協調の端緒となったものの、当時の諸問題が抜本的な解決を見ないまま山積しているように、国益の対立の前に十分に機能してこなかった面は否めません。

 その意味で、今、我々に求められているのは、かつての危機の時代における取り組みをはるかに凌駕する「大胆な構想」と「大胆な挑戦」でありましょう。

 金融危機の震源地となったアメリカでは、″チェンジ(変革)″を合言葉に掲げたバラク・オバマ氏が大統領に就任しました。オバマ大統領は就任演説で、「世界は変わった。故に、我々も共に変わらなければならない」「いま我々に求められているのは、新しい責任の時代に入ることだ」(「読売新聞」1月22日付朝刊)と呼びかけましたが、その変革への挑戦はアメリカ一国のみならず、世界全体で等しく必要とされるものです。

 そこで私は、現在のグローバルな危機を、「人道的競争」の具現化を通して、人類の新しい未来への″糧″に変えながら、「平和と共生の世紀」を建設するための柱として、次の三つの項目を挙げたい。

 第一は環境問題への取り組みを通しての「行動の共有」であり、第二は地球公共財に関する国際協力を通しての「責任の共有」であり、第三は核兵器廃絶への挑戦を通しての「平和の共有」であります。

誰もが免れない気候変動の影響

 第一の柱については、特に地球温暖化に焦点を当てて論じておきたい。

 地球温暖化は、各地の生態系に深刻な影響を及ぼすだけでなく、気象災害や紛争を招く要因ともなり、貧困や飢餓を拡大させるなど、21世紀のグローバルな危機を象徴する文明論的な課題といえるものです。

 就任以来、このテーマを国連の重点課題に掲げてきた潘基文事務総長が、「長い目で見れば、豊かな人々にも貧しい人々にも例外はなく、気候変動のもたらす危険を免れることのできる人はこの地球上のどこにもいない」(二宮正人・秋月弘子監修『人間開発報告書2007/2008』阪急コミュニケーションズ)と警告するように、誰もが傍観者では済まされない性質を帯びた危機です。

 それはまた、″現在進行中の複合的な危機″であると同時に、甚大な影響が子どもや孫たちの世代にまで及んでしまうという面で″未来をも蝕む危機″にほかなりません。

 残念ながら2008年は、温室効果ガスの削減をめぐる交渉に目立った進展はありませんでした。12月の合意期限までに前向きな議論が進められることが期待されますが、先進国の取り組みの強化はもとより、今後、新興国や途上国の間でも何らかの行動が必要となってくることは論を待ちません。

新興国と途上国含む活動に着手

 では、どのような形で「行動の共有」を図ればよいのか。その突破口はエネルギー政策での国際協力にあると、私は考えます。

 なぜなら、エネルギー問題は新興国や途上国にとっても切実な問題であり、先進国側においても「低炭素・循環型社会」への転換を図る上で避けて通れない課題だからです。

 実際、二酸化炭素など温室効果ガスの発生の6割近くは化石燃料の消費等によるものだけに、効果は大きいといえましょう。

 また現在、オバマ大統領が提唱するグリーン・ニューディール政策ともいうべき雇用創出プランのように、エネルギーや環境分野で重点的に投資を行い、新しい産業や雇用を生み出す状況をつくり、経済危機の打開を目指す政策の実施や検討が、日本や韓国をはじめ各国で広がっており、機運は高まっています。

 2008年の提言で私は、再生可能エネルギーの導入と省エネルギー対策の促進で「低炭素・循環型社会」への移行を図るアプローチに言及し、環境問題への対応を契機に「人道的競争」の時代を開くべきであると訴えました。その萌芽は、すでに現れ始めています。

 一つは、すでに50カ国以上が賛同を表明している「国際再生可能エネルギー機関」の設立で、1月26日にドイツで協定文書の調印式が行われ、新興国や途上国を含めた形での国際協力が始まることになりました。私も7年前に「再生可能エネルギー促進条約」を提案し、こうした体制の構築を呼びかけてきただけに歓迎するものです。

 また省エネルギーの分野でも、2008年12月、G8(主要8力国)に中国、インド、ブラジルなどを加えた国々が閣僚会合を行い、今年中に「国際省エネ協力パートナーシップ」の活動を開始し、事務局を国際エネルギー機関に置くとの共同声明を発表しました。

 まずは、京都議定書=注5=の第一約束期間が終了する2012年までに、この二つの新しい活動を軌道に乗せ、国際協力の実績を積み上げながら、「気候変動枠組条約」の取組みを支える両輪としていくことが望まれます。

 その上で私は、将来的な展望として、この二つの分野での活動を引き継ぐ形で、国連に「国際持続可能エネルギー機関」を創設し、エネルギー政策での国際協力を全地球的なレベルに広げていくべきではないかと提案しておきたい。

 技術やノウハウの提供は経済競争の面で不利益を被り資金協力は新たな負担増になるとの懸念が生じるかもしれません。

 しかし、大乗的見地から温暖化防止という共通目標に立って協力し合うことが、牧口初代会長の言う「他の為めにし、他を益しつつ自己も益する」(『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社)道につながり、最終的には、国益をも担保するであろう「人類益」に直結することを銘記すべきです。

 また、この新しい機関のもう一つの役割として、エネルギー政策に限らず、地方自治体や企業、NGO(非政府組織)も加えた形で、持続可能な地球社会を築くためのグローバルな連帯を強めることが望まれます。例えば、「公開登録制度」を設け、どの団体でも活動内容や実績を登録でき、それをデータベース化してインターネット等で公開し情報交換や連携を深める場として活用することも考えられましょう。

 私が創立した戸田記念国際平和研究所では2008年11月、「気候変動と新しい環境倫理」をテーマに国際会議を行いました。

 そこで焦点となったのも、国家と企業と市民社会が「未来への責任」に立って連帯し、相乗効果を発揮していく重要性であり、なかでもポイントとなるのが、より多くの人々の積極的な関わりでした。

 私どもSGI(創価学会インタナショナル)では、地球憲章委員会と共同制作した「変革の種子――地球憲章と人間の可能性」展を各地で開催してきたほか、他の団体とも連携しながら、各国で植林運動などの自然保護活動に取り組んできました。環境問題への取り組みは、単独で進めるだけでも意義はありますが、ともに手を携え、行動する中で、社会への波動は数倍にも数十倍にも広がっていくはずです。

 この連帯を広げる挑戦に加えて、国連の「持続可能な開発のための教育の10年」が今年で中間点を迎えることを念頭に、民衆自身が教育・広報面での活動や意識啓発を積極的に担いながら、持続可能な地球社会の建設を目指すことが大切になると思います。

″人災″が招いた飢餓人口の増加

 次に第二の柱として、地球公共財に関する国際協力を通して、「責任の共有」を確立するための提案を行っておきたい。

 一つは、「世界食糧銀行」の創設です。

 私は2008年の提言で、人間開発や人間の安全保障の面で不可欠となる要素として「安全な水の確保」を挙げました。

 「食糧の安定的な確保」はそれ以上に、人間の生命と尊厳を守る上で死活的に重要なもので、貧困との闘いの出発点となるものでもあります。

 2006年の秋以降、穀物価格が急騰し始め、多くの国々で同時に食糧危機が起こりました。その結果、新たに4000万人が飢餓状態に置かれ、世界の栄養不足人口は9億6300万人に達したと推定されています。

 留意すべきは、これが天災ではなく″人災″として引き起こされた点です。つまり、サブプライムローン問題の影響で投機マネーが穀物市場に流れ込んだことと、エネルギー需要が増加してバイオ燃料の生産が増えたために食用穀物の生産が落ち込んだことが、価格の急騰を招いた背景にあると言われているのです。

 その再発を防ぐためにも、穀物の一定量を「地球公共財」として位置付けて常時備蓄をし、食糧危機の際には緊急援助用に供出したり、市場に放出して価格の安定化を図るシステムの構築が求められます。

 今から35年前、飢餓で苦しむ人々を尻目に、″食糧戦略″なる言葉が横行していた時代にあって、私は、人間の生命の基である食糧を国家間の政争の具にしてはならないとの思いから、「世界食糧銀行」の構想を世に問いました。

 もちろん自国の食糧の確保は大切ですが、他国の犠牲の上に成り立つ国家エゴであってはならず、目指すべきはグローバルな食糧安全保障の確立であります。

 2008年7月の洞爺湖サミットでも食糧問題が一つの焦点となり、世界の食糧安全保障に関するG8首脳声明が発表されました。
 そこでは、人道目的のために国際的に調整された仮想備蓄システムを構築することの是非を含め、備蓄管理のあり方について検討していくことが初めて盛り込まれました。

 備蓄制度の創設については、洞爺湖サミットの開催前に、世界銀行のロバート・ゼーリック総裁も各国首脳に呼びかけていましたが、今こそ真剣に検討すべき時を迎えているのではないでしょうか。
ソフト・パワーを競い合う挑戦

 二つ目の提案は、貧困の克服や保健衛生の改善をはじめとする「ミレニアム開発目標」達成のために、国際連帯税など革新的資金調達メカニズムの導入を促進することです。

 2002年にメキシコで行われた国連の会議を機に議論が活発化し、すでに保健分野を中心にいくつか制度がスタートしています。代表的なものに、ワクチンで予防可能な疾患による子どもの死亡を減らすための「予防接種のための国際金融ファシリティ」や、HIV/エイズ、マラリア、結核などの感染症治療の医薬品を提供するための「航空券税」があります。

 ここ数年で関心を持つ国も増え、2006年に立ち上げられた「開発資金のための連帯税に関するリーディング・グループ」には50カ国以上が参加するにいたりました。

 現在も、「通貨取引開発税」や「炭素税」をはじめ、さまざまなメカニズムを模索する動きが続いていますが、21世紀のマーシャルプランともいうべき人道基金の一環として、より多くの国々が関わっていくことが望まれます。

 こうした革新的資金調達メカニズムの構築は、各国が良い意味で、アイデアや構想というソフト・パワーを競い合っていく――まさに「人道的競争」と呼ぶにふさわしいテーマにほかならないものです。

 まずは、2011年の第4回「国連後発開発途上国会議」に向けて議論を高め、「ミレニアム開発目標」達成への勢いを加速させていく。そして「ミレニアム開発目標」の達成期限である2015年以降も、世界で最も苦しんでいる人々や社会的弱者を守る取り組みを、″地球社会のセーフティーネット″として網の目のように張り巡らせていくことが重要です。

 国連で2008年、経済発展の面で世界から長らく取り残されてきた58力国の人々を指す「ボトム・ビリオン(最底辺の10億人)」という言葉が一つのキーワードになり、注意が喚起されました。

 貧富の差が拡大し、生まれた国や場所によって人間の「命の格差」や「尊厳の格差」が半ば決定づけられてしまう状態は、″地球社会の歪み″というほかなく、断じて終止符を打たねばなりません。それは、ルソーが原初の社会感情とした「憐憫」を体した人間の尊厳にかけて取り組むべき課題でもあります。

 経済学者のアマルティア・セン博士は、「貧困はたんに所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態と見られなければならない」(石塚雅彦訳『自由と経済開発』日本経済新聞社)と指摘しましたが、正鵠を射た言葉だと思います。

 「ボトム・ビリオン」と呼ばれる人々にとって、今まさに必要とされるのも、劣悪な状況から自らの足で一歩踏み出すための″国際社会の連帯の証し″としての後押しなのです。

 戦後の混乱から驚異的な復興を遂げた経験を持つ日本は、21世紀の世界で″誰もが真に人間らしく平和に生きられる権利″を「地球公共財」として確保するためのりリーダーシップを積極的に発揮してほしいと念願するものです。

NPT第6条の誠実な履行を

 続いて第三の柱として、核兵器廃絶への挑戦を通して「平和の共有」を図るための枠組みづくりについて提案したいと思います。

 まず核兵器の削減に向けて、世界の核兵器の95%を保有する米ロ両国が、軍縮交渉を直ちに開始すべきだと訴えたい。

 核問題を論じる上で忘れてはならないのは、NPT(核拡散防止条約)が保有国に対し、その地位を永遠に認めたわけではないという点です。

 この点、国際司法裁判所が1996年に核使用に関する勧告的意見=注6=を出した際に裁判長を務めたモハメド・ベジャウイ氏が、2008年、誠実な核軍縮交渉を求めた第6条の意義について述べた言葉には千鈞の重みがあります(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第307―8号)。

 「《誠実さ》こそ国際法の根本をなす原則であり、これがなければ全ての国際法は破綻してしまうだろう」

 「《誠実さ》は、それぞれの加盟国が、個別的に、または加盟国以外の国家も含めた他の国家との協力の下に、核軍縮というNPTの目的に向けて国際社会が少しでも近づけるよう積極的な措置をとることを要求している」

 つまり、NPTへの信頼性は、保有国の誠実な行動があってこそ成り立つもので、その重要性に鑑みれば、軍縮交渉が正当な理由もなく行われていない状態は、《誠実さ》に根本から矛盾することになる、と。

 こうした中、ヘンリー・キッシンジャー博士らアメリカの元政府高官4人が「核兵器のない世界」を求めるアピールを2年連続で発表して以来、保有国を巻き込む形で議論が活発化してきたことが注目されます。

 2008年、アメリカのオバマ大統領は選挙期間中の段階で、「弾道ミサイルの一触即発警戒態勢を解除するためにロシアと協働し、両国の核兵器と核物質の備蓄を劇的に削減する」との立場を表明しました。

 一方のロシアも、メドベージェフ大統領が「START1(第1次戦略兵器削減条約)に代わる核軍縮に関する新たな条約を作ることが重要」と述べるとともに、プーチン首相も「我々は″パンドラの箱″を閉じなければならない」との見解を示しています。

 この機運を逃すことなく、「米ロ首脳会談」を一日も早く開催することを呼びかけたい。そこで、大胆な核軍縮に向けての基本合意を行い、2010年のNPT再検討会議に向けて、両国が誠実に軍縮に臨む姿勢を世界に明確に示すべきだと思うのです。

 具体的には、年末に期限が切れるSTART1の削減規模をはるかに上回る――2000年にロシアがアメリカに提案した、両国の核弾頭を1000発にまで削減する案を視野に入れた――新たな核軍縮条約を米ロ間で締結することが求められましょう。

 このほか、CTBT(包括的核実験禁止条約)へのアメリカの批准や、カットオフ(兵器用核分裂性物質生産禁止)条約の交渉など、長年の懸案に対しても即座に行動を開始すべきであります。

 その上で両国の合意を土台に、他の保有国の首脳にも参加を呼びかけ、国連事務総長を交えて「核軍縮のための5カ国首脳会議」を継続的に行い、NPT第6条の履行を具体化させるためのロードマップ(行程表)の作成に着手すべきではないでしょうか。

 こうした保有国の軍縮努力があってこそ、NPTの枠外にある国々に対しても、核兵器能力の凍結や核軍縮へ向けての誓約を求めることができると、私は訴えたいのです。

原水爆禁止宣言が断罪したもの

 この核軍縮と並行して対応が迫られるのが、NWC(核兵器禁止条約)による「核兵器の非合法化」の枠組みづくりです。

 NWCは、核兵器の開発から、実験、生産、貯蔵、移譲、使用、および使用の威嚇にいたるまでのすべてを禁止するものです。

 そのモデル案は、すでにNGOの主導で起草され、1997年にコスタリカが国連に提出した後、2007年に改訂版が再び国連文書となる中、2008年、国連の潘事務総長も条約の交渉検討を各国に呼びかけました。

 保有国が一向に改めようとしない核抑止政策が、新たに核保有を求める国々の正当化の論拠ともなってきたことを踏まえ、どの国であろうと一切の例外を許さず、核兵器を全面的に禁止する国際規範を打ち立てる必要があります。

 私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が逝去の前年(1957年9月)に「原水爆禁止宣言」を発表し、″いずこの国であろうと、それを使用したものを絶対に許してはならない″と断罪したのも、核保有の奥底にひそむ国家エゴが、人類の未来にぬぐいがたい脅威をもたらす元凶となることを見据えてのものでありました。

 NWCに対し、保有国の参加を得ることは難しく、それが確保されない限り、有名無実になるとの懸念の声もあります。

 しかし、光明がまったくないわけではありません。インドやイギリスなど一部の国の間では、さまざまな条件や留保を付けながらも核時代を終焉させる必要性を認める見解を示すようになっているからです。

 また、未発効であるCTBTが、非加盟国にも核爆発実験のモラトリアム(一時停止)を宣言する状況をもたらしているように、NWCが保有国にも何らかの形で自己抑制を迫る規範としての重みを持つことが期待されます。

 保有国が直ちに交渉に踏み出せないにしても、その前段階として既存の非核地帯条約の議定書への批准を完遂させるとともに、2008年の提言で呼びかけた「北極非核地帯条約」の制定に前向きに取り組むなど、地域的限定が伴うにせよ、「核兵器の非合法化」の流れに従う《誠実さ》を示すべきではないでしょうか。

 実際、「核兵器のない世界」を望む声は高まっており、保有国を含む21力国の国民を対象に2008年行われた世論調査でも、平均で76%の人々が核兵器を禁止する国際規範の必要性を認める結果が出ました。

 こうした声をNWCの実現を求めるグローバルな連帯の形成につなげながら、市民社会の後押しで新たな軍縮条約の歴史を開いた「対人地雷全面禁止条約」や「クラスター爆弾禁止条約」に続く形で、″核兵器禁止の包囲網″を築き上げることが必要です。

 2008年、「クラスター爆弾禁止条約」が異例のスピードで成立をみたのも、非人道的な兵器を許さないとの国際世論が高まったからでした。その最たる存在である核兵器についても、″人道的精神が軍事の論理に打ち勝つ″道を開くことが欠かせないのです。

 2008年12月には、力ーター元大統領やゴルバチョフ元大統領らが名を連ねる核廃絶運動「グローバル・ゼロ」の創設会議がパリで行われました。この運動の特徴も、「核兵器のない世界」の実現は国際世論の広範な支持なしには不可能との認識に立脚している点にあり、2010年1月に各国の指導者らと市民社会の代表が参加しての「世界サミット」の開催を呼びかけています。

 こうした世界サミットの開催は、私も年来主張してきたところであり、実りある成果が得られることを期待するものです。そして、2010年に行われるこの世界サミットと、NPT再検討会議での議論をステップボードに、NWCの交渉を開始すべきだと訴えたい。

人間の安全保障と相いれない絶対悪

 かつて20世紀を代表する歴史家のアーノルド・トインビー博士と対談した折、核問題の解決には民衆の強い働きかけと、核保有を拒否する「自ら課した拒否権」を世界全体で確立することが重要となる(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)と述べておられたことが忘れられません。

 NWCは、その「自ら課した拒否権」を基礎とすべきものです。そして、核兵器は人類の生存権を脅かす″絶対悪″であり、「国家の安全保障」のみならず、地球上のすべての人々の平和と尊厳を追求する「人間の安全保障」とは決して相いれないものであるとの信念を、条約の根幹に据えるべきものと考えます。

 その地平が拓けてこそ、″他者の恐怖と不幸の上に自らの平和と安全を求めない″との人類が目指すべきグローバルな「平和の共有」の曙光は輝き始めると確信してやみません。

 焦点となっている北朝鮮やイランの核開発問題も、脅威と不信の増幅に終止符を打つためには、地域全体の緊張緩和と信頼醸成を粘り強く進め、平和を共有する空間を広げる努力が欠かせないと考えます。

 私どもSGIは、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」を原点に、より多くの人々が核兵器の問題を自らの問題としてとらえることができるように働きかける運動を続けてきました。

 宣言発表50周年を迎えた2007年からは、「核兵器廃絶へ向けての世界の民衆の行動の10年」の具体的行動として「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展を開催、今年からは、創価学会の女性平和委員会が取材・編集した女性による戦争証言を抜粋し5カ国語に翻訳したDVD「平和への願いこめて――ヒロシマ・ナガサキ被爆者証言編」の上映会も各地で行う予定となっています。

 また、NWCの実現を求めるIPPNW(核戦争防止国際医師会議)が進める「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」をはじめ、他のNGOと協力を深めながら、特に女性や次代を担う青年や学生の間での連帯を広げて、国際世論を高めていきたい。

 そして、戸田第2代会長の生誕110周年にあたる2010年を目指し、「原水爆禁止宣言」の規範化ともなるNWCの交渉開始を、力強く呼びかけていく決意であります。

″人類の議会″を守り支える基盤

 結びに、これまで論じてきた地球的問題群に立ち向かう人類共闘の結集軸となるべき、国連の強化について提案しておきたい。

 2度にわたる世界大戦の反省に基づいて創設された国連が、これまでどのように山積する難問に取り組んできたのか――。

 その60年余りの歴史に、さまざまな角度から光を当てて、実像を浮かび上がらせた労作に、歴史学者ポール・ケネディ氏の『人類の議会』(古賀林幸訳、日本経済新聞出版社)があります。

 私が特に感銘したのは、ケネディ氏が国連の歴史を単に国際政治史の一側面としてではなく、「国際機関を通して相互の尊厳と繁栄と寛容の未来を築くという共通の目的のために、人類が集まり模索してきた活動の物語」として描き出している点です。

 つまり、それは国連を軸にした人類史にほかならず、私なりに言い換えれば、国連憲章の理念の実現を求めての「人道的競争」をめぐる険難と挑戦の歴史だったともいえるでしょう。

 果たして国連は、今後も憲章に託された使命を全うしていくことができるのか。それは、「人類共通の善と長期的利益のために、自らの不安や利己主義を克服できるかどうかである。二一世紀の歴史の大半は、その課題にわれわれ全員がどう対処するかにかかっている」と、ケネディ氏は強調しています。

 その問題意識は、現在、対談を進めているアンワルル・チョウドリ前国連事務次長と私が共有するものでもありました。

 この点から国連の未来を展望した時、まず必要と思われるのは、将来にわたって国連を支え、力を与え続ける源泉となる「市民社会との強固なパートナーシップ」の構築です。

 その基盤づくりの一環として、国連に「市民社会担当の事務次長」のポストを設けることを呼びかけたい。同様の提案は、カルドーゾ元ブラジル大統領を委員長とする「国連と市民社会の関係に関する有識者パネル」が2004年に発表した報告書でも提起されていたものですが、検討に値すると思われます。

 この事務次長を、NGOの地位向上とパートナーシップの促進のために専門に活動する常設職とし、平和と安全保障、経済・社会問題、開発協力、人道問題、人権といった国連の主要テーマに関する討議の場に加わり、市民社会の意見の反映を求めていくことなども考えられましょう。

 先の有識者パネルの報告書でも、「市民社会は国連にとって決定的に重要で、それを連動させていくことは必要なことであり、選択肢ではない」と強調されていましたが、NGOをいつまでもオブザーバー的な存在にとどめるのではなく、国連を支える″かけがえのないパートナー″として位置付けることこそ、21世紀の国連の生命線であると訴えたい。

 こうした改革を一里塚として、国連憲章が冒頭に掲げる″われら人民″との言葉を修辞的なものに終わらせることなく、「民衆の顔をした国連」の実現に向けての潮流を高めていくことが望まれます。

未来志向に立つ行動戦略が重要

 もう一つの提案として述べておきたいのは、国連の進むべき方向性を打ち出し、求心力を高めていく組織として、「グローバル・ビジョン局」を国連に設置するプランです。

 かつて経済学者のケネス・ホールディング博士は、私が1991年にハーバード大学でソフト・パワーについて論じた講演に触れて、これからの時代は「正統性を持った統合力のあるパワー」が重要となると語っておられたことがあります(本紙1992年3月4日付)。

 その博士が、″国民国家は過去の栄光にその正統性を見出すが、国連は人類の未来の展望にその正統性を求める″(横田洋三・宮野洋一編著『グローバルガバナンスと国連の将来』中央大学出版部)との指摘をしておりますが、まさに至言といえましょう。

 これまで国連は、政府間組織という性格もあり、起こった問題に事後的に対処する傾向が強かったように思われます。チョウドリ氏も、国連には日常業務を取り扱う部署や諸活動を管理する機能はあるが、将来何が人類の課題となるのかを見定めて方向性を示す専門の組織が存在しないことへの懸念を表明されていました(「潮」2008年12月号)。

 私もまったく同感であり、常に未来志向に立ってビジョンを構築し、50年先、100年先を見据えて行動戦略を打ち立てるシンクタンク的機能をもった組織が、国連には不可欠であると考えます。

 また、その運営にあたっては、女性の視点や青年たちの声を反映させることに留意し、青年や子どもたちのエンパワーメント(能力開花)を常に視野に入れた討議を行うべきであると、強調しておきたい。

 国連創設50周年の翌年(1996年)に創立した戸田記念国際平和研究所では、国連の強化についても研究を重ねてきました。今後も、国連の重要なレゾンデートル(存在理由)である「人類の未来の展望」の面で、国連をさらに力強くサポートする研究機関としての活動を展開していきたい。

 また、私が創立したボストン21世紀センターや東洋哲学研究所でも、国連が取り組む地球的問題群の解決のために、これまで積極的に進めてきた「文明間対話」や「宗教間対話」を継続させながら、人類の英知を結集する挑戦を続けていきたいと思います。

相互理解の促進が焦眉の課題

 どのような困難な課題であろうとも、互いの立場や差異を超えて、同じ人間として率直に話し合う「人間主義」に根ざした対話の道を開くことが、一切の出発点となります。

 国連自体もそうでした。先のケネディ氏によると、国連は創設の頃から″一種の三脚椅子″にたとえられていたといいます。第一の脚は国際安全保障を確保するための措置、第二の脚は世界経済の改善、第三の脚は諸国民間の理解の向上にある、と。その上で氏は、「他の二つの脚がどれだけ強くとも、諸国民間の政治的、文化的理解を向上させる方法を打ち出さなければ、この体制は失敗し、崩壊するだろう」(前掲『人類の議会』)と強調しています。

 相互理解の促進は、現在においても焦眉の課題で、国連は本年を「国際和解年」とし、2010年を「文化の和解のための国際年」に定めました。これは、真実の解明と正義の実現という目的のために、寛容と対話が不可欠の手段であることを、国連が注視している証左にほかなりません。

 世界では、2008年末から武力衝突の激化で多くの犠牲者が出たガザ地区をはじめ、スーダンやコンゴ民主共和国(旧ザイール)の情勢など、容易ならざる問題が山積しています。

 加えて、難民と国内避難民の増大や、各地で広がるテロの脅威にどう対処するべきかという課題にも直面しています。

 これらの難問にあたるには、国連のリーダーシップのみならず、それを支える各国の協力と粘り強い外交努力が欠かせません。

 そして何よりも、暴力と憎悪の連鎖をともに断ち切り、「平和の文化」という共存への土塁を積み上げながら、人間の尊厳に基づく「平和への権利」を21世紀の世界を守る石垣として堅固なものにしていく取り組みが求められます。

 この時代変革のために、誰もが始めることができ、かつ、無限の可能性を秘めた挑戦が「対話」です。

 私はその力を信じ、冷戦対立が深まりをみせた74年から75年にかけて、中国とソ連とアメリカを相次いで訪問し、首脳との直接対話に臨み、緊張緩和の道を民間次元で開いていったのをはじめ、分断が進む世界に友好と信頼の橋を懸ける努力を重ねてきました。

トインビー博士が注視したもの

 そうした私の対話の挑戦に期待を寄せてくださっていたのが、歴史家のトインビー博士でした。

 100年、1000年の単位で人類史の興亡を俯瞰し、「挑戦と応戦」という歴史観を導き出した博士が、新たな歴史を開く原動力として注目していたのも、「人間性」という共通の大地に根ざした対話の持つ可能性だったのです。

 博士は半世紀前に日本で行った講演で、人間は歴史の中でどこまで自由でありうるかとのテーマに論及したことがありました。

 そこで博士は、人間の歴史には何らかの法則性や反復性といったパターンを見いだすことができ、自らもその概念を800年もの周期をもつ文明興亡の循環にまで広げてきたが、その半面、「まったくパターンのない人間的事象がたしかにあるものと本当に信じている」と述べ、こう結論されたのです。

 「人間的事象のうちでパターンが事実存在しないと思われるのは、人格と人格のあいだの邂逅接触の分野である。この邂逅接触のなかから、真に新らしい創造といったなにものかが発生するのだと思う」(松本重治編訳『歴史の教訓』岩波書店)と。

 冒頭で論じてきたように、特定のイデオロギーや民族や宗教といった枠にとらわれて「抽象化の精神」の罠にからめとられてしまった時、人間は″時流″という歴史の浅瀬で立ち往生し、そこから一歩も前に進めなくなってしまうのが常であります。

 そうではなく、互いの表面に無造作に付けられたラベルを取り払って、一個の人格として向き合い、対話という精神の丁々発止を重ねていってこそ、トインビー博士の言う窮極において歴史を突き動かす「水底のゆるやかな動き」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)を、ともに生み出すことができる――。

 私はその信念で、人間を隔てる一切の垣根を乗り越え、ある時は敵対し合う国を往復し、ある時は対話の回路のない国々や地域を結ぶ一本の線となりながら、世界のリーダーや識者の方々との対話を進めてきました。その結晶ともいうべき対談集は50点を超え、現在準備中のものを含めると約70点に及びます。

人間触発の大地を広げゆく誇り

 振り返れば、創価学会は1930年という危機の時代の最中に誕生し、SGIもまた1975年という危機の時代に発足しました。
 以来、私どもは、牧口初代会長の「人道的競争」のビジョンと、「地球上から″悲惨″の二字をなくしたい」との戸田第2代会長の熱願を旗印に、国連支援に一貫して取り組むとともに、一人一人が良き市民として、草の根レベルで「平和の文化」の裾野を広げる対話の実践を地道に続けてきました。

 そして今、戸田第2代会長が私との語らいの中で、「やがて創価学会は壮大なる『人間』触発の大地となる」と展望されていた通り、人間主義で結ばれた民衆の善なる連帯は、世界192カ国・地域に大きく広がるまでになりました。

 その誇りと使命を胸に、2010年の学会創立80周年とSGI発足35周年を目指し、「対話」の力でグローバルな民衆の連帯を築きながら、「平和と共生の世紀」ヘの道をどこまでも開いていきたいと思います。

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(注4)ドルショック.
 1971年8月、アメリカのニクソン大統領がドルの金兌換の停止を宣言したこと。ベトナム戦争による財政悪化の解決策として、輸入課徴金の実施などを内容とするドル防衛を図った結果、世界経済に衝撃的な影響を与えた。その後、為替相場は「変動相場制」に移行することになった。

(注5)京都議定書
 1997年12月に京都で行われた「気候変動枠組条約」第3回締約同会議で採択された議定書。第1約束期間にあたる2008年から2012年までに締約国が1990年比で温室効果ガスの排出量の5.2%を削減することを目標とし、各国ごとに拘束力のある数値が示された。

(注6)核使用に関する勧告的意見
 94年12月の国連総会の決議を受けて、1996年7月に国際司法裁判所が示した勧告的意見。「核兵器の使用と威嚇は、国際法や人道に関する諸原則、法規に一般的に反する」と指摘するとともに、NPT第6条が定める「核軍縮への誠実な交渉」には結果に達する義務も含むとの解釈を示した。

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第34回「SGIの日」記念提言「人道的競争へ新たな潮流」

創価学会インタナショナル 池田大作会長


 きょう26日の第34回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田SGI会長は「人道的競争へ新たな潮流」と題する提言を発表した。

 提言ではまず、現在のグローバルな金融危機を招いた背景にある拝金主義の問題に言及。貨幣に対する際限のない欲望が人間不在の病理を広げる様相は、哲学者マルセルが警鐘した「抽象化の精神」の罠にからめとられた姿にほかならないと強調した上で、資本主義が直面する課題を乗り越えるためには、創価学会の牧口初代会長が100年前に打ち出していた「人道的競争」の理念と、身近な足場から「内在的普遍」の地平を拓くアプローチを踏まえつつ、パラダイム・シフトを図る必要があると訴えている。

 続いて、「人道的競争」に基づいて国際社会が対処すべき課題として、地球温暖化や食糧危機の問題などを取り上げ、「国際持続可能エネルギー機関」や「世界食糧銀行」の創設を提案するとともに、人道基金の拡充を図り、″地球社会のセーフティーネット″を整備する重要性を強調。また核軍縮の分野については、「米ロ首脳会談」の早期開催と、「核兵器禁止条約」の交渉開始を呼びかけている。

 最後に、21世紀の国連を展望し、″民衆の顔をした国連″に向けて市民社会担当の事務次長の設置と、未来志向に立って人類の進むべき方向性を探る「グローバル・ビジョン局」の新設を提唱している。

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 アメリカのサブプライムローン(低信用者向け高利の住宅ローン)の焦げ付き、リーマン・ブラザーズの経営破綻などに端を発する、2008年秋のアメリカ発金融危機は、「100年に1度」といわれる衝撃をもってグローバル社会を襲いました。それは、経済恐慌から世界大戦へと転落の道を歩んでしまった1930年代の悪夢を想起せざるをえない。暗夜を手探りで進むような状態が続いていますが、金融危機は、世界的な景気の後退、雇用情勢の悪化など容赦なく実体経済の足元を脅かしており、80年前の大恐慌が、金融危機から1、2年を経過して、本格的なパニック(混乱)に陥ったことを考えると、事態の推移はまったく予断を許しません。

 人間は、平和に人間らしく暮らす権利を持っております。大多数の人は、そのために孜々(しし)として怠らずに、日々の営みを続けており、その生活基盤が、予想だにせぬ、しかもほとんど関知しない次元からの「津波」のような衝撃によって翻弄される事態などあってはならない。

 事態をこれ以上悪化させないためにも、各国は、より一層緊密に連携をとりながら、財政、金融等あらゆる面で、衆知を結集し、後手にならぬよう、全力で取り組んでいってほしいと思います。

「貨幣」に対する際限のない欲望

 今回の破綻の最大の原因は、いうまでもなく、一説には世界のGDP(国内総生産)の4倍にものぼるとされる金融資産の跳梁跋扈にあります。「暴走する資本主義」「強欲資本主義」等の言葉が飛び交っているように、本来、経済活動を円滑化するための″脇役″であるべき金融が、″主役″の座を占拠し、それがどのような余波をもたらすかなど我関せず、ひたすら利益、儲けのみを追い続ける人々が、時代の寵児のごとくもてはやされてきました。

 その根底には、この提言で何度も警告してきたように、「貨幣愛」にとりつかれたグローバル・マモニズム(拝金主義)ともいうべき文明病が横たわっております。イデオロギー崩壊後の世界の潮流は、ポスト冷戦への人々のほのかな期待をあざ笑うかのようにマンモン(富の神)の宰領する世界になってしまったといっても過言ではない。

 グローバルな市場経済を差配する「貨幣」とは、紙か金属片(最近では電子情報)にすぎず、周知のように使用価値は、皆無に近い。有するのは、交換価値のみです。交換価値とは、人間同士の約束事として成り立っているもので、本質的に抽象的、非人称的な存在といってよい。それは、財やサービスのように具体的な、それゆえに限定的な対象物をもたず、際限のない広がりをもつ。欲望の対象として限界がない。そこに「貨幣愛」というものの特徴というか宿命的な病理があります。

哲学者マルセルが警告していたもの

 金融市場のみならず市場経済全体を貫く「効率性と不安定性との根源的な『二律背反』」(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』筑摩書房)が指摘される所以でしょう。利潤をあげるための限りなき効率性の追求と、実体の裏付けを欠く貨幣というものの不安定性――それは、「個人」の自由な経済活動を基調にした市場経済が発達した現代の宿命といえるかもしれません。

 ところで、哲学者のガブリエル・マルセルが、第2次世界大戦を顧みながら、「抽象化の精神――戦争の要因たるもの」という興味深い論点を提起していたのを記憶しています(以下、小島威彦訳『マルセル著作集6』春秋社)。

 いうまでもなく抽象作業そのものは、人間の知的な営みに欠かせないものです。早い話、「人間」などというものは存在しない。実質は、日本人やアメリカ人であり、男や女であり、青年や壮年であり、何々県人でありと細分化していくと、つまるところ、十人十色一人として同じ人間はいません。それが具体性の世界の実像です。それをきちんと踏まえた上で「人間」を論じないと抽象概念が独り歩きしてしまう。

 マルセルいうところの「抽象化の精神」とは、その具体性から乖離した悪しき独り歩きの謂いであります。人間は、例えば戦争に参加するとなると、個々人の具体的な人格的特性をすべて捨象し、敵を抽象的な概念――ファシスト、コミュニスト、シオニスト、イスラム過激派、等々――で括ろうとする。マルセルが分析するように、「これらの存在者を絶滅する用意をせねばならなくなるその瞬間から、まったく必然的に私は、亡ぼさねばならないかもしれないその存在者の個人的実在についての意識を失ってしまう。かかる人格的存在を蜉蝣(かげろう)のごとき姿に変えるためには、是非ともその存在を抽象概念に変換してしまうことが必要」だからです。そうでなければ、戦争参加を意義づけ、正当化することはできないからです。

 一番の問題は、そうした「抽象化の精神」は、ニュートラル(中立的)で没価値的な境位に止まっていず、「価値貶下(へんか)的な帰納」(意訳すれば、価値を貶(おとし)めるための決めつけ)を引き起こす「情念的側面」、怨念(ルサンチマン)を随伴している点にあります。

 すなわち、抽象的概念で括ったとたん、それらは無価値なもの、低級なもの、有害なものとして、駆除されるべき対象の位置まで貶められてしまう。人格的存在としての「人間」は不在となる。「抽象化の精神は情念的な本質をもっているものであり、逆にいえば、情念が抽象物を捏造する」と述べるマルセルは、故に自分の哲学上の全仕事は「抽象化の精神に対する休みなき執拗な闘い」と位置づけている。この指摘は、今なお、光を失っていないと思います。

人間の正視眼が見失われた社会

 現今の金融危機、経済危機の経緯に目をやる時、時流は、ある種の「抽象化の精神」にからめとられてはいないでしょうか。「貨幣」の抽象性、非人称世界に住するメドゥサ=注1=の魔力の餌食となって、それを、人間社会に不可欠なものではあっても、あくまで約束事、バーチャル・リアリティー(仮想現実)にすぎないと看破する、「人間」としての正視眼を失い、貨幣への「崇拝」あるいは「呪詛」といった「情念」に目をくらまされてはいないでしょうか。

 拝金主義とは、いうまでもなく「崇拝」の産物であり、「貨幣」という物的欲望を超える欲望の虜になって、会社に例をとれば、その社会への貢献といった″公″の側面など無視して、短期的な利益にしか関心のない株主の″私的″意向が最優先され、経営者、従業員、顧客・消費者などへと広がる具体的な人間の繋がりといった人称世界の具体的な事どもは、二の次、三の次として、捨象されてしまう。――不本意ながらもそういう嫌な役回りを演じざるをえなかった、という良心的経営者の嘆きの声が、世界の各地から聞こえてきます。

 「全体人間」であって初めて、真に人間たりうるという人間の条件を忘失し、「抽象化の精神」の化身ともいうべき、貨幣的価値しか念頭にない「経済人」(ホモ・エコノミクス)へと、それとしらず身を貶めてしまっている――金融主導のグローバリゼーションは、その種の人々を、おびただしく輩出してきました。

 クローバリズムと反比例するかのような人々の閉塞感は、″利″に目が眩み、「私は、私と私の環境である」(A・マタイス/佐々木孝訳『ドン・キホーテに関する思索』現代思潮社)というオルテガ・イ・ガセットの不朽のテーゼなど我関せず、自然環境や文化環境(由緒ある町並みや地域コミュニティーなど)を破壊しておいて、なおかつ人間社会が存続し得るかのような錯覚に陥っている傲慢なエゴイズムの、自ら招き寄せた末路とはいえないでしょうか。

 もとより「経済人」といっても特定の人間を指すのではない。資本主義そのものに内蔵されているベクトル(力の方向性)の所産であって、株主は当然のこと経営者や従業員、顧客・消費者といえども、資本主義が純化されてくればくるほど、そのベクトルに従わざるをえなくなる。従わなければ、少なくとも短期的には損をする。

資本主義の暴走が招いた社会の混迷


 『勝者の代償』以来、ニュー・エコノミー(現代資本主義)の行き過ぎた動向に警鐘を鳴らしてきたロバート・ライシュ氏(クリントン政権時の労働長官)は、近著『暴走する資本主義』(原題は『超資本主義』。雨宮寛・今井章子訳、東洋経済新報社)で、「全体人間」の帯びる多面的性格を、端的に「投資家」「消費者」の側面と「市民」の側面との二つに要約し、「厄介なことに、私たちはほとんどみな二面性の持ち主なのだ。消費者や投資家としての私たちは有利な取引を望むが、市民としての私たちはその結果もたらされる社会的悪影響を懸念する」と指摘しています。

 肝心なことは、両者のバランスをどうとるか(全体人間たろうとするか)にあるが、「超資本主義」の下では「消費者と投資家が権力を獲得し、市民が権力を失ってきた」と。

 その結果もたらされたのが、資本主義の優位と民主主義の劣位であります。そこを席巻する拝金主義という一元的価値観が、世界的に所得格差の拡大、雇用の不安定化、環境破壊など、資本主義の負の側面を増進させてしまった。

 それどころか、最近の金融危機、経済危機は、正の側面である富の拡大という面でも、実体と乖離した胡散臭いものではないかという疑念を満天下にさらしてしまいました。

 規制緩和や技術革新を追い風に順風満帆のように見えたグローバリゼーションも、今や世界同時不況という台風並みの逆風にさらされています。自由競争に任せておけば、市場は万事うまく運ぶといった予定調和的な行き方の破綻は、誰の目にも明らかなのですから、かつてない難局への対応は焦眉の急を告げています。

 金融資本の目にあまる暴走には、ブレーキをかけねばならないし、企業実績の急激な落ち込み、それに伴う雇用情勢の目を覆うばかりの悪化は、可能な限りでの大胆かつ迅速な対応(財政、金融面での支援、セーフティーネットの整備など)が急務であることは論を待ちません。

 特に私どもが忘れてならないのは、今日の国際情勢を覆う貧困の問題です。それは、職業という人間の根源的な営みを脅かし、生きる意味、目的、希望など、人間の尊厳、社会の存亡に関わるものだけに、総力を挙げて取り組んでいかなければならない。今こそ、大所高所に立った経綸の才が求められていることを、特に政治家は、自覚すべきであります。グローバル資本主義という暴れ馬の手綱を引き締める役割は、何といっても「政治」や「国家」に課されるところ大であるからです。

 同時に、「国家」による統制、コントロールに期待する余り、万が一にもファシズムの台頭を許した1930年代の轍を踏むようなことがあってはならない。その意味からも私は、マルセルのいう「抽象化の精神」の警鐘に耳を傾ける必要があると思います。

「呼称」が先行し独り歩きする弊害


 日本では、グローバリゼーションの「負」の現象として、「格差社会」や、「勝ち組」「負け組」といった嫌な言葉が飛び交っています。

 いうまでもなく、昨今のように生活が脅かされる人々が続出する事態は一刻も放置できず、何らかの対応が必要不可欠なること、繰り返すまでもありません。それと同時に留意すべきは、これらの現象を十把一絡げに、抽象的な「呼称」で括ってしまうと、個々の努力といった人間の具体的な事実の世界が見えにくくなってしまうということではないでしょうか。

 どんな境遇に置かれようと、社会状況が厳しくとも、外的条件にのみ依存するのではなく、気力を奮い起こして壁に立ち向かっていく多くの人たちの実像は、そうした「呼称」からはほど遠い。

 勝ち負けといっても、永遠に続くものではなく、またそれらの「呼称」が、経済至上主義的な価値観から一歩も出るものではなく、全人格的価値を覆うに足らずと、勝って傲らず負けて挫けず、毀誉褒貶を眼下に見ながら、悠々と生きている人々を、有名無名を問わず、社会は数限りなく有しているはずであります。

 十把一絡げな「呼称」があまりにも頻繁に使われると、そうした人間としての価値や尊厳性、創意工夫をこらして苦難に立ち向かおうとする気概や勇気を矮小化し、それに水を差す結果をもたらしかねないのではないでしょうか。

 その結果、マルセルのいう「何か最後の審判の雛型みたいなものを見ようとする弱い精神」(前掲『マルセル著作集6』)、人間性に背を向けた、他力本願的な暴力志向への誘い水になってしまいはしないかということを恐れるのであります。

 13年前、アメリカ経済が″我が世の春″を謳歌していた頃、『ニューズウィーク』誌(日本版、96年2月21日号)は、「理想の社会はどこに」との特集の冒頭で、「うまくいっているのに、誰もが不満をもっている。それが私たちの時代のパラドックスだ」と書き起こしていました。

 専ら金銭的収入の多寡という物差しでしか、人間的価値の優劣を論ずるしかない経済至上主義、拝金主義の地平には、原理的に″自足″はありえません。
 常に何がしかの怨念――不満や羨望が渦巻き続け、それは、社会を停滞させる″嫉妬社会″の温床であります。

若者に贈られた文豪からの助言

 昨年亡くなった友人で世界的文豪であったチンギス・アイトマートフ氏の言葉を想起します。

 氏は「父親としての助言」として、「若者たちよ、社会革命に多くを期待してはいけません。革命は暴動であり、集団的な病気であり、集団的な暴力であり、国民、民族、社会の全般にわたる大惨事です。(中略)無血の進化の道を、社会を道理に照らして改革する道を探し求めて下さい」(『大いなる魂の詩』、『池田大作全集第15巻所収)と切々と語っていました。

 マルセルが「弱い精神」からの決別を訴えたのは、ファシズムよりも共産主義(=ソビエト型社会主義)への警戒を第一義としていました。

 執筆時期が1951年(ファシズムは壊滅し、共産主義は声望を維持していた)であることから当然ですが、彼が最も警戒したのは、「失うものは鉄鎖のみ」「収奪者が収奪される」といった抽象的なスローガンが、あたかも歴史的必然であるかのように装い、怨念をかきたてて、革命という大義のもとに暴力、流血の惨事を招き寄せてしまうからです。

 70年余にわたる社会主義の興亡の歴史は、彼の洞察の正しさを十二分に立証しております。

 また、貨幣に象徴される拝金主義的な価値観への嫌悪、呪詛にもかかわらず、かつての社会主義が、ついにそれを乗り越えることができなかったことは、歴史の重い教訓といえるのではないでしょうか。

 そろそろ、発想を転換し、文明論的なパラダイム・シフト(思考の枠組みの転換)を図っていかなければならない。

 暴走する資本主義にブレーキをかけるために何より有効なのは、法的・制度的な統御であることは前述しましたが、それらが、その場しのぎの弥縫策に終わるのではなく、長期的なビジョンに繋げていくためには、パラダイム・シフトを避けて通ることはできないと思うのであります。

 80年前の大恐慌の頃は、資本主義に取って代わるものとして、曲がりなりにも社会主義(共産主義であれ、国家社会主義であれ)というパラダイムがあった。

 しかし、今は、それに代わるような理念、ビジョンは、提起されておりません。

「理念」に基づく「世界像」の探求を

 ところで、サルコジ仏大統領のブレーンであるジャック・アタリ氏は、『21世紀の歴史』(林昌宏訳、作品社)で端的に分析しています。いわく、「現状はいたってシンプルである。つまり、市場の力が世界を覆っている。マネーの威力が強まったことは、個人主義が勝利した究極の証であり、これは近代史における激変の核心部分でもある」と。

 すなわち、グローバルな拝金主義とは、半面、あらゆるしがらみから自由になった個人主義の勝利であり、「貨幣」の抽象的普遍性は、労働力商品としての「個人」の抽象的普遍性とコインの表裏を成しているということでしょう。いうまでもなく、この個人主義をベースに、自由や人権等の普遍的理念も形成されてきたのであり、資本主義と近代民主主義は、かなりの部分で重なっている。

 今、資本主義や民主主義を内実とする近代社会のシステムが、抜き差しならぬ袋小路にあるとすれば、何としても、それに代わる普遍的な視座、往時のプロレタリア国際主義=注2=の轍を踏むことのない新たな理念の地平を切り拓かねばならない。危機回避のための差し迫った対応は当然のこととして、より巨視的な展望に立った、例えば、マックス・ヴェーバーが、「人間の行為を直接に支配するものは、利害関心(物質的ならびに観念的な)であって、理念ではない。しかし、『理念』によってつくりだされた『世界像』は、きわめてしばしば転轍手として軌道を決定し、そしその軌道の上を利害のダイナミックスが人間の行為を推し進めてきた」(大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』みすず書房)と述べたような時代精神が、今こそ構想されねばならないでしょう。善かれ悪しかれ、地球社会のグローバル化は、そこまで進んでいるからです。

100年以上前の先見的な発想

 そこで私が、資本主義の袋小路を抜け出すための発想の転換というか、新たなパラダイム・シフトヘのヒントとして提唱したいのが、創価学会の牧口常三郎初代会長が、100年余り前に32歳で世に問うた『人生地理学』で提起した「人道的競争」という概念であります。

 牧口会長は、人類史を俯瞰しながら、生存競争は軍事的競争、政治的競争、経済的競争をへて、これからは人道的競争を目指すべきだと訴えました。

 もとよりそれらは、截然(せつぜん)と区分けできるものではなく、例えば軍事的背景をもった経済的競争もあれば、逆もまた真である、といったふうに、多くの場合、輻輳し重なりあいながら、漸進的に変化を遂げてくる、その過程を丹念にかつ大胆にたどってみれば、紆余曲折をへながらも、人類は凡そそのところ、その方向を目指しているし、そうあらねばならない。――こうして牧口会長は、超歴史的観点からではなく、学者らしく、歴史の内在的発展の論理をたどりながら、「人道的競争」という帰結に至っているのであります。

 その中身に目をやれば、短い記述のなかに、今なお新しいというよりも、時とともに輝きを増す洞察がちりばめられております。

 例えば、「武力若くは権力を以てしたると同様の事をなしたるを、無形の勢力を以て自然に薫化するにあり。即ち威服の代わりに心服をなさしむるにあり」(『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社。現代表記に改めた)と。

 このくだりなど、私の知友に引き寄せていえば、何度かお会いしたハーバード大学のジョセフ・ナイ教授の「ソフト・パワーとは何なのか。それは、強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力である」(山岡洋一訳『ソフト・パワー』日本経済新聞社)との指摘と、瓜二つではないでしょうか。

 また、牧口会長の言葉に「要は其目的を利己主義にのみ置かずして、自己と共に他の生活をも保護し、増進せしめんとするにあり。反言すれば他の為めにし、他を益しつつ自己も益する方法」(前掲『牧口常三郎全集第2巻』)とあります。

 これは、アメリカの未来学者ヘイゼル・ヘンダーソン博士の提唱する″Win‐Win World″(皆が勝者となる世界)と強く響き合っていないでしょうか。あらためて、若き牧口会長の洞察に思いを致さざるをえないのであります。

 残念ながら、その後の歴史は牧口会長の期待を裏切ってしまったが、100年の歳月を閲した今こそ、「人道的競争」という先見的着想、ビジョンヘと、パラダイム・シフトしていくべき″時″であると声を大にして訴えたいのであります。

 なぜなら、指摘するまでもなく、資本主義のもたらす弊害を除去するために、社会主義が標榜した「平等」「公正」等のスローガンは、国内的にも国際的にも、まさしく「人道」、ヒューマニズムに立脚した理念以外の何物でもないからであります。制度としての社会主義の失敗ともども、それらをも葬り去ってよいものでは、決してない。そうであっては、なぜ社会主義運動が、人々とくに若者たちの心をとらえ、一時は地球の3分の1までを席巻するに至ったのかという、20世紀の貴重な教訓までも忘却の淵に沈めてしまいます。

 正しい理念を標榜しながら、なぜ社会主義は蹉跌を余儀なくされたのか?

 今さら論ずるまでもないことですが、本論に即して一言でいえば、牧口会長が 「苟(いやし)くも天然、人為の事物によりて自由競争の阻礙(そがい)せらるる所。是れ沈滞、不動、退化の生ずる所」(同)と喝破した、人間社会の活力の源泉である「競争」的側面を、あまりにも蔑(ないがし)ろにしてしまったからだといってよい。階級をなくし外的条件さえ整えれば、人間らしい社会が実現するかのごときバラ色の未来像に寄りかかりすぎました。

 エゴイズムの赴くままの野放図な自由競争は、弱肉強食の社会ダーウィニズム(自然淘汰主義)に陥りますが、適正な枠組みとルールに基づく競争は、人間と社会に活力をもたらします。それ故に、競争的側面を直視しつつ、むしろ人道という価値を基盤におく競争に転換し、「人道」と「競争」の両方の価値を相乗的に顕現させようとする「人道的競争」こそ、21世紀を拓きゆくパラダイムの先駆けたりうるものではないでしょうか。

訳知り顔で一挙に未来を語る傲慢さ

 しかし、新たなパラダイムヘの模索のプロセスは、マルセルの警告するように、あくまで具体性に即してたどらなければならない。

 一挙にそして訳知り顔に、人類史が目指すべきグランドデザインを提示しようなどという性急さ、思い上がりは、「抽象化の精神」の格好の餌食になってしまうにちがいない。その点は、ソ連邦興亡の歴史に照らして、ゴルバチョフ元ソ連大統領が「20世紀の精神の教訓」として、警鐘を鳴らしていたところであります。

 その点、歴史の生き証人として、ゴルバチョフ氏はさまざまな例証を挙げていましたが、中から、世界的なオペラ歌手フョードル・シャリャーピンの、いかにも芸術家らしい機知に富んだ証言を紹介しておきます。

 「不幸にも、われらがロシアの″建設者たち″は、ほどよい、いかにも人間的なプランにしたがって、平凡な人間向きの建物を建てるところまで、自分を凡人化しようとはしなかった。どうしても、空中にそびえ立つ塔・バビロンの塔を造ろうとしたのです。彼らは、ごく普通の調子の健康的な歩調で、人々が仕事に行き、また、仕事から家に帰ってくるようなことに満足できなかった。彼らは、すぐに″七マイル間隔″の歩幅で未来に突進しなければならないと思ったのです。″古い世界に別れを告げよう″と思うや否や、すぐにでも、古い世界を根こそぎ何も残らないように、一掃してしまわなければならない。何よりも驚くべきは、われらがロシアの″賢人たち″が何でも知っているということなのです。彼らは、――(中略)――兎にマッチのつけ方を教えるにはどうすればいいかも知っている、その兎が幸せであるためには、何が必要であるかも知っている、そして二百年後のこの兎の子孫が幸せであるためには、何が必要であるかも知っている」(『二十一世紀の精神の教訓』、『池田大作全集第105巻』所収)と。

 やや長い引用になりましたが、「抽象化の精神」の虜になった人間が、いかに民衆の具体的生活、生活実感からかけ離れたモンスターと化すかを、カリカチュアライズ(戯画化)しながら、活写しております。

 「ほどよい、いかにも人間的なプラン......」「ごく普通の調子の健康的な歩調......」とは、マルセルいうところの具体性と重なります。この具体性の世界から足を踏み外し、「抽象化」に魅入られてしまうと、思わぬしっぺ返しを受けざるをえない。

人間社会を蝕む「隣人の否定」

 アイトマートフ氏も私との対談で取り上げていた有名なエピソードですが、スターリン時代、パヴリック・モロゾフという少年が、父親が富農(クラーク)と親密であることを、当局に密告した。父親は犠牲になり、少年は、怒った親族の手で殺されるが、逆に当局からは、社会主義少年英雄として銅像まで建てられ、宣揚された。――イデオロギーという「抽象物」が、親子の情愛という「具体的」なモラルを飲み込んでしまった一例であります。

 マルセルは、その一方でアメリカに代表される産業文明、機械文明の病理にも容赦しませんでした。「まさしくテクノクラシーこそ、何よりも隣人の抽象化をなして、ついには隣人を否定するところに成立つ」(前掲『マルセル著作集6』)と。

 半世紀たった今日、テクノクラシーの延長上にある金融工学を駆使した金融商品で巨額の利益を追い求める一握りの富者が、貨幣という「抽象物」の化身さながらに、膨大な貧者に目もくれず巨万の富を独占している惨状が、マルセルの切っ先を逃れることができるでしょうか。「隣人の否定」の上にしか成り立たないような繁栄など長続きするはずがないし、また、させてはならない。
 私は、まだソ連邦が存続していた20年前のこの提言で、普遍的な視座、理念へのアプローチは、「外在的」あるいは「超越的」なものであってはならず、徹して人間に即した「内在的」なものでなくてはならないとして、「内在的普遍」ということの重要性を訴え、多くの識者の賛同をいただきました。

 イデオロギーや貨幣の普遍性とは、まさに「外在的」「超越的」普遍性であり、「抽象化の精神」の産物なるがゆえに、具体的存在としての人間や社会を蚕食してやまないのであります。私の申し上げる「内在的普遍」とは、その対極に位置しており、徹して具体性の世界に根を下ろし、その内側からのみ探り当てることが可能となるであろう普遍的な視座、理念のことであります。

 課題は身近にあります。身近で具体的なところにこそあります。一昨年来、日本ではドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳、光文社)がベストセラーになり、話題を呼びましたが、その中で、無神論者の次兄イワンが、弟のアリョーシャにこう語る場面があります。

 「どうすれば身近な人間を好きになれるのか、おれはいちどだって理解できたためしがないのさ。おれに言わせると、身近な人間なんてとうてい好きになれない、好きになれるのは遠くにいる人間だけ、ってことになる」と。

 もとよりこれは逆説であって、愛を論ずる場合、遠い抽象的な対象に対してならば、さしたる抵抗感もなく、口にすることができる。しかし、身近な者、とくに自分とそりの合わない人間となると、そうはいかない。そういう人を愛するには、極論すれば山上の垂訓=注3=に象徴されるような全人格を賭した精神的格闘、魂の回心劇を要するはずだ。身近な「一人」とは、その意味で人間愛や人類愛の真価を問う試金石であり、リトマス試験紙なのである――イワン一流の逆説であり、皮肉であります。「抽象化」を待ちうける落とし穴であって、仏典では「一人を手本として一切衆生平等」と、その点を厳しく戒めているのであります。

大老・土井利勝にまつわる故事

 その意味からも、私は牧口会長の『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第1巻第三文明社。現代表記に改めた)の方法論、アプローチに着目したい。呼称からしてユニークであります。「自然地理」や「人文地理」に比べて、「人生地理」という語感は、はるかに具体性の世界のリアリティー――政治、経済、社会、文化、教育、宗教など人間生活万般にわたる厚みと深さと広がりを含意しております。牧口会長が執筆のモットーとして、吉田松陰の「地を離れて人無く人を離れて事無し、人事を論ぜんと欲せば、先ず地理を審(つまびらか)にせざるべからず」との言葉を掲げている所以であります。

 さらに、最も刮目すべきは、具体性の異名ともいうべき地域性に、徹して軸足を置き、そこを抜きにしていかなる地平も展望も妬けてこないとする「内在的普遍」のアプローチであります。その中に次のような一節があります。

 「広大なる天地の状態は、実に此猫額大の一小地に於て其大要を顕わせり。されば万国地理に現わるる複雑なる大現象の概略は、粗ぼ之を僻陬(へきすう)の一町村に於て説明すること難からず。既に一町村の現象によりて郷土の地理を明にせんか、依て以て万国の地理を了解すること容易なり」と。

 たとえ猫の額ほどの「小地」であっても、その地域性にこだわり、そこに生き、観察し、解明していくならば、そこから一国ひいては全世界の事どもの考察へと広がっていく、とされているのであります。

 牧口会長は、その広がりをあくまで具体的事例に即して、次のような江戸時代初期の政治家・土井大炊頭(おおいのかみ)利勝にまつわる故事を紹介しております。

 ある時、唐糸の切れ端が落ちているのを大炊頭が見つけ、ある家来に預けておいた。たかが糸屑、と笑う者も多かった。何年か後、その家来に存否を尋ねると、大切に保管してあった。大炊頭は、その功を多として300石を加増して、周囲にこう諭した。――この糸は、唐土(中国)の農民の手にて桑を取り、蚕を飼い養い、糸となし、唐土の商人の手にわたり、はるかの海上を経てわが邦へ渡り来たり、長崎表の町人の手にかかり、さては京大阪のものども買い取り、ついに江戸まで下り候ものなれば、その人力いかばかりかとおもうぞ。さようの辛労にてできしものを、少しなればとて、塵芥となしてすつるというは、天道のとがめ、おそるべき事なり、と。

 唐糸の切れ端から、遠く唐土の桑畑で働く農民の労苦ヘ――まさしく「内在的普遍」そのもののアプローチといえましょう。一足飛びに「大現実」へと飛躍するのではなく、身近な「一小地」という具体的世界に足を踏まえ、そこに徹し、こだわり抜くことによって「大現象」へと自在に連想をめぐらせてゆく。こうした瑞々しい想像力というか生活感覚、生命感覚の人にとって、近しい人はもとよりのこと、見ず知らずの異国の住人であっても、否、風土、産物さえもが、親密な「隣人」としてあるにちがいない。その彼にとって、人間や国土を殺傷し破壊し尽くす戦争など忌むべき存在以外の何物でもなく、最も縁遠いものであるはずです。

 話は少々飛びますが、日露戦争の頃のエピソードを一つ紹介したい。

 ある日、ロシア人の捕虜が二人捕らわれてきた。初めてのことで珍しかったため、見物にいこうということになったが、反対する者もいた。そこで中隊長が理由を尋ねたところ、ある兵士がこう答えた。

 「自分は在郷のときは職人であります、軍服を着たからは日本の武士であります、何処のどういう人か知りませぬが、敵ながら武士であるものが運拙く捕虜となって彼方此方と引廻され、見世物にされること、さだめて残念至極でありましょうと察せられ、気の毒で耐(たま)りませんから自分は見学にいって捕虜を辱しめたくありません」(長谷川伸『日本捕虜志』上巻、中央公論社)と。

 ルーマニアのブカレスト大学での講演(1983年6月、「文明の十字路に立って」)で言及したものですが、この兵士の感受性のベースになっているのは、職人としての生活感覚であります。その健全なる生活感覚、そこに宿るヒューマニティーが、敵である異邦人を、マルセルいうところの「隣人」たらしめている。

 戦争を肯定する訳では毛頭ありませんが、大地に根を下ろした強靭なる人間性の凱歌の証しは、″時″と ″場所″を選びません。

 流刑囚を「罪人」扱いせず、「不幸な人」と呼んだシベリアの民衆の人間愛を、ドストエフスキーは生き生きと描き出しています(小沼文彦訳『ドストエフスキー全集第4巻』筑摩書房)が、彼らシベリアの民にとっても、流刑囚は、悪人でも忌むべき存在でもなく、あくまで「隣人」なのでした。

人間不在の転倒を乗り越える道


 まず身近な具体的なところから始まり、一歩そしてまた一歩と、四囲を「隣人」たらしめる人間連帯の間断なき構築作業――ここに平和への王道があり、この地道な積み重ねなくして、恒久平和の地平など望みうべくもありません。
 そうした感受性、生活感覚の共有こそ、「内在的普遍」ということの内実なのであります。マルセルいうところの「抽象化の精神」に毒されることのない具体性の世界の実相なのであります。そして、そのような精神性、ヒューマニティーの潤しゆくところ、「抽象化」の病理は駆逐され、「イデオロギー」によって「人間」が、「目的」によって「手段」が、さらには「未来」によって「現在」が......約(つづ)めていえば「抽象的存在」によって「具体的世界」が犠牲にされ、生贄にされるような人間不在の転倒は、決して起こらないにちがいない。

 そこに立ち現れてくるのは、「貨幣」のような抽象的かつ非人称的な存在が、わが物顔に振る舞う社会ではなく、「生命」や「人間」といったバーチャル(仮想的)ではない真実のリアリティーにスポットが当てられる、ヒューマニティー溢れる時代であり、世紀であると、私は確信してやみません。

<下>につづく
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(注1)メドゥサ
 ギリシア神話に出てくる3人姉妹の怪物ゴルゴンの1人。頭には髪のかわりに蛇が生えるという醜怪な容貌で、目には人間を石にしてしまう力があった。英雄ペルセウスはメドゥサを見ないようにするため、磨いた盾にその姿を映しながら近づき、首をはねた。

(注2)プロレタリア国際主義
 プロレタリアート(労働者階級)の利害は国境を超えて一致し、国際的に団結しなければならないという思想。しかしソ連が、1968年のチェコスロバキア侵攻や79年のアフガニスタン侵攻を、その思想の名のもとに正当化して理念的に失墜し、その後、冷戦構造の崩壊で体制的にも終焉した。

(注3)山上の垂訓
 新約聖書「マタイによる福音書」の第5章から第7章に記されたキリストの教え。「右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」「自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」などの教えが説かれている。

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池田先生は対談、提言等で一貫して「寛容」の精神の重要性について語られてきました。

私たちは、この「寛容」の精神にどう向き合い、自分たちのものとしていくべきなのでしょうか。

私たち一人ひとりが真剣に考えていく必要があります。

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1995.01.26: 第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

 宗教動乱の渦中に生き、人間同士が利害と狂信のために殺し合うさまを幾度も目の当たりにしたモンテーニュは、こうした争いをやめさせようと「寛容」を説いたのでした。この主張は彼の死後、異教徒に対しても信教の自由を認める「ナントの勅令」として結実しております。

 また、海外の植民地開拓が目的で出発したキリスト教徒が、偶像を崇拝する土着民よりもはるかに残忍であり、倫理的にも劣る行為を犯していると述べた彼の報告は、宗教的相対観の発生を促し、当時の心あるキリスト教徒に深い衝撃と内省の機会を与えたという事実も、よく指摘されるところであります。

 かの作家S・ツヴァイクも、彼こそ"この世のすべての「自由なる人間」の友"であると、モンテーニュの主義・思想に対する強い共鳴の意を示す言葉を残しておりますが、けだし至言でありましょう。

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モンテーニュが語る「対話は人生のほかのどの行為よりも楽しいもの」という感じは、よく理解できます。

「開かれた心」同士の対話は、時を忘れ、話し終えた時の充実感は生涯続くものと言ってもいいのではないでしょうか。

碩学たちが共通して認める真理なのであろうと思います。

「われわれは人から矯正されることをいやがるが、本当は自分からすすんでそれに立ち向かわねばなるまい」――この極めて困難とも思える言葉を命に受け入れていきたいと思います。

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1995.01.26: 第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

ともあれ、そんな時代にあってモンテーニュが何よりも重視したのが「対話」という行為でありました。

「精神を鍛練するもっとも有効で自然な方法は、私の考えでは、話し合うこと」であるとし、それは「人生の他のどの行為よりも楽しいもの」であるという彼は、その絶対条件となる「開かれた心」についてこう述べております。

「いかなる信念も、たとえそれが私の信念とどんなに違っていようと、私を傷つけない。どんなにつまらない、突飛な思想でも、私にとって人間の精神の所産としてふさわしく思われないものはない」

「したがって反対の判断は私を憤慨も興奮もさせずに、私を目覚めさせ、鍛えるだけである。われわれは人から矯正されることをいやがるが、本当は自分からすすんでそれに立ち向かわねばなるまい」(『エセー』5)

――と。

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対話に必要な要素として、批判力を挙げています。

ここで言う批判は、ためにする非難・中傷の類の批判ではもちろんありません。

自己を厳しく見つめる「内省」の力を伴う建設的なそれであることは提言の示す通りです。

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1995.01.26: 第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

加えて私は、「対話」の根底には、みずみずしい批判力が不可欠であると訴えたい。

新教と旧教の対立がフランス社会を真っ二つに裂き、互いに殺戮を繰り返すという狂気が吹き荒れるなかで、モンテーニュは自分自身の"生"に生き抜くことを守り通した。その強靭な精神は、ツヴァイクが彼を描いた評伝の中で、「興奮した時代の濁った有毒の泡が、自分の内奥の自我に、その『真髄』に、まじり込んだり流れ込んだりしないようにするために、あれほど真摯にはげしく戦った人はこの世に数少ない。そして、この内奥の自我を時代から永遠に救い出すことに成功した人も数少ない」(『ツヴァイク全集8 三人の巨匠』、渡辺健他訳、みすず書房)と記している通りであります。

事実、モンテーニュは「いったい、ろくな歩調も歩み方ももたない者と真理の探究に出かけて行って何になろう」(『エセー』5)と、批判力という理性に裏打ちされていない人間と対話を行うことの無益さを述べております。更に彼は、ここでは詳しく論じませんが、その批判力が自己を厳しく見つめる「内省」の力を伴うことも述べているのです。

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きょう1月26日付聖教新聞に第34回「SGIの日」記念提言(上)が掲載されました。

感想は改めて述べさせていただこうと思うのですが、タイトルにある「人道的競争」の言葉を目にし、私の期待はより増して高まったことを申し上げておきたいと思います。

95年の提言に戻ります。

「寛容」の重要性について語られています。

「寛容は、平和をあらわす新しい名前とならなければならない」の引用は、大変共感を覚える個所です。

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1995.01.26: 第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流

 分裂という"遠心力"が国際社会で強まるなかで、「共存」という言葉をむなしくしないためにも、各地で達成された「和平」をより強固なものにすることが先決です。そのためには、国際社会の幅広い理解と協力が欠かせません。

せっかく芽生えた「和平」を挫折させてしまっては、他の地域にも少なからず影響を与えましょうし、総じて"歴史の後戻り"につながりかねないからです。

 本年の国連寛容年に向けてユネスコが用意した「寛容に関する宣言」案は、「寛容は、平和をあらわす新しい名前とならなければならない」との言葉で結ばれています。それを内実化させるためには、何といってもモンテーニュが、ソクラテスに託して自負していたような「世界市民」を陸続と輩出させていく以外にありません。私が、かねてより諸宗教間の世界市民輩出競争を提唱しているのも、そのためであります。その競争にあっては「屹立した人格」と「開かれた対話」こそ不可欠であることを重ねて訴えておきたいと思います。

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2010.01.26 第35回SGIの日「新たなる価値創造の時代へ」
2009.01.26 第34回SGIの日「人道的競争へ新たな潮流」
2008.01.26 第33回SGIの日「平和の天地 人間の凱歌」
2007.01.26 第32回SGIの日「生命の変革 地球平和への道標」
2006.01.26 第31回「SGIの日」記念提言「新民衆の時代へ 平和の大道」
2006. 9 国連提言「世界が期待する国連たれ-地球平和の基軸・国連の大使命に活力を」
2005.01.26 第30回「SGIの日」記念提言「世紀の空へ 人間主義の旗」
2004.01.26 第29回「SGIの日」記念提言「内なる精神革命の万波を」
2003.01.26 第28回「SGIの日」記念提言「時代精神の波 世界精神の光」
2002.01.26 第27回 SGIの日記念提言「人間主義地球文明の夜明け」
2001.01.26 第26回 SGIの日記念提言「生命の世紀へ大いなる潮流」
2000.01.26 第25回「SGIの日」記念提言「平和の文化 対話の大輪」
1999.01.26 第24回「SGIの日」記念提言「平和の凱歌――コスモロジーの再興」
1998.01.26 第23回「SGIの日」記念提言「万年の遠征――カオスからコスモスへ」
1997.01.26 第22回「SGIの日」記念提言「『地球文明』への新たなる地平」
1996.01.26 第21回「SGIの日」記念提言「『第3の千年』へ世界市民の連帯」
1995.01.26 第20回「SGIの日」記念提言「不戦の世紀へ人間共和の潮流」
1994.01.26 第19回「SGIの日」記念提言「人類史の朝 世界精神の大光」
1993.01.26 第18回「SGIの日」記念提言「新世紀へヒューマニティーの旗」
1992.01.26 第17回「SGIの日」記念提言「希望と共生のルネサンスを」
1991.01.26 第16回「SGIの日」記念提言「大いなる人間世紀の夜明け」
1990.01.26 第15回「SGIの日」記念提言「希望の世紀へ『民主』の凱歌」
1989.01.26 第14回「SGIの日」記念提言「新たなるグローバリズムの曙」
1988.01.26 第13回「SGIの日」記念提言「平和の鼓動 文化の虹」
1987.01.26 第12回「SGIの日」記念提言「『民衆の世紀』へ平和の光彩」
1986.01.26 第11回「SGIの日」記念提言「恒久平和へ対話の大道を」
1985.01.26 SGI発足10周年記念提言「世界へ世紀へ平和の波を」
1984.01.26 第9回「SGIの日」記念提言「『世界不戦』への広大なる流れを」
1983.01.26 第8回「SGIの日」記念提言「平和と軍縮への新たな提言」
1982.06 第2回国連軍縮特別総会に提言「軍縮及び核兵器廃絶への提言」
1978.05 初の国連軍縮特別総会に提言「『全世界首脳会議』開催など10項目の提唱」
1975.11 第38回本部総会「核の製造、実験、貯蔵、使用の禁止など3項目を提言」


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「随筆・人間世紀の光 平和の連帯『SGI』上・下」を深い感銘をもって読みました。

1・26の淵源は1955年(昭和30年)の1月26日にあったことを初めてこの随筆で知った私は、思わず、「あ!」と声を発してしまっていました。

そうだったのか......、そういうことだったのか......。

師弟というものはかくも深く永く峻厳なものであるのかと、私はしばし言葉を失いました。

先生が語られたこのエピソードは、既に知られたことで、うかつにも私が知らなかっただけかもしれません。

ただ、遅かったにせよ、その意義深き1月26日を前に、そのことを知ることができたことに、幸せの思いと師より託された「使命」の自覚で今、私の心は満たされています。

引用します。

それは私が27歳、1955年(昭和30年)の1月26日のことであった。夕刻、急きょ恩師・戸田先生に呼ばれ、隼のようにご自宅に馳せ参じた。

次代の学会の飛躍を期す重要なご指導を賜った夜、私は日記にこう記した。

「真に生命を賭した時、悠然たる力が湧く」

「不惜身命」で祈り戦ってこそ、佛々と現れる力と智慧がある。その満々たる大信力と大行力をもって、初めて破れる壁がある。

その師弟不二の「法華経の兵法」をもって、私は一切の戦いに勝ってきた。

池田先生27歳。

まさに青年の中の青年時代に師より授けられた遺命を、池田先生はSGI192カ国の善と平和の連帯という形で実現されました。

この偉大な師の業績に私たち弟子がどう向き合い、どう進展させ、永遠たらしめることができるのか――。

54年前の師弟の対話に私たちは思いを馳せ、同じ精神、同じ覚悟で臨んでいかなければならないと私は痛感しました。

師より、私たち弟子が託された「使命」とは何でしょうか――。

それは「平和の世紀」「生命の世紀」「人道の世紀」「民衆の世紀」を開くことであり、平和と幸福に輝く地球の未来を築きゆくこと――であると師は改めてこの随筆で示してくださいました。

引用します。

恩師は言われた。

「青年ならば、全世界の運命の中に自分を置いて、発想し、行動するのだ」

戸田先生が遺されたこの青年への呼びかけこそが、池田先生が毎年命を削るような思いで世に問うてこられた「SGIの日」提言そのものである、ということを私は改めて痛感します。

人間主義の哲学と行動で人類を結ぶという師の厳命を、弟子として命を賭して力を尽くしていくことを私はここに誓います。

最後に随筆から引用させていただきます。

フランスの文豪ビクトル・ユゴーは喝破した。

「孤立した力は自滅する」

大事なのは「連帯」だ。

負けないためには、正義の連帯をつくることだ。

宗教といえば、独善的で、どことも付き合わないという偏見がある。

しかしご聖訓には――「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ 教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」と仰せである。

仏法が志向するのは、人間性の極意の振る舞いだ。正しき仏道修行の深まるところ、いかなる差異も超え、どんな人たちとも心を開いて、仏縁を結ぶことができる。出会った人と、笑顔で友情を結び、仲良く心を通わせることができるのだ。

そして、良き人びととの連帯を広げ、平和と文化と教育の価値を創造していくことができる。これが大仏法の人間主義である。

民衆と民衆の「平和の大連帯」――これが、我らSGIである。

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「人間の尊厳の危機」には宗派を超えて共闘――SGI提言より抜粋

の続きです。

適切なメンテナンスと改革を怠った組織は、必ず崩壊の道をたどる――この重要な教訓を対岸のものとせず、いかに私たちに引き寄せ、自らのこととして真剣に思索していくかが求められると思います。

"平成の宗教改革"は、宗門との決別で終わったわけではありません。

宗教革命は、私たち後継者に使命として課せられた永遠にわたる闘争なのです。

そして宗教革命に絶対的に必要な3つの柱が「世界市民の理念」、「寛容の精神」、「人権の尊重」なのです。

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1996.01.26:第21回「SGIの日」記念提言 第三の千年へ 世界市民の挑戦より抜粋


 幸いここ数年、私どもが進めてきた"平成の宗教改革"を通じて、創価学会は今は宗門と訣別し、旧態依然たるしがらみやくびきを断ち切ることができました。

 したがって、今後は日蓮大聖人の仏法の本義に立ち返って、また21世紀を拓きゆく世界宗教をめざして、開かれた対話運動を活発に繰り広げていきたいと思います。今般の「SGI憲章」の制定も、そうした流れを踏まえてのものであることを強調しておきたいのであります。

 この基本精神に立って、SGIは今後も、仏法を基調とした平和・文化・教育の推進という「開かれた行動」によって、世界に「新たな人間主義」に基づいた連帯の輪を広げてまいりたい。いまや、世界における"非人間性"の克服をめざして、人類が希望の選択と決然たる行動をすべき時が来ているのであります。

 こうした認識に立脚して時代の要請に応えていくために制定されたのが「SGI憲章」なのであります。

 その意義を込めて、今回はこの「SGI憲章」の根幹をなしている「人間主義」に基づく3つの理念、すなわち「世界市民の理念」、「寛容の精神」、「人権の尊重」を軸に、現代の国際社会が抱える諸問題について論じておきたい。


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「宗教者の社会的使命」とは何か――SGI提言より抜粋

の続きです。

大聖人の仏法は"排他的"でも"独善的"でもなく、他宗教にも対話の回路が開かれていることが語られています。

そして、大聖人が命を賭けて守ろうとしたことは、宗派ではなく、「人間の尊厳」であり、人権を踏みにじろうとする権威・権力やそれに加担する宗教との闘争であったのだということを明言されているのです。

人権の闘士の中の闘士であられた蓮祖大聖人の覚悟と精神を私たち弟子は常に命に刻んでいかなければならないことをここでは強調されています。

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1996.01.26:第21回「SGIの日」記念提言 第三の千年へ 世界市民の挑戦より抜粋

 日蓮大聖人の仏法は、その教義の厳格性ゆえに、歴史的にしばしば"排他的""独善的"といった位置づけをなされてきました。

 しかし、それは極めて偏った一面的な見方であり、教義の厳格性は、同時に「涅槃経に云く『一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ如来一人の苦』と云云、日蓮が云く一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(「御義口伝」、御書758頁)との御文にみられるように、民衆の苦しみや悲しみへの溢れんばかりの共感、同情――今様にいうならば人権は普遍的なものであるという思想に裏付けられていたことを忘れてはなりません。ゆえに、人間であることの根底が脅かされるような「人間の尊厳の危機」に際しては、宗派を超えて共闘していくことは当然の帰結となるのです。

 22年前、私はそのことをはっきりと打ち出したつもりであります。また、その後の私どもが行ってきたさまざまな平和運動は、そうした精神を具体的に顕現したものであります。

 ただ、その間、私どもは、聖職者のかりそめの権威で信徒を見下す宗門(日顕宗)という極めて頑迷固陋な勢力――ベートーヴェンの"第9交響曲"を歌うことすら教義に違背するなどという考えられないほど愚かなことをいいつのる守旧勢力――というしがらみを引きずり続けていました。

 それが、思い切った宗派間の対話や共闘に踏み切れなかった、いつわらざる実情であったのであります。

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きょう24日付聖教新聞1面に未来部希望月間についての紹介記事がありました。

記事によると、各部とも、さまざまな趣向がこらされ、育成の取り組みが展開されるようです。

素晴らしいことです。

全体の方針に加え、ここで未来部育成に関する私案を述べさせていただこうと思います。

それは対話です。

対話については、これまで何度も述べてきたことですが、何度強調してもし足りないくらい重要なことと思うので、改めて語らせていただこうと思います。

未来部にとって、なぜ対話が重要なのでしょうか。

これは私の経験に基づくものです。

私の少年部時代で、唯一と言っていいくらいに強い記憶として残っているのは、担当者が家庭訪問に来てくれた折の対話です。

担当者は、私にいろいろなことを質問しました。

「好きな勉強は?」「スポーツは?」「音楽は?」「テレビ番組は?」

私は一つひとつ答えていきました。

そして私は子どもながらに感じたのです。

「この人は、僕のことを真剣に知ろうとしてくれている」と。

そう思った私は、自分のことを興味をもってくれることに喜びを感じたのです。

私は自然とその担当者と対話ができるようになっていきました。

対話の面白さについて、実感したのは、その担当者のお兄さんとのそれが初めてであり、その印象は私の中で強く残り続けました。

しかし......です。

会合にはあまり興味がもてませんでした。

ゲームにしても、一方的に話される担当者の話も、私を満足させることはありませんでした。

後の高等部では、素晴らしい対話の環境に恵まれました。

当時、私たち高等部は人材群に恵まれたこともあり、担当者はいつも最初にあいさつをして「後は任せたよ」と言い、すぐに帰ってしまい、その後は私たち高等部にすべてが託されていました。

私たちは、自らテーマを決め、徹していろいろなことを語り合いました。

さらに、私たちは自ら家庭訪問し、メンバーと対話をして回ったのです。

私に残る未来部時代のよき思い出は、すべて対話という作業がかかわってきていると言っていいと思います。

もしかしたら、これは私だけの感じ方なのかもしれません。

私の持てる傾向に基づくに過ぎないよき思い出なのかもしれません。

以上、個人的な経験を述べさせていただきましたが、その後の私の未来部担当者としての対話を中心とした育成の取り組み、そして男子部、壮年部においてもこの考え方を取り入れ、対話とコミュニケーションを主体とする組織運営を心がけてきました。

対話を軸とした運営のあり方が、果たして功を奏するのかいなかは、長い時間をかけて注意深く見守っていかない限り評価は難しいでしょう。

ただ、一つ確かに言えることは、対話をした後の一人ひとりの心の中に、話ができたことの充実感だけは確実に残る――ということは、経験から間違いないことだと思うのです。

そして何より、対話の醍醐味は、一方が一方に与えて終わるものではなく、対等な関係による対話によって、与え与えられるという触発の関係をもたらすことができるということです。

最後に対話のメリットについて。

対話には、特別な準備を必要としません。

ただ、真剣で充実の対話をしようとする意欲のみで、いつでもどんな場所でも成り立たせることができるのです。

<3代会長の対話観について>

牧口先生
<座談会ではなく大規模な講演会形式にすべきではという意見に対して>
「それは違う。人生に関する問題は『対話』でなくては相手に通じない」
「日蓮大聖人の『立正安国論』にしても問答形式ではないか」

戸田先生
「これからは対話の時代になる。人と語るということは戦うということであり、また、結び合うということだ」

池田先生
「対話とは、人格と人格、精神と精神の交流です。互いに深い次元で認識し、相互理解から信頼へと進みゆけるのです」


<関連記事>

創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて(3)壮年懇談会

創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて(4)未来フォーラム


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今、世界は混乱のただ中にあります。

ガザ地区の惨劇は一体、何を物語るのでしょうか。

宗教間の対立は、憎悪と暴力の連鎖を招き、和平の道筋はますます遠のいているかのようです。

宗教に根ざす憎悪を解消していくにはどうしたらいいのでしょうか。

それを考え、その方途を見い出し、実行していくことは宗教者の使命であるに違いありません。

池田先生が35年前に語られた「宗教者の社会的使命」は、戦乱と混乱が絶えない現代の世界において、ますますその重要性を増しているといえましょう。

その「使命」について、改めて語り合っていきたいと思います。

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1996.01.26:第21回「SGIの日」記念提言 第三の千年へ 世界市民の挑戦より抜粋

 かつて私は今を去ること22年前、「宗教者の社会的使命」とは何かを模索していくなかで、こうした方向性を見据えながら次のように論じたことがあります。

 「私は、これまでも生命の尊厳と人間精神の自由を守り抜くのが仏法であり、私どもの使命であることを、機会あるごとに訴えてまいりました。だが、再び高まりゆくこのような危機の時代に立ち向かうにあたって、私は、もう一歩視点を進めて『生命の尊厳』と『人間の精神的自由』『真実の民主主義』をどこまでも堅持していくべき>ことを、私どもの信念として確認しておきたい」

 「私どもの信教の自由を守り抜くことは当然として、さらにたとえ私どもと異なった思想、意見をもった人々であったとしても、もしその人たちが暴虐なる権力によってその権利を奪われ、抑圧されそうな時代に立ち至ったときには『人間の尊厳の危機』を憂えて、断固、それらの人々を擁護しゆくことを決意しなければならないということであります。たとえば、他宗教の人であれ、また宗教否定の思想をもつ人であったとしても、これらの人を守りたい。これこそが人間の尊厳を謳いあげた仏法がもっている理念の帰着であるからであります」(第36回本部総会での講演)――と。

 この講演で私が強調したかった点は、「人間の尊厳の危機」にはあらゆる立場や宗派を超えて共闘していくことの必要性でありますが、私どもの信奉する日蓮大聖人の仏法の核心はこうした「人間の連帯」「人間性の連帯」にあるといっても過言ではないのです。

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95年の提言におけるSGIの「基本路線」の言及に続き、池田先生は96年提言において、95年11月23日に制定された「SGI憲章」の意義について語られています。

「SGI憲章」は、日々の広宣流布の活動を進めていくうえで、特に対社会という視点に立った活動を進めていくうえで、私たちが最も心していくべき指針が明記されているものであると私は思います。

とりわけ、強調されている3つの柱――

「世界市民の理念」

「寛容の精神」

「人権の尊重」


は、常に私たちの対話において語られるべき言葉ではないかと思います。

そして、語るより前にすべきことは、まずは考えてみることでしょう。

どれだけ、一人ひとりが「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」について考えられているでしょうか。

私は思います。

なぜ、海外からの池田先生とSGIに対する顕彰が相次いでいるのか――。

もちろん、池田先生の理念と行動自体に賞賛が寄せられていることは確かだと思います。

と同時に、SGIのメンバーの一人ひとりの理念と行動が、心ある人の眼に共感をもって映っているからではないかと思うのです。

SGIの海外メンバーがどれほどの社会貢献活動をしているかは聖教新聞を超える情報を持ち得ない私ですが、メンバーは3つの柱を忠実に、そして誠実に、社会に展開しているのであろうと容易に想像がつくのです。

では、私たち日本の創価学会はどうでしょうか。

「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」の3つの柱がどれだけ、一人ひとりに浸透し、その理念が行動に表れていると言えるでしょうか。

「十分に出来ている」とおっしゃる方はぜひその理念と活動を続けていっていただきたいと思います。

一方の「『SGI憲章』を読んだことも聞いたこともない」という方は、ぜひともこの憲章をお読みいただきたいと思います。

そして自身でその意味について考え、同志とともに語り合い、小さいことからでも、実際の行動に移していくことが必要ではないかと思います。

すると、私たちを見る周囲の眼は自然と、そして次第に共感に変わっていくのではないでしょうか。

「SGI憲章」は、海外のメンバーのためだけに制定された憲章ではありません。

私たち日本の創価学会員にとっても、常に心に留め置くべき重要な指針なのです。

なお、聖教新聞の1月22日付6面に「1・26は『SGIの日』全世界に平和の種を!」という記事が掲載されています。

参考にしていただきたいと思います。

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1996.01.26:第21回「SGIの日」記念提言 第三の千年へ 世界市民の挑戦より

このような時代の大状況を踏まえ、昨年、私どもはSGI発足20周年を記念して、「SGI憲章」を制定いたしました。この憲章は、これまでSGIが「基本路線」として掲げてきたものをベースとしつつ、改めて、基本理念と今後の行動規範を明文化したものであります。

その根本精神は、「前文」における次の一文に象徴されております。

「日蓮大聖人の仏法は、人間生命の限りなき尊厳性を説き、全ての人を包容する慈悲といかなる困難をも克服する智慧をもたらす法である。そして、この智慧は人間精神の創造性を拓き、人類社会の直面するいかなる危機をも克服し、平和で豊かな共生の人類社会を実現できることを説く、『人間主義』の法である。

我らSGIは、この『人間主義』に基づく『世界市民の理念』『寛容の精神』『人権の尊重』を高く掲げ、非暴力と対話により、こうした人類的課題に挑み、人類社会に貢献することを深く決意」する――と。

この「世界市民の理念」「寛容の精神」「人権の尊重」の3つの柱こそ、私どもが世界宗教に不可欠の条件と考えるものにほかなりません。

同時に、SGI憲章では全10項目にわたる「目的及び原則」を掲げ、今後の行動規範を確認するものとなっております。

なかでも「SGIは『世界市民の理念』に基づき、いかなる人間も差別することなく基本的人権を守る」(2項)や、「SGIは『信教の自由』を尊重し、これを守り抜く」(3項)、そして「SGIは仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して、人類の基本的問題について対話し、その解決のために協力していく」(7項)の3方針はまた、あらゆる「人間の尊厳」を脅かすものに対する"人類共闘"を築いていくうえでの欠くことのできない要件と考えるものなのであります。


SGI憲章全文


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1.26「SGI記念の日」が間近に迫りました。

毎年のSGI提言は、広宣流布の具体的な構想・ビジョンが明確に示された創価思想のエッセンスともいうべき存在ではないかと思っています。

その意味で、師が示すこれらの広布構想について、弟子がいかに真剣に検討し、取り組んでいくかが重要であるとも思ってきました。

構想の一つひとつを具体化していくすべを持ち合わすことができていない弟子として、力不足の私ですが、その第一歩とすべきは、対話であるとの確信は持ち続けてきました。

構想について、徹して学び合い、話し合うことからしか、その実現は不可能と思うのです。

対話のきっかけとして、過去のSGI提言から、抜粋してみます。

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1995.01.26:第20回「SGIの日」記念提言 不戦の世紀へ人間共和の潮流より

 本年の1月26日をもって、SGIは発足満20年を迎えます。これまで、世界各地 にあって、メンバーはそれぞれの使命と責務に徹した活動を続けてきました。その多大な尽力に私は衷心より敬意を表するものであります。とともに、21世紀 へ向けて、世界に確固たる平和勢力としての根を張る戦いを、人間の連帯を築きながら、今後も展開することを誓い合いたい。

 ここで、SGIの基本路線を改めて確認しておきたい。

 第一に、SGIのメンバーは、自国の文化・風俗や法律を尊重しつつ、よき市民として、それぞれの社会の繁栄に貢献することを目指す。

 第二に、SGIのメンバーは、生命の尊厳を根本的に説き明かした日蓮大聖人の仏法に基づき、恒久平和実現と人間文化・教育の興隆を目指す。

 第三に、SGIのメンバーは、戦争をはじめとするあらゆる暴力を否定し、人類の幸福と世界の繁栄に尽くしゆくことを目指す。そのために核兵器廃絶と世界不戦の実現を大きな目標とし、国連憲章の精神を支持し、世界平和維持の努力に協力する路線を進む。

 以上の三点を我がSGIの基本路線とし、これからも「人間主義」の旗を高く掲げて、世界に友情のネットワークを広げながら、ともどもに前進したいと願うものであります。

SGI憲章全文


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アメリカの新大統領に、バラク・オバマ氏が就任しました。

今、米国民に限らず、全世界の眼がこの一人の男性に注がれています。

大いなる期待と希望を抱いて。

世界の超大国とはいえ、一国の政治的リーダーの交代が、これだけの熱狂をもって迎えられたことを、私は生まれてこの方初めて経験することになりました。

なぜなのでしょうか。

折しも、100年に一度といわれる経済危機のほか、とどまることのない紛争、環境問題、貧困・食糧問題......どれをとっても深刻を極める問題が山積している状態です。

そんな危機的状況を打開するためには、どうしても正しい理念とそれを実行するだけの強いリーダーシップが求められます。

その意味で、オバマ大統領の就任演説は、まさに時代状況を変えうる可能性を持ち得る内容だったと感じます。

そして演説に通低する理念や思想の確かさもさることながら、何よりその「言葉の力」に感銘を受けました。

「言葉の力」が急速に弱まっている現代にあって、人の心に迫る「言葉」を発するのみならず、その共鳴までをも注意深く聞き取ろうとする感受性をこの若き大統領の演説から感じたのです。

日本国民である私でさえ、そう感じるのですから、就任式に集った200万人、そして2億人の米国民は、自分たちの選択の正しさを実感したに違いありません。

ただ、期待が大きければ大きいほどに、十分に期待に沿うことができなかった場合の失望、落胆も大きいのが世の常であり、そうした重圧の中の新大統領の船出であるわけです。

オバマ大統領には、常にこの演説の原点に立ち返ることで、これから立ち向かうであろうさまざまな困難を一つひとつ、臆することなく乗り越えてほしいと期待します。

私が就任演説に共感を覚えたいくつかの点について挙げてみようと思います。

(1)歴史を築いてきた先人への深い感謝の念

(2)過去の失敗を前政権によるものとみなさず、「私たち」の反省点ととらえる徹底的な自省の眼差し

(3)歴史的事象を振り返る際の謙虚で自制的な姿勢

(4)多様性の尊重により差異へのこだわり・憎悪は時とともに消えうせるという楽観主義

(5)イスラムに対して信頼と対話によるアプローチで臨もうとするソフト・パワー的思考

(6)精神的闘争こそが困難を乗り越える唯一の力であるという信念の呼びかけ

こうした理念・思想、呼びかけを他国の物として傍観するのではなく、共有し、協力し合うことで、国を超えた地球市民としての自覚に立った対話と行動こそが求めらると思います。

最後に。

素晴らしい演説は、20代の若きスピーチライターたちによって生み出されたということを知りました。

「青年・勝利」の時代をまさに象徴するようで、うれしくて仕方ありませんでした。

私も青年の気概と気迫を持ち、青年とともに、変革へのたゆまない努力を続けていこうと新たな決意をすることができました。

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わが青春をかけて

「学問」の探求を!

「信仰」の実践を!

この両輪に生き抜く

師弟不ニの英才たれ

大学新報2009年1月号に掲載された「若き指導者へ」を転載させていただきました。

きょう、その大学新報を学生部員から一部もらうことができたのです。

私はうかつにも大学新報が復活していたことを知らずにおり、先日の聖教新聞にて初めて知ったのです。

そして、そのことを学生部員に聞いたところ、「余分があるから、あげます」と差し出してくれたのでした。

大学新報を手にするのは、何年ぶりのことでしょう。

かつて学生部の機関紙として熟読していたころのことを思い出さずにはいられませんでした。

私が手にした新・大学新報の内容も素晴らしいと感じました。

記事から、いくつか抜粋をさせてもらいました。

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■「池田先生と学生部」より抜粋

「広宣流布といっても思想、哲学を残すしかない。それは学生部の君たちに託すしかないんだ。広宣流布は思想戦だ」(70年代、言論問題当時の池田先生の発言)

「最大の緊急事ともいうべきものは、現代に耐え、現代を導くに足るだけの哲学の樹立であり、その基盤をなす真の宗教の確立であります」(1973年7月に行われた創価大学での記念講演「スコラ哲学と現代文明」

■京都大学4年・宮本将和さん「論陣――新時代を築く勇気の対話」より抜粋

さまざまな文化や個性の多様性は尊重されるべきだと私は考える。それは争いの人類史が訴える教訓であるし多様な文化や個性の触発は、新たな文化を創造するダイナミックな契機にもなり得るからだ。

自閉する心に穴を開ける作業。それは忍耐強く漸進的な「対話」である。

民衆の幸福、世界平和を追求する熱誠が、対話を通じ、差異を超克して共感を生み出していく。先生の行動こそ、現代が抱える難題を解く鍵なのだ。

■ジャーナリスト・東晋平さんインタビュー「なぜ『言論』が大事か?」より抜粋

――言論の力を磨こうとしている学生たちに期待することは何ですか。

大切なのは「どう書くか」という技術論ではなく「何を書くか」です。人々に何を伝えていくかこそ、重要なのです。

そのためにも自身の基盤となる哲学を徹底して磨いてほしい。どんなテーマでも、明快に展開していける「思想の力」こそが「言論の力」なのです。これは学生時代から地道に磨いていかなければ、一朝一夕では身につきません。

むろん、職業としてペン1本で時代と社会を変えていこうという気骨のある青年が陸続と出てきてほしい。世界を変えていくのは「言葉の力」なのです。

■識者は語る 学生部への期待の声
九州国際大学元学長(東洋大学名誉教授)竹内良夫氏


先日、池田名誉会長とトインビー博士との対談集『21世紀への対話』を再読了しました。

本書には、多種多様な文化を"人間の立場"から捉え直し、人類共通の法則性を見いだそうとする「文化人類学」の側面があると思います。名誉会長と博士に共通していた関心事は、「人間の尊厳をいかに守るか」という点にありましょう。

互いの文化を深く理解するためには、人間の尊厳に対する畏敬の念と、相手から学ぼうとする謙虚さが求められます。

次元が違いますが、私自身、教育者として、学生や信仰を持っている方など、自分と立場を異にする人と接する際には、"新たな視点を開こう"という思いで臨んでいます。

自分と違う意見に耳を傾けることによって、より大きな自分を築くことができるからです。

-----------------------------------------------

学生部に限らず、すべてのSGIメンバーが追求していかなければならない、普遍性の高い内容です。

確かにこうした角度は学生時代にこそ必要なのですが、さらに言えば、それを生涯にわたって手放さない、あきらめない人となっていくことが重要でしょう。

そうした観点から、私は学生部の皆さんに提案したいと思います。

日々の研さんの成果を、私たち男女壮婦に積極的に語りかけてほしいのです。

それは、研究発表などの形ではだめです。

対話です。

私たちに対話をもって語りかけてほしいのです。

民衆である私たちと対話することで、真の対話力をつけていっていただきたいのです。

民衆を救い、民衆のリーダーとなっていくからには、絶対的に民衆と、民衆とともに語る中で真の「言葉の力」をつけていく必要があるからです。

学生同士の対話では決して得られない素晴らしい何かを獲得できることは間違いありません。

それを自分自身でぜひ実感してみてください。

繰り返します。

私たちに積極的に語りかけてきてください。

あなたたちが予想しえない、得がたい何かが必ず見つかるはずです。

その時を楽しみに待っています。

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17日聖教新聞に随想「阪神・淡路大震災14年に祈る」を読み、深い感銘を受けました。

私は大震災直後、職場の派遣により、現地で復旧のためのボランティア活動をした経験があるからです。

現地を訪れた私は、ボランティア登録し、チームリーダーの指示を仰ぎながら、さまざまな活動をさせてもらいました。

主な仕事は全国から寄せられる支援物資の荷物の積み下ろしや仕分けなどでした。

また、テント暮らしを余儀なくされている方々の要望などを聞いて回ることもさせてもらったのです。

東灘区に派遣された折のことです。
区役所の建物の隣で倒壊したマンションは、何と私の高校時代の同級生が住んでいたところだったのです。

偶然に驚きつつ、電話をしてみました。

当然のごとくつながりません。

どこで避難しているのだろう......。

心配しながら、彼の無事を祈りながら、物資の搬入出をしたことを記憶しています(※)。

先生のエッセーを読みながら、そうした思い出が鮮明に蘇ってきましたのです。

私は学生時代からボランティア活動に関心があり、学生部時代には多少かじったこともありましたが、本格的に取り組んだことはなく、大震災でのボランティア参加が人生初の体験となったわけです。

街を埋め尽くす瓦礫の山、火事による焼け野原、すべてが信じがたい光景でした。

一瞬にして多くの人命を奪った災害の爪跡の前に立ちすくむほかありません。

ただ私は亡くなられたすべての方々のご冥福を一心に祈らせていただきました。

街の荒廃ぶりとは対照的だったのが、復興に立ち上がる人たちの輝くような表情でした。

炊き出しで食事を配る自衛官、ボランティアの人々。

そして、大災害という究極の困難に直面しながらも、そこには総じて明るい笑顔があったのです。

もちろん、避難疲れがなかったわけではないと思います。

しかし、その皆さんの表情には、絶望はありませんでした。

むしろ希望が強く支配していた、と私は実感することができたのです。

とりわけ、同志の皆さんと話す機会があった折には、何と避難テントで男子部の会合が開かれていたのです。

彼らのたくましさには感銘を受けつつも、舌を巻いたものでした。

公園では、あちらこちらで焚き火がたかれ、そこには人々が集まり暖をとり、談笑する姿が......今は本当に厳しい困難な状況にあるけれど、必ず力強く復活されていく違いない――私は確信しました。



もう一つ、このエッセーを読んで感動したことがありました。

このエッセーが掲載された17日に、偶然にも私は、金子郁容著「ボランティア―もうひとつの情報社会」を読み終えたのです。

この書からは、改めてボランティアというものの持つ確かな可能性について、大きな触発を受け、もう一度、ボランティアについて、しっかりと学んでみたいと思った矢先の、師匠のボランティアに関する言及は、私を驚かせるとともに、さらなるやる気を起こしてくれたのです。

エッセーより引用します。

近年の災害は「自助」の意識を一段と高めた。ボランティア活動などの活発化にともない、「共助」の態勢も充実しつつある。

後は「公助」――問われているのは政治の課題だ。

(中略)

何のための政治か。明白な一点は、政治は温かい血の通った「人間主義」でなければならないということだ。

金子氏はボランティアについて、「つながりをつけるプロセス」と定義し、池田先生は、それを完成させていく存在である「人間主義」の政治を期待されています。

大震災から14年が経ち、神戸などの街は今や災害の影をどこに見ることもできないほどに復興を遂げました。

一方で、大震災をきっかけとして高まったボランティアの意識など、人道競争に欠かせない人の心の持ちようはますますその重要性を増しています。

創価学会の社会貢献、ボランティア、「自助・共助・公助」の在り方、そして師が示された「人間主義」の政治――これら多くの課題について深く考えていくとともに、同志の皆さんと真剣に語り合っていきたいと思います。

※ちなみに後に分かったことですが、東灘区の倒壊マンションに住んでいた友人は、家族全員が、大阪に避難していてことがわかりました。
復興後、彼は芦屋に移り、元気に暮らしており、年賀状のやりとりをさせてもらっています。

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地区座談会に出席してきました。

ここのところの青年部、とりわけ未来部の活躍は目覚しく、今回も大いに座談会を盛り上げてくれました。

その中で、私が特に感銘を受けたのが、学園に通う高等部員の話でした。

以下は話の趣旨です。

池田先生に名誉教授称号を授与するために来日されたウズベキスタン国立芸術大学の総長一行を学園にお招きし、懇談会をもっていただきました。

大学総長は以前、別の大学にいて、そこでも先生に名誉教授称号を授与しているので、今回が2回目の授与となるのだそうです。

ある生徒が、「なぜ2回も称号を授与しようと思われたのでしょうか」と総長に質問しました。

総長は、「池田先生は、人間主義の力をもって世界平和に貢献されるいわば地球人です。そして、池田先生から創造される詩、写真などの芸術性の高さは驚くべきものがあります。芸術は人間性を高めるために必要なものなのです」と感慨深げに語られました。

その後の質問に対しても、総長は一つひとつ丁寧に答えられ、何度も「人間主義」という言葉を使い、池田先生と創価学会の理念に賞賛を贈られていました。

私は「人間主義」という言葉がどのような意味を持つのか、実はよく分かっていませんでした。

でも、総長の話を聞き、「人間主義」とは「人間性」「人間味」を大切にする生き方であり、権威にとらわれない、信頼と友情に基づく人と人との関係の結びつきのことをいうのだと理解できました。

今回の懇談会を契機に池田先生が私たちに教えていただいている「人間主義」の意義についてもっと深く学んでいきたいと思いました。

素晴らしい感動的な話でした。

創価学園は、何と素晴らしい教育の場なのでしょう。

この学び舎から多くの人材が世界へと巣立っていくのは、普段の授業以上に、こうした得がたき経験の場を与えてくれるからだろうとつくづく思いました。

そして、そうした素晴らしい教育環境を築かれてきたのは、ほかならぬ師匠・池田先生です。

私は高等部員の話を聞き、感動するとともに、私たちがこれから果たすべき、極めて重い使命と責任に思いを馳せました。

そして総長が何度も強調された「人間主義」の実践を具体的にどう進めていけばいいのかについて、私たちが改めて真剣に考え、語り合っていかなければならないと痛感しました。

感動さめやらぬうちに、貴重な話を語ってくれた高等部員との対話から始めたいと思います。


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「師弟不二の精神を継承するために」という記事を12回にわたって公開してきました。

10回までは師弟の「精神」を継承してくため心がけていくべきことについて述べ、続く11回からは、創価学会恒久化への6つアプローチについて私見として述べさせていただくつもりでした。

ただ、6つのアプローチについてどれくらいのボリュームが必要か、ざっと考えてみたところ、一つにつき、5ないし6回の紙幅は必要とすることが明らかになりました。

ということは、6回×6=36もの大部なものになる恐れが出てきました。

都合、50回も続く記事を一体だれが読みたいと思うでしょうか。

毎日、少しずつ読んでいく分には自然に読めるかもしれません。

でも後からこのブログを知った方にはおそらく読んでいただけることはまず不可能かと考えます。

ということで、誠に中途半端な形となりますが、このタイトル記事については、今回で終了とさせていただきます。

6つのアプローチについては、できれば別の形をもって、もっと読みやすい形で開示させていただくことにします。

最後に。

私はこの記事の元となる原稿を男子部の時、1993年に書きました。前書きにも書いたように、その原稿は男子部全員が「人間革命」全巻を読み、その感想をまとめようと打ち出されたものでした。
枚数は自由とあったので、私はそこに思いのたけをぶつけるかのごとく20数枚にわたって原稿を書き、提出しました。

幹部に対する嫌がらせとか、そういったつもりは全くありませんでした。

とにかく、それが当時の私にとってのやむにやまれぬ思いだったと思えてなりません。

それほどに、私は、「先生のために」と言いながら、内実ある言葉で師のことが語られないまま、考えられないまま、ただひたすら戦いが消耗されていくことに憤りを感じていたのであろうと思うのです。

壮年部へ移ってからは、そういった憤りも影を潜めました。理不尽な圧迫も、無闇な掛け声も壮年部には一切ありませんし、元来が通用しない世界だからです。

つまり壮年部は一切のハード・パワーを受け付けない、究極のソフト・パワーの組織なのです。

私は学生部を卒業して以来、ずっと居心地の悪い思いをしてきたものが、壮年部に移行し、落ち着き場所を見い出すことができたのです。

こんなことを言うと、当時の男子部の戦い方を批判しているように思えるかもしれません。

そういうつもりは毛頭ないことはここに断言しておきます。

ただ、私には合わなかった......という思いが残っているだけなのです。

ゆえに、落ち着き先を見つけた私は、不完全燃焼に終わった男子部時代のタイムロスを取り戻すべく、もう一度、自身の信仰者としての在り方について、このブログでとらえ直していきたいと考えています。

ちょっと締まらない最終回となってしまいましたが、どうかお許しください。

最後に、私が深い感銘を受けた池田先生が師弟について語られた言葉を引用し、この稿の締めくくりとさせていただきます。

戸田先生にお別れした時、どんな立場になろうとも、創価学会を背負っていくと自覚していた。

しかし、会長になり、魔が競い来る。

どれほどの勇気がいったか。

あなたたちには分からない。

私には、家も何もないが、四六時中、恩師の声が駆け巡っている。

私はご本尊に命をかけた。

弟子が、この気持ちに立てれば、必ず広宣流布はできる。

(大白蓮華2008年5月号より)

(おわり)

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このような「自己規律」が適正にそれぞれの「ソフト・パワー」において発揮されなければ、社会は混乱と混沌を招くことは必然で、やがては、以前にもまして厳しい「ハード・パワー」による規制、さらには蹂躙の動きすら起こる恐れがあると思うのです。

さらに「ソフト・パワー」に臨むリーダーの姿勢として、善の価値を予め「判例」として用意しておき、そこに各人の「ソフト・パワー」を当てはめていくような仕方を、池田先生は戒めておられます。

ハーバード講演から引用します。

周知のようにジェスイットは、信仰や布教に際して、良心の従うべき判例の体系を豊富に整えてありますが、パスカルは内なる魂の在り方を重視するジャンセニストの立場から、ジェスイット流のそうした外面的規律や戒律が、本来の信仰をどんなに歪めているかを力説してやまないのであります。

(中略)パスカルは異国におけるそのような信仰の在り方そのものを、必ずしも非難しているのではない。

確かに、やむをえぬ選択を余儀なくされる場合もあるかもしれないが、そこに至るまでに多くの良心の苦悩や葛藤、逡巡、熟慮、決断があるはずである。

それは、良心の内発的な働きそのものである。

にもかかわらず、そうした選択の基準を、あらかじめ判例として外面的に与えられてしまうと、安易にそれに依存する結果、良心は逼塞させられ、マヒし、堕落してしまう。

『易きをもとめる多数』へのおもねりでしかない『良心例学』とは、したがってパスカルにとって、良心の自殺行為にほかなりませんでした。

ここで池田先生は、パスカルに同調する立場をとり、ジェスイットの「良心例学」に批判の目を向けていることは言うまでもありません。

この指摘は、私たちが見逃しがちな重要な視点を示唆して下さっていると思います。

つまり、良心に対抗してくる明確な悪の勢力よりむしろ、この「良心例学」に見られるような良心の内発性を結果的には、押さえ込んでしまう枠組み(イデオロギーと言い換えられる)に対しての懐疑なのです。

「良心」の仮面をかぶった偽善は、私たちの「精神」の中にいとも簡単に入り込み、じわじわと息の根を止めにかかるのです。

しかし、それになかなか気づくことはありません。

私たちは、ここにこそ常に真の「批判」の目を向けていかなければならないのではないでしょうか。

そしてそのために、「内発性(ソフト・パワー)」の意義について私たちはもっともっと深く追求していかなかればならないと思うのです。

同講演から引用します。

ジレンマを伴うそうした苦悩と忍耐と熟慮の中でこそ、パスカル的意味での良心の内発的な働きは、善きものへと鍛え上げられ、人間関係を分断し、破壊する悪を、最小限度に封じ込めることができるのではないでしょうか。

そして、このような内発的精神に支えられた自己規律、自己制御の心ほど、現代に必要なものはないと思われます。

それは生命の尊厳のみならず、人間関係が希薄化しゆく世界に、ともすれば死語化さえ憂慮されている友情、信頼、愛情など、かけがえのない人間の絆を瑞々しく蘇生していくために、貴重な貢献をなしうるにちがいないからであります。

ソクラテスにおいてそうであったように、その労作業は、広い意味で哲学の復権であり、またそのような哲学の土壌に、ソフト・パワーの時代は、真にたわわな果実を実らせるでありましょう。

「ソフト・パワー」という無限の精神の発露を最大限に生かしていくために必要な「自己規律」の力。

それは師の言う通り、私たちが営々と耕す努力を続けていくべき、哲学の土壌がなければ育つことがない、ということをゆめゆめ忘れるべきではないと思うのです。

(つづく)


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きのう、地区部長より「広布の賢者の壮年部」の小冊子をいただきました。

表紙は池田先生が撮影された神宮外苑の銀杏並木の写真でした。

金色に輝き天をつかまんとばかりにそそり立つ銀杏の雄姿はまさに「王者の風格」を感じさせてくれます。

昨年の12月初頭、私は地元の学生部員とともに学会本部を訪れました。
その折、折角来たのだからと、外苑の銀杏並木に足を伸ばしたのでした。

歩道は銀杏の落ち葉のじゅうたんで敷き詰められ、私たちのゆったりとした歩みをやさしく包み込んでくれるかのようでした。

「こんなに落ち着いた気分になれたのは久しぶりだな」と私がつぶやくと、一緒の学生部員は「今、本当に大変な時期ですからね」と私の言葉を受け止めてくれたのでした。

「うん、そうだね、今は本当に大変な世の中になっている。一人ひとりが真剣にそれぞれの生き方について問い直さなきゃいけない時だと思うんだ」と私は、美しい女性たちに視線を集中させている彼の横顔に語りました。

その時、私は思いました。

では、今、私がするべきは何なのか――。

思うところはいろいろある。でも、最もなすべきは、青年とともに成長し、青年とともにこの世の中を少しでもいい方向に変えていくことしかない――。

ならば私は、青年の成長のためなら、何でもさせていただこう――それが私のこの日の決意でした。

ただ、自分がどれだけの力と語るべき言葉をもっているかは自身には分かりません。

しかし、力はもっているから出すのではない、力をつけるために出すのだ、と私は、肚を決め、青年部時代に私が悩み、葛藤し、苦闘してきた中で得たものすべてを若い人たちに語っていこうと思いました。

それが少しでも青年の皆さんに役に立てば本望だからです。

私はこの「ユマニテ」を、そんな思いの中、本格的に取り組み始めたのでした。

そして、12月17日付聖教新聞に「広布の賢者の壮年部」の随筆が掲載され、そこには仰ぎ見てきたばかりの銀杏並木の写真がありました。

感動的でした。

そして、師が私の背中を後押ししてくれたと感じたのです。

池田先生は、随筆の中で、銀杏が「公孫樹」と書かれる場合があるとし、以下のようにつづられています。

「公孫樹」――その名は、"自分のためではなく、未来の世代のために生き抜くのだ! わが生命力を発揮して、歴史をつくるのだ!"と語りかけているような気がしてならない。

私はこの一節を読んだ時、銀杏並木を歩いた時に、まさにその声が私の胸に無意識のうちに届いていたのかもしれない、と思えてなりませんでした。

随筆を読み進めていくうちに、師匠の私たち壮年部に対する慈愛の深さ、そして無限なる期待に目頭が熱くなりました。

先生は、苦難こそ、人間の成長の糧であることをスイスの哲学者ヒルティの言葉を通してつづられています。

「私の生涯から苦しみの時を抹消しようとすれば、よい想い出はぜんぜんのこらないことになるであろう。すべてよいことは苦しみの時間のうちに成長した」

さらに「若さの秘訣」を問われたヒルティの答え「つねに新しいことを学ぶこと」を誇らしげに挙げたことに続いて、こう語られます。

「学ぶ人生」は老いない。

私は決意しました。

生涯にわたって、学びに学んでいこうと。

そして、青年の気概と大志をもって、青年とともに、広布の大道を歩んでいこう、と。

「広布の賢者」という最高級ともいうべき称号をいただいた一人の壮年部員として、残された命を、すべて後世の人たちのために使っていこうと心に誓ったのでした。

「公孫樹」と呼ばれる銀杏の木のごとくに。

そして、私は「公孫樹」の「公」の一字にも重要な意義が込められているのではないかと感じました。

「公孫」とは、一部の限られた後世の人々のことを指すのではなく、「公(おおやけ)の孫」たち、つまり、すべての後世の人々たちのために力を尽くす存在でなければならないという意味が「公」の字に込められている、と。

公私分け隔てなく、世の中をよくしていくために力を尽くす、後世すべての人たちの成長と繁栄のための社会貢献の使命こそ忘れてはならない――という思いが「公孫樹」に備わっているのであろうと思えてなりません。

この小冊子に込められた師の限りなく深き慈愛と期待を、後世に伝えゆくために、日々学び、日々青年と語っていこうと思います。


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第一のソフト・パワー(内発性)について。

池田先生は、この「ソフト・パワー(内発性)」について、1991年のハーバード講演以来、一貫してその重要性を語ってこられました。

軍事力による外交政策から文化的な影響力である「ソフト・パワー」を機軸とした外交のあり方を提唱したのは、ジョセフ・ナイ・ハーバード大教授ですが、その考え方をさらに掘り下げ、一人ひとりの個人の内面の「ソフト・パワー」に光を当てその内発による力こそが世界平和の鍵であることをハーバード講演で、池田先生は示されました。

以下、同講演より引用します。

その際、ソフト・パワーの時代を切り拓く最も大切なキー・ワードとして、私は"内発的なるもの"ということを申し上げてみたいと思います。

ハード・パワーというものの習性は"外発的"に、時には"外圧的"に人間をある方向へ動かしますが、それとは逆に、人間同士の合意と納得による"内発的"なうながし、内発的なエネルギーを軸とするところに、ソフト・パワーの大きな特徴があります。

このことは古来、人間の精神性や宗教性に根ざした広い意味での哲学の本領とするところでありました。ソフト・パワーの時代とはいえ、そうした哲学を欠けば、つまり、人間の側からの"内発的"な対応がなければ、知識や情報がいかに豊富でも、例えば容易に権力による情報操作を許し、"笑顔のファシズム"さえ招来しかねないのであります。

その意味からも、ソフト・パワーの時代を支え、加速していけるかいなかは、あげて哲学の双肩にかかっていると言っても過言ではないでしょう。

この考えに基づけば、「ソフト・パワー」とは、個々人の「好きなこと」「嗜好性」や「志向性」による力のことであり、まさに人間にとって快く、楽しく、喜びをもたらす力なのです。

その力を限りなく活用し、世界平和を築いていこうというのですから、だれも反対のしようがないどころか、だれもが諸手を挙げて歓迎できる世界平和へのアプローチと言えないでしょうか。

私はハーバード講演でこの思想に接し、感動のあまり涙が止まらなかったことを今でも覚えています。

だれの犠牲も伴わない、すべてが勝者「Win-Win」の思想と精神が、「ソフト・パワー」の考え方に息づいているのです。

しかし、同時に「ソフト・パワー」の思想を進めていく上で、忘れてはならない課題も存在します。

「ソフト・パワー」は各人の好みや志向性を重視するものですから、それが社会との間で摩擦が生じたり、受け入れがたい状況を招くことがあります。

「ソフト・パワー」を重視するあまりに生じる「自我」の暴走も重要な課題となってくるでしょう。

ゆえに、「ソフト・パワー」を重んじるのと同時に、車の両輪のように不可欠となるのが、「自己規律」の心となるわけです。

自らの「ソフト・パワー」を自らコントロールする眼と力である「自己規律」は「ソフト・パワー」の社会の枠組み作りを進めていく上での絶対必要条件となるのです。


<SGI会長講演>「ソフト・パワーの時代と哲学」於ハーバード大学



(つづく)


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この師の厳命とも言うべき使命を私たちがどれだけ果たせているでしょうか。

考えてみたいと思います。

十分、考えつくしている――と思う方はさらに深めていくべきであろうと思います。

考えられていない――と思う方は、やはり考えていくべきであろうと思います。

なぜなら、それが師の厳命であるということにかかわらず、そこを考え抜き、尽くしていかない限り、創価学会の恒久化、永遠化は望むべくもないからです。

もしそれを怠るならば、いつか必ず「学会利用の悪人に、かき乱され」る事態を招いてしまうからです。

そのことは、宗門のみならず、学会、そして公明の歴史の中においても繰り返されてきた宿命のような業のようなものなのです。

この宿命転換を私たち後継はなんとしても果たしていかなければならないと思うのです。つまり、組織利用の悪人を二度と出してはならないのです。

師が後継に託した創価学会の恒久化、永遠化は、決して上層部の幹部のみが考えていけばいいということではないはずです。

池田先生は3・16のスピーチでこのように語っておられます。

一、今後、指導者が、できあがった基盤の上に、苦労もせず、会員のために生命を磨り減らすこともなく、要領よく泳いでいく――そのようになったら、おしまいである。
いな、今も、そういう人間はいる。そういう堕落の先輩は、諸君が手厳しく追及すべきである。
牧口先生は「下から上を動かせ」と言われた。
一番大切なのは「法」であり「学会精神である。それを守り抜くためには、上の人間を厳しく戒(いまし)めることが必要な場合がある。
何も恐れる必要はない。
組織が偉大であるから、号令ひとつで、何千、何万という人が動く。
その重大な責任を、指導者が簡単に考えるようになったら、とんでもないことだ。
そうなっては、学会には、もはや魂も生命もなくなる。
それでは、邪道になってしまう。
諸君がいるかぎり、絶対にそうはならないと私は信じる。

師に信じていただいているという私たちの誇りは、同時に「重大な使命」を果たしていかなければならない責任を伴うものです。
ゆえに、その責任をまっとうするためには、繰り返しますが、私たちは思索し思索し思索しぬかなければならないのです。

先生はよくおっしゃいます。

「簡単に考えてはいけない」と。

その意味を私たちは片時も忘れずにいかなければならないと思うのです。

そして、師がおっしゃる通り、「下から上を動かせ」を、最大限、あたうる限りの思索と思慮によって進めていくことが求められていると思うのです。

そのことについて、私を含め、すべての後継者がそれぞれ考えいく必要があるのですが、そのきっかけとして、私がこれまで思索してきた「創価学会の恒久化のための6つのアプローチ」について、ここで紹介をさせていただきます。

その6点とは

(1)ソフト・パワー(内発性)

(2)寛容の精神

(3)多様性

(4)宗教のヒューマナイゼイション

(5)漸進主義

(6)対話

――です。

これらは、一見して分かるように、池田先生が、講演をはじめ、各種提言、対談等で訴えてこられた内容です。

一つひとつのアプローチについて、池田先生の言葉から引用しつつ、考えてみたいと思います。


(つづく)


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壮年部の2009年活動大綱が発表されました。

活動のポイントにはこうあります。

「青年・勝利の年」は、われら"壮年勝利の年"でもあるとの決意で、青年とともに戦い、すべてに勝利していきたい。

その通りだと思います。
青年の年だから......といって、壮年が青年の戦いを傍観しているわけにはいきません。
むしろ壮年が勢いを示すことで、青年たちに影響を与えていくくらいの気概と迫力が求められると思います。

今回発表された活動大綱の中で、私が特に注目し、自分の地域でぜひ実現させていきたいと思う項目について述べさせていただきます。

それは「1、創立80周年へ 壮年の陣列を拡大」の「(2)毎月の活動リズムの定着」です。

この中で、大綱では、毎月日曜を中心とした壮年の集い(壮年座談会等)の開催が提案されています。

これは素晴らしい提案であると思います。

壮年だけが集まる会合は、四者のものとは違った空気を持つものだと思います。

以前にも書かせていただきましたが、私の地区では毎月1回、日曜日に「壮年懇談会」を開催しました。

当初は地区部長とブロック長さんのみの参加でしたが、地道な家庭訪問(懇談会の前週の日曜日)を繰り返していくことで参加者は次第に増え、最高11名の集いにまで発展させることができました。

この効果は絶大でした。

私が地区部長になって初めて家庭訪問した時、あいさつをさせていただくなり、私に食ってかかる勢いで、学会に対する不満を口にした方がいらっしゃいました。

その方へ、懇談会の参加を呼びかけたところ、実にすんなりと応じていただけたのです。
そしてその方は、懇談会で大いに自分の考えを語ってくださいました。決して不満という角度ではありませんでした。建設的なご意見でした。

私はその時に感じました。
壮年の皆さんは語りたがっているのだ、と。

私の懇談会に対する取り組みは意欲を増していきました。

前週のみの訪問だったのを毎週にし、月1回の懇談会への参加のお誘いに全力を傾けたのです。

それまで座談会等に全く参加されてこなかった壮年の方々が次々と顔を出してくれるようになりました。

そして、私たちが驚くような体験を語っていただけるのです。

ある壮年の方は、ここ数十年来、活動をされていないのですが、かつて関西で戸田先生に直接お会いした話をうれしそうに語っていただきました。

私は感動のあまり涙が止まりませんでした。

もちろん、戸田先生についてのエピソードそのものの感動もありました。

しかし、それ以上に私は恥じ入りました。

それまで未活動の人としか見てこなかった私の傲慢な命が恥ずかしくて仕方なかったのです。

そんな素晴らしい体験と経験を持ち、これまでずっと胸のうちにしまって生きてこられたのだ、なんと信心の世界は奥深いのか、と。

このような話が意図せず沸きあがって出てくるほどに、師が常に私たちに教えてくださっている対話の持つ無限の可能性について、改めて実感することができたのです。

懇談会は2年間(選挙戦の最中においても続けられ、一度も休むことはありませんでした)続き、諸事情により現在は休止状態にありますが、この大綱発表を契機に、まずわが地区からその復活を提案させていただこうと思います。

そしてできれば、今回は青年部を巻き込み、合同の懇談会へと発展させていこうと考えています。

<参考>
創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて(3)壮年懇談会

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さて、ここから先は、「では、同志(未来部)との間で師の思想を求める対話をしてみよう」と思った方のみお読みいただければ結構かと思います。

未来部の皆さんにはやや難しいかもしれませんが、将来必ず向き合っていかなければならない課題ですので、難しくても真摯に対話を続けていくことで、必ずいつかは理解してもらえるものと確信します。

私はここで、師が示された私たち弟子に対する「重大な使命」について、取り上げさせていただこうと思います。

師から私たち弟子に対しては、事あるごとに、「重大な使命」を与えていただいており、それぞれがその受け止め方によって、その使命のあり方も違っていると思います。

それぞれがそれぞれの分野で、使命を果たすがゆえに広宣流布の広がりは可能となるのですから、その使命をまっとうしていくべきことは間違いありません。

ただ、ここで申し上げたいことは、私たち後継の者たちが共通認識とすべき「重大な使命」についてなのです。

私はそれを1998年3月16日に行われた青年部「3・16」記念大会での池田先生のスピーチに求めたいと思います。

中でも、襟を正して受け止めるべきは、師の以下の言葉ではないかと思うのです。

一、諸君の使命は、大切な創価学会を「恒久化」することである。
「永久不滅の創価学会」を築くことである。
それ以外に、広宣流布の流れを永遠化することはできないからだ。
絶対に、学会利用の悪人に、かき乱されてはならない。見破っていかねばならない。

一、では、創価学会を永遠化し、広宣流布の永遠の流れをつくっていくには、どうすればよいのか。
それは、優秀な諸君自身が思索し、実行する以外にない。
また、あらゆる次元から論じることができよう。
それを前提にして、きょうは、根本的次元から、一端を語っておきたい。思索の糧にしていただきたい。

池田先生が私たち後継に託されたことは、創価学会の恒久化、永遠化であり、それを果たすために思索し、実行しなさい――ということにほかなりません。

ならば、私たち後継者は、師から託された後継の魂のバトンを確実に後世に伝えていくために、「思索し、実行する以外」にありません。

(つづく)


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「師弟不二の精神」とは、師の思想との対話の作業であるという一つの結論は述べさせていただきましたが、この結論をもって終わってしまっては、ならないと思うのです。

なぜなら、自分との心との対話、師との対話のみで終わってしまっては、私たちが目指すべき広宣流布への行動へとつながっていかないからです。

自分との対話、師との対話の先に求められるもの――既に皆さんには想像がついているのではないかと思います。

そうです、友人との対話です。この偉大な仏法を、創価学会、池田先生の素晴らしさを語っていくための対話です。

そのことは皆さん、各部において目標を掲げ、着実に進められていることだと思います。

そこで、私はここに、一つの提案をさせていただきます。

師との対話と友人との対話の作業の間に、もう一つ、いや二つ、対話の行程を入れることを検討していただきたいのです。

二つの対話の行程とは、同志との対話、そして未来部との対話です。

まず、同志との対話について。

「十分すぎるくらいできている」という方も多いと思います。それは間違いないことでしょう。

ただ、私がここで申し上げたいのは、師匠である池田先生の、言葉と指導と思想に基づく対話のことです。

「この時のスピーチで、池田先生はこのようにおっしゃっているが、これはどういう意味が込められているのだろう」
「先生は今年のSGI提言で、このような問題提起をされている。このことは私たちはどうとらえていけばいいのだろう」
「先生が会われた識者との対話の中で、こういう言葉があった。このことと広宣流布の関係性は?」

等々......。

こうした師の思想に迫る対話のアプローチは極めて大切なことと思うのです。

同志の間で触発が生まれます。師の思想を共有できたという感動が生まれます。その感動を友人に伝えたいという気持ちが沸き起こります。

この過程を抜きにしてしまうと、さて、いざ友人に語ろうとしても、「何から語っていけばいいのか」とはたと困ってしまうことは少なくないはずです。

私が思うに、この過程が抜け落ちている場合が多いということが、青年部時代を通して感じてきた課題点だったと思います。

もう一つの未来部との対話について。

未来部の皆さんとのかかわりは、21世紀使命会の皆さんを中心にこれも十分できているはずです。

しかし、対話という形で、どこまで師の理念や思想について語り合っているでしょうか。
会合等では語られていると思うのですが、私が訴えたいのは対話です。

私の経験から言っても、未来部との対話の機会は決して多くありません。

家庭訪問の対話では、それぞれに対する励まし等はあっても、後継の使命について自覚を深めてもらうためという一歩踏み込んだ対話は難しいのではないかと思うのです。

必要なことは、未来部員自身に語ってもらうことだと思うのです。

彼らが能動的に語ることで、その自覚は深まり、私たちにとっても学ぶことは多いはずです。

同志との対話、そして未来部との対話。

この二つは将来の師弟の精神を後継していくために不可欠な取り組みであろうと思います。

※小単位のグループによる対話の必要性については、先に述べさせていただきました。

創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて(4)



(つづく)


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自己省察の眼による自分の心、精神との対話によって、さまざまな課題が見えてくると思います。

自身の乗り越えがたい壁。人間関係の悩み。家庭、仕事、組織、そして病気等々......。

自身が今、取り組むべき課題が明確になったところで、第二段階として、必要になるのが、師匠との対話ではないかと思うのです。

池田先生は戸田先生との対話を60年間にわたって続けられ、その対話は今もなお続けておられます。

その師弟の対話が、創価学会の土台となり、発展をもたらし、世界192カ国へと広げ、世界中からの賞賛を得るに至るという勝利劇の原動力であったことは、これまで池田先生が何度も私たちに語ってきてくださいました。

この師との対話、胸中での対話こそが、「師弟不二」の「精神」を継承していくための眼目中の眼目であろうことは、間違いないと思います。

私たちは、月に一度、衛星中継というシステムを通して、ほぼ生に近い師匠とお会いすることができ、懇談的な話をうかがうことができています。

とはいえ、私たちは常に師匠に直接の指導、薫陶をいただくというわけにはなかなかいきません。

ゆえに、池田先生の戸田先生に対する師弟のあり方が重要になると思うのです。

つまり、池田先生が、戸田先生がお亡くなりになってからされてきた、戸田先生が残された言葉、指導、そして思想との対話です。

池田先生は、私たちに無尽蔵とも言うべき、指導と思想を既に与えてくださっています。
私たちが、そして私たちの後世の人たちが、なすべきは、池田先生が残された言葉、指導、そして思想とのたゆみなき対話である――これこそが私たちが継承すべき、「精神」そのものではないかと思うのです。

(つづく)


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重要なのは、自己省察の眼と申しました。

しかし、この自己省察の眼を持つ、養うということは簡単なことではないと思われます。簡単どころか、極めて難しいと言った方が正確なのかもしれません。

では、自己省察の眼とは具体的にどのような行為を指すのかについて考えてみたいと思います。

一言で言えば、自分の心を見つめる眼ということでしょう。

もう少し詳しく言えば、自分の心を見つめ、省み、観察し、判じるとともに、進むべき方向性を決めていく――という極めて複雑な精神の働きを要する作業になると思われます。

難しい、とは言いましたが、こうした作業は、実は私たちの中で、無意識に行われていることだと思います。

人が朝起きて、一日の活動を終えて眠るまでの間、心や精神は懸命に働いてくれています。
私たちはそれら一つひとつを特段、深くとらえることなく、ほぼ無意識のうちに常に心を働かせているわけです。

自己省察の眼は、その無意識のうちに、健気に働いてくれている心と精神に対し、「意識」して働きかけることではないかと思うのです。

「きょうはどうだった?」「がんばったね」「あそこはこうすればよかったよね」等々......。

一日の行動を振り返った時、さまざまな思いが蘇ることで、自分の心との対話が自然に成立しているはずです。

これも一つの自己省察の眼の作業そのものであろうと思うのです。

その自己省察をどこまでも限りなく深めていく――これこそが先に述べた「一念に億劫の辛労を尽くす」という境地をもたらすのではないか、私はそう考えます。

以上、考えてきた結論を申します。

自己省察の眼とは、自身の心、精神との真摯かつ真剣な対話の作業である――と。

これが師弟の不二の「精神」を理解するための不可欠な第一段階であると私は思うのです。

(つづく)


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きのう、学生部の活動方針に触れながら、読書についての私の決意発表をさせていただきました。

もう一度、確認の意味でここに記します。

(1)名誉会長の対談集50冊を読破する
(2)対談集を含め、年間100冊の良書を読了

これをいかに達成するか。なかなかの難題です。

まず対談集から考えてみます。

下記の表は私が知りうる限りでまとめてみた先生の対談の一覧です。全50冊(分冊は1冊と計算)。

左の◎は読了。○は購入しているが読みかけ、もしくは未読を表します。

「自分はずいぶん対談を読んできた」と自負していたのですが、なんと読了はわずか13冊、読みかけもしくは未読が6冊。

なんと合わせても半分に満たない19冊にとどまり、「かなり読んでいる」どころか、「わずかしか読んでいない」ことが、集計により判明しました。

要購入は31冊、読みかけの6冊を併せて37冊の読了に今年は挑戦していくことになります。分冊のものもありますので、ほぼ週に1冊というハイペースを要求されることになります。
読み飛ばしとなってしまっては本末転倒なので、自分のペースを保ちつつの読了に挑戦していくつもりです。
できなければ来年に回せばいいので。そこは柔軟に構えることにします。
目的はあくまでも、師の思想を学び、対話の芸術に触れていくことにあります。

まずは読みかけのまま、読了に至っていない、重書中の重書、アーノルド・J・トインビー対談「二十一世紀への対話」全3巻から取り組むことにします。

読了の進捗状況について、下記表をもって、皆さんに公表させていただこうと思います。

皆さんも下記の表でチェックされてみてはいかがでしょうか。

もし「抜け」等がありましたら、コメントにてご指摘いただけるとうれしいです。



リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー   文明 西と東
1972
  根本誠   古典を語る 1974
  松下幸之助   人生問答 1975
アーノルド・J・トインビー   二十一世紀への対話 1975
アンドレ・マルロー   人間革命と人間の条件 1976
  井上靖   四季の雁書 1977
ルネ・ユイグ   闇は暁を求めて 1981
アウレリオ・ペッチェイ   二十一世紀への警鐘 1984
ブライアン・ウィルソン   社会と宗教 1985
  ヘンリー・A・キッシンジャー   「平和」と「人生」と「哲学」を語る 1987
  アナトーリ・A・ログノフ   第三の虹の橋 1987
  カラン・シン   内なる世界 1988
  ヨーゼフ・デルボラフ   二十一世紀への人間と哲学 1989
ライナス・ポーリング   「生命の世紀」への探求
1990
  常書鴻   敦煌の光彩 1990
◎  チンギス・アイトマートフ   大いなる魂の詩 1991
ノーマン・カズンズ   世界市民の対話 1991
  チャンドラ・ウィックラマシンゲ   「宇宙」と「人間」のロマンを語る 1992
  アナトーリ・A・ログノフ   科学と宗教 1994
ヨハン・ガルトゥング   平和への選択 1995
  アウストレジェジロ・デ・アタイデ   二十一世紀の人権を語る 1995
ミハイル・S・ゴルバチョフ   二十世紀の精神の教訓 1996
  パトリシオ・エイルウィン・アソカル   太平洋の旭日 1997
金庸   旭日の世紀を求めて 1998
  アリベルト・アナトーリエヴィッチ・リハーノフ   子どもの世界 1998
  アクシニア・ドブレヴァ・ジュロヴァ   美しき獅子の魂 1999
  ギー・ブルジョ ルネ・シマー   健康と人生 2000
  マジッド・テヘラニアン   二十一世紀への選択 2000
  シンティオ・ヴィティエール   カリブの太陽 正義の詩 2001
  デイビッド・クリーガー   希望の選択 2001
  ヘイゼル・ヘンダーソン   地球対談 輝く女性の世紀へ
2002
  ロケッシュ・チャンドラ   東洋の哲学を語る 2002
  ヴィクトル・A・サドーヴニチィ   新しき人類を 新しき世界を 2002
  蒋忠新 季羨林   文明てい談 東洋の智慧を語る 2002
  趙文富   希望の世紀へ 宝の架け橋 2002
ヴィクトル・A・サドーヴニチィ   学は光 2004
  アレクサンドル・セレブロフ   宇宙と地球と人間 2004
  趙文富   人間と文化の虹の架け橋 2005
リカルド・ディエス=ホフライトネル   見つめあう西と東 2005
ジョン・ケネス・ガルブレイス   人間主義の大世紀を 2005
  ベッド・P・ナンダ   インドの精神 2005
  ジョエル・マイアソン ロナルド・ボスコ   美しき生命 地球と生きる 2006
  エリース・ボールディング   「平和の文化」の輝く世紀へ! 2006
  ジョゼフ・ロートブラット   地球平和への探求 2006
  モンコンブ・S・スワミナサン   「緑の革命」と「心の革命」 2006
ドゥ・ウェイミン 対話の文明 2007
フェリックス・ウンガー 人間主義の旗を 2007
ヌール・ヤーマン 今日の世界 明日の文明 2007
  ドジョーギーン・ツェデブ 友情の大草原 2007
ハービー・コックス 二十一世紀の平和と宗教を語る 2008
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【研さん】

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私がここで強調したいことは、組織という形態をとるものは必ず本来の目的から遠ざかった目的を目指すようになる、といった組織がもつ根本的傾向、宿命に、もっと厳しい目を向けていかなければならないのではないか、ということなのです。

もちろん私は組織自体を悪いと言っているのではありません。

組織が一人歩きし、暴走し、手がつけられないような状態になることを防ぐのは、組織を構成する一人ひとりの内なる「精神」の働き以外にないと思うのです。

「会員のための組織」であるはずのものが、いつの間にか「組織のための会員」となってしまっているケースを、先程、選挙戦における派遣幹部の例で挙げました。

この例は決して特殊な例では決してないと思います。

だからこそ、池田先生は、後世の戒めのためにと、あえて「人間革命」に記されたに違いないのです。

その意味で、私たち弟子が「精神」を継承していく上で、心していかなければならないことについて考えてみたいと思います。

派遣幹部のケースから考えてみましょう。

私たちが最も陥りやすいケースだと思われるからです。

先程も述べましたが、派遣幹部の最大の過ちは、形のみ、スタイルのみに執着したことでした。

なぜ、根本「精神」が失われてしまったのでしょうか。

そのことは、本人に聞かなければ知る由もありませんが、私が思うに、この派遣幹部は、「自己省察」の眼をもたなかったからだと思うのです。

この派遣幹部は、戦いに懸命のあまり、自己を客観的に把握し、分析し、進むべき方向性を模索していこうという「自己省察」の眼を持たなかったがゆえに、自滅を招いた、と言えないでしょうか。

「一念の億劫の辛労」ということも、つまるところ、すべての主観、客観情勢をかんがみた上で、自己の「精神」の中で、あたうる限りの思索を巡らし、最高の判断を下していくという無上の自己省察のあり方と言っていいのではないでしょうか。

この自己省察の眼こそ、人が無限の成長を期していくために最も重要であり、同時に組織が陥りやすい"宿命"を転換していくための必要条件だと思うのです。

(つづく)


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【師弟不二】


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2009年の学生部活動大綱が聖教新聞にて発表されました。

一人一人が「指導者革命」の使命に燃え、モットーである「一、『普賢の知性』を磨け! 一、『広布の先陣』を走れ! 一、『破邪の言論』で勝て!」を徹底して実践し、邪悪を倒す知力を発揮し、民衆に奉仕する一流のリーダーへと成長する。

知性、知力を磨くことは、学生部にとっての最重要かつ普遍的なテーマであることは間違いありません。

そこで、私は今回の大綱の中で、以下の項目について、特に注目したいと思います。

<研さん>

Ⅱ、池田名誉会長の指導、著作の研さん

(1)名誉会長とトインビー博士との対談集『21世紀へと対話』、月刊誌「第三文明」に連載の「21世紀のナポレオン」をはじめ、日常的に名誉会長と学識者の対談集を研さんする。会合等において研究発表を行い、研さんの成果を発揮する。

Ⅲ、学業に勝利し、各分野で第一人者を目指す

(1)一流の知性と人格の基礎を築くために、年間100冊の良書読了に挑戦する。

私は学生部を卒業して既に長い歳月が経っているのですが、さまざまな意味で、学生部時代の経験は私の信仰生活の大いなる原点となっています。

とりわけ、生涯にわたる研さんと人間主義の宗教の実現を誓ったのは、学生部時代ですから、私にとって学生部の存在は今なお、とても大きいのです。

徹底して学んでほしいですし、いやというほど対話をしてほしいと思います。
なぜなら、社会人になれば、学ぶこと、対話をすることも学生部時代に比べると激減というほど限られてくるからです。

ところで、私はこの活動方針を機に、自分の勝手なる目標を立てました。

(1)名誉会長の対談集50冊を読破する
(2)対談集を含め、年間100冊の良書を読了

この2点に挑戦していきます。

先日、地元の学生部の人と話す機会があり、「先生の対談集を学んでいくことになったんですよ。でも買うお金がないんです」と彼は話しました。
私は「自分で買った方がいいとは思うけど、どうしても厳しければ、持っている本を貸してあげるよ」と約束しました。

対談の読後感想の対話を彼と交わしながら、ともに研さんしていこうと思います。


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【人材】


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毎日新聞 2009年1月8日 地方版〔東京都内版〕より転載

「前向き」多摩・文京のみ

 地方議会の権限や情報公開を明確化する「議会基本条例」の制定が全国で相次ぐ中、都内では初めて多摩市議会が制定する見通しになったほか、文京区議会も具体的検討を始めた。しかし他地域と比べて動きは低調で、専門家は「財政危機や自治意識の高まりがないと機運が生まれにくい」と指摘している。【井崎憲】

 財政的に恵まれ、自治意識希薄?

 議会基本条例は、「首長の追認機関に過ぎない」との批判や政務調査費問題で議会不信が高まり、会議規則や申し合わせ事項だった議会ルールを明確にして住民にも議会活動を公開しようと04年から各地で制定が始まった。早稲田大学マニフェスト研究所の集計では1月7日現在、32の議会で制定され、45の道府県と市町議会が制定を検討する大きな潮流となっている。

 制定された条例の多くは、議決事項の追加による議会の監視機能強化や、議員の質問趣旨を確かめるために執行部の反問を認めたり、情報公開のため住民への議会報告会の開催を定めている。

 多摩市議会は「定数削減など目に見える改革以外に、議会のコンセプトを明確にする必要がある」として、政策機能強化や討議の活発化、市民参加を柱に条例案の骨子づくりを進める。3月以降に条例案を提出し、09年度中の制定を目指す。

 これに続く文京区は今年度から議会運営委員会が検討を始めた。次期統一地方選(11年)までの条例制定を目指すことで各会派は意思統一しているが、条例内容の議論はこれから。議運の白石英行委員長(自民)は「議決権についても、自らの責任が重くなるため会派によって意見の違いはある。しかし改選前に条例を使って検証もしてみたいので地方選前年までに制定させたい」と話す。

 一方で他の特別区の動きは乏しい。新宿区議会は議会改革の一環で先進事例を調査しているが、「各区議の意見を出してもらっている段階で、制定が前提ではない」(議会事務局)という。

 早大マニフェスト研の草間剛研究員は「制定自治体は都市部以外の自治体が目立つ。それは、議員と住民の距離が近く、財政危機を機にチェック機能を問われた議会が住民との関係や自らの役割を見直していった結果。その点、都内は財政的に恵まれ、地方自治の意識もそれほど高くなく、制定の動きがにぶいのではないか」と話している。

-------------------------

 ◆議会基本条例を制定した地方議会◆
(早大マニフェスト研調べ、09年1月7日現在)


 <04年>
福島県須賀川市議会

 <06年>
北海道栗山町議会
神奈川県湯河原町議会
三重県議会

 <07年>
三重県伊賀市議会
北海道今金町議会
岩手県一関市議会
島根県出雲市議会
茨城県鉾田市議会
京都府京丹後市議会
鳥取県南部町議会
島根県邑南町議会
北名古屋市議会

 <08年>
宮城県松島町議会
山形県庄内町議会
埼玉県ときがわ町議会
北海道知内町議会
大阪府熊取町議会
福島県会津若松市議会
福島県議会
神奈川県大井町議会
福島県大玉村議会
鹿児島県薩摩川内市議会
千葉県松戸市議会
岩手県議会
大分市議会
福岡県久留米市議会
神奈川県議会
松江市議会
長崎県大村市議会
徳島県北島町議会
滋賀県東近江市議会

<関連記事>
三重県伊賀市議会が起こした革命的ゆらぎ―全国初の議会条例(その1)

三重県伊賀市議会が起こした革命的ゆらぎ―全国初の議会条例(その2)


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【政治参加】
【民主主義】

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この派遣幹部の最大の「思い違い」は、戸田先生の「精神」を深く理解せず、ただ安易に「指導」というスタイルだけを真似て、会員に相対してしまったということに尽きるでしょう。

先にも私が述べたように「精神」の所産というものは、単純に、また簡易な形をもって、臨む対象のものでは、決してないはずです。

池田先生は、戸田先生の「精神」にいかなる姿勢で臨んでいたのでしょうか。

同じ選挙戦の中で池田先生は、こう記されています。

山本伸一の昭和31年の関西での歴史的な戦いは、このようにして始まったのであったが、彼には、歴史的などという自覚は、全くなかった。

また、一念に億劫の辛労を尽くしているとも思わなかった。

彼は一人で、だれよりも深く考え、誰よりも深く考え、誰よりも悩み、誰よりも悩み、誰よりも勝利を決意し、それゆえに、夜となく、昼となく精進を専らにしていた。つまり――涌出品の『昼夜ニ常ニ精進ス為メノ求ンカ仏道ヲ故ナリ』の文のごとくに、地涌の戦士としての実践を貫いていた。

来阪以前に、数カ月にわたってつづいていたのである。

涌出品のこの文を、日蓮大聖人は御義口伝で次のようにおっしゃっている。

『此の文は一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり』

いま、山本伸一は、一念のなかで無意識のうちに億劫の辛労を尽くした信心のうえに、尊い仏智が、いつしか彼の頭脳に宿りつつあったといってよい。(「一念」の章)

また、長い引用をしてしまいましたが、わざわざ長文を引いたものも、先の派遣担当幹部と池田先生とのあまりに大きな「精神」の隔たりを確認したかったからです。

池田先生は戸田先生に学び、ついていく上で何よりもその「精神」を生命の上から体得されました。

その上で、戸田先生の指導のとり方、指導の在り方を学び、自分のものとされていったはずです。

しかし、その派遣幹部は、どうだったのか。辛労を尽くし切り、精進に精進を重ねて戸田先生の「精神」を学ぶプロセスを省略して、単に形だけを安易に取り入れてしまった(つまり、表面上の指導の仕方など)。

このことが、この派遣幹部の"悲劇"、いや、この派遣幹部の、ではなく、形ばかりの"指導"を無理強いさせられた会員の方たちの"悲劇"を招いたと言っていいでしょう。

このような"悲劇"は人間が営々と繰り返してきた歴史の中で、拾い上げれば、枚挙にいとまはありません。

近くを見るだけでも、理想を掲げつつ、民衆を塗炭の苦しみに追い込む形で瓦解したマルクス・レーニン主義による政治。

そして、こともあろうに、大聖人の「精神」を踏みにじり、奈落の底に落ちていった宗門。

私はここで宗門を討つために論を展開するつもりはありません。

その役割は、ひとまず「創価新報」等にゆずりたいと思います。

(つづく)

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【師弟不二】


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私たちは「師弟の道」を学び、「精神」の継承を誓います。

池田先生が、戸田先生のもと歩んだ道程を私たちも歩みたいと願います。

しかし、当然ながら、人によって「師弟」「精神」のとらえ方、そして理解の深さなどはおのずと違ってくるでしょう。

この違いというものが、それぞれの個性、つまり桜梅桃李の原理する相違であれば、それでいいことだと思うのですが、中には全くの思い違いを生ずるケースが出てきます。

問題は、そういった場合でしょう。

さて、今、「思い違い」という言い方をしました。

この「思い違い」ということについては、これまで、学会を去っていった根本から反逆のことしか頭になかった輩のことではありません。

こういった徒輩は「精神」の継承という意味では論外と言っていいでしょう。

ここで挙げた「思い違い」とは、「師弟」、そして「精神」を学び理解しようと純粋に努力しているにもかかわらず、微妙にずれを生じてしまう人のケースを指します。

「人間革命」で、このケースが最も端的に描かれている場面は、第10巻「脈動」の章に出てきます。

選挙戦にあって、地方に派遣された幹部の中に、予定候補の名前を短日月に浸透させることの難しさゆえ、たちまち焦燥にかられて戸田先生の指示の根本を忘却し、連戦即決の気構えで、会員をただちに選挙活動家に速成しようと焦る幹部が出てきます。

そして、飛び出す「闘争圏外」という有名なセリフです。

このくだりを読んで、だれもが、この焦り狂った派遣幹部の醜態を笑うはずです。

10人が10人、この派遣幹部の間違い、「思い違い」を指摘するでしょう。

それでは、この派遣幹部は、何を思い違いしたのでしょう。

「脈動」の章で、先生は、この幹部について、次のように言及されています。

この担当幹部は、最初から捨て身でかかっていたことは確かであった。

そして、弘教に活躍する勇敢な闘士たちは、ただちに、このたびの戦いの積極的な活動家にそのまま一変するものと、彼はなんの疑いも抱かず思い込んでいたのである。

彼が拠点を回ってみると、彼の心情と素朴な地方会員の心情との間には、はなはだしい落差があったのである。

ただの指示でも、ただの命令口調でも、人々は決して満足に動かないことを知らなければならなかった。

この落差をいかにして見事に埋めるかということに――幹部としての忍耐と指導力と使命のすべてがあると反省させられるべきであった。

ただ全国区候補が、獲得しなければならない莫大な票数だけが、重々しく彼の頭を占めていたが、拠点、拠点における獲得すべき票数をいたずらに読んで、是が非でもそれを押し付けることによって、彼は早く安心したかったのだろう。

功を焦る彼の焦心は、創価学会が言明した公明選挙を人々が理解する前に、地方会員をいたずらに困惑と恐怖に陥れてしまったといってよい。

彼は行く先々の拠点で恐怖とともに闘争圏外者を次々と作っていった。そして指導といいながら、多くの貴重な戦力をつぶしていたことに気がつかなかった。

大変長い引用になってしまったが、これは重要な問題であると思われるので、改めて書きとめさせていただきました。

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【師弟不二】


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2009年1月6日付朝日新聞に興味深い記事が掲載されました。

ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏のインタビュー記事です。

ユヌス氏はバングラデシュの経済学者で、グラミン銀行という貧しい人向けの銀行の総裁です。

私はユヌス氏が取り組んできた貧困解消への献身的闘争に感銘と共感を覚えました。

氏のインタビューの骨子は、

(1)金融危機の原因は市場への過度な信頼
(2)金融危機の最大の被害者は30億人の貧困層
(3)食糧・エネルギー・環境危機も忘れるな
(4)誰もが分け前を取れるグローバル化を
(5)社会貢献目的の新企業モデルを市場に
(6)アジアの「無私」の伝統は危機の時代に生かせる

というもので、現在の世界経済危機の本質をずばりと突くとともに、その根本的解決策について、提言しています。

私が共感を覚えたのは、貧困者救済のための仕組みはもちろんなのですが、氏がこの事業に乗り出すことになった動機とその熱き思いについてです。

その詳しい経緯については、All Aboutの「ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏とは?」で紹介されています。

1974年の大洪水によりバングラデシュは5万人に及ぶ餓死者を出す災害に見舞われました。
その惨状を目の当たりにしたユヌス氏(当時、チッタゴン大学経済学部長)は大学近くの農村で、聞き取り調査を開始します。
声に耳を傾けた42人が欲していたものは、27ドルの現金だったというのです。
ユヌス氏は、27ドルをその場で無担保、無期限で貸したといいます。

富める者に金を貸す銀行はあっても、貧しい者は担保がないからと拒絶される。こんな理不尽があるものか、とユヌス氏は「弱者のための銀行を作ろう」と決意し、大学教授の職を辞し、83年のグラミン銀行の創設とマイクロクレジットという小額融資制度の実現を果たしました。

そして、その功績が認められ、氏は2006年にノーベル平和賞を受賞するのです。

100年に一度の経済危機と言われる状況にあって、先行きの見えない不安が私たちにも襲ってきています。

こうした危機の時代にこそ、私たちは、この危機を克服する方途――従来の富める者のみがますます富めるという偏向した資本主義を見直した、平等に経済的恩恵が行き渡る経済のあり方――の模索が求められていると実感します。

私が氏のインタビューの中で最も印象に残ったのは、「すべての人間には利己的な面と、無私で献身的な面がある。私たちは利己的な部分だけに基づいて、ビジネスの世界を作った。無私の部分も市場に持ち込めば、資本主義は完成する」という言葉です。

「現在の資本主義は完成した物」と思い込んでいた私にとっては目がうろこが落ちた瞬間でした。

氏の理念と行動について、学び、危機に立ち向かうための知恵を創造していくために、参考にさせてもらおうと思います。

グラミン銀行  ムハマド・ユヌス総裁に聞く(朝日新聞より転載)

ノーベル平和賞のユヌス氏「日本企業に社会貢献期待」(asahi.com)



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【社会貢献】


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週刊アジア 新年特集号(2009年1月6日付朝日新聞より転載)

グラミン銀行 ムハマド・ユヌス総裁に聞く

利益追わぬ投資を

 世界的な金融危機が衝撃を与えた08年。その突風はアジアでも吹き荒れました。貧困問題の解決に取り組んできたバングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏(グラミン銀行総裁)は危機を克服するカギとして、社会問題に取り組む新しい企業モデルを提唱しています。(ダッカ=小暮哲夫)

■金融危機に学ぶ

 ――08年の最も大きな出来事の一つが金融危機でした。金融危機は、私たちが金融の世界を、完全に理解していなかったことを示した。市場は最高で「見えざる手」がすべて解決してくれる、と信じ込まされていた。金融市場をカジノのように使い、実体のないものを信じていた。

 一握りの金持ちが起こした危機で生活が直接打撃を受けたのは、工場が閉鎖し、職を失った世界に30億人いる底辺の人々だ。今、巨額の企業救済を議論しているが、職を失った貧しい人々の救済策を話し合っている場所は無い。皮肉なことだ。ここで触れないといけないのは、金融危機は08年の様々な危機の一つ、ということだ。食糧危機も起きた。エネルギー危機もあった。高騰した石油価格は収まったが、問題は消えていない。以前から環境危機も続いている。これらの危機は関連しあう。私たちは、全体のシステムを再設計しなければならない。今やらなければならない。

――これらの危機に関連するグローバル化や自由市場について、どう考えますか

 グローバル化は、だれかが設計したものではない。人類の登場以来、常に人の移動はあった。その過程は変えられない。問われなければならないのは、正しいグローバル化か、誤ったグローバル化かということ。強く豊かな者がすべてをとり、弱く小さい者は何も手に入らないのではなく、公平に分け前を取れるようにすべきだ。「マネーパワー」ですべてを分捕るのはよくない。誰もが自分の場所を確保できる。それがグローバル化の正しい精神だ。

 自由市場は良いことだ。でも、私たちは市場を誤って使っている。金融制度をただす前に、それを生んだ資本主義をただすべきだ。私たちは資本主義を誤って解釈している。ビジネスとは金もうけのことで、利益の最大化がその使命と言う。この解釈は人間を金もうけの機械と見なす。誤った解釈だと思う。

■満足感を求めて

 すべての人間には利己的な面と、無私で献身的な面がある。私たちは利己的な部分だけに基づいて、ビジネスの世界を作った。無私の部分も市場に持ち込めば、資本主義は完成する。私はそれを、「ソーシャル・ビジネス」(社会的企業)と呼ぶ=図。投資家は特定の社会問題の取り組みに投資する。社会的企業は損失も配当もない、社会に貢献する目的を持つ会社だ。貧困解消や健康、貧しい人の住宅問題、環境問題など様々な事柄に取り組める。私たちは、フランスの乳製品会社ダノンと「グラミン・ダノン」(※2)という会社を設立した。栄養価の高いヨーグルトを生産し、栄養不足の子どもたちに低価格で売っている。目的は金もうけではなく、栄養不足の解消だ。バングラにはヒ素の汚染水の問題がある。飲料水の問題に取り組む「グラミン・ベオリア」という会社も設立した。

――その仕組みは

 投資した金は、可能な期間で会社に元本を返済してもらう。利益を生むかもしれないが配当を受けない。金銭利益でなく、安全な水の提供で満足感を得られるからだ。

――会社の利益の使い道は

 利益はビジネスの改善、拡大に使う。ダノンもベオリアも自ら利益を取らない。私たちとこの条件で合意した。

――配当なしで、投資家の関心が集まるでしょうか

 考え直してほしい。従来の慈善事業への代わりに、新しい会社を立ち上げてみては、と言っているのだ。社会で納得できないことがあり、変えたいと思えば、デモをする。警察が阻むかもしれない。それでもデモをするのは、「無私の部分」が望むからだ。そういう心が社会的企業を生む。

――あなたが考案したマイクロクレジット(小額融資)=※1=との関連は

 グラミン銀行を作った意図は、自分の利益でなく、貧しい人に起業を促し、収入を生むこと。路線は同じだ。

■「無私」残るアジア

――中国やインドが台頭しています。従来の路線で進んだ場合、両国の貧困は解消できますか

 両国とも劇的に貧困を減らしている。グローバル化と利益の最大化を目指す経済が、貧困問題にも効果があるということだ。しかし、世界で最も豊かな米国には貧しい人々がいて、実に4700万人が医療保険を利用できないと伝えられている。保険が民間企業によるものだからだ。民間経済は、貧しい人々を放置してしまう。
 中印が同じ道をたどるならば、人口から考えて、その3倍、4倍の人々が保険を使えないことになる。人間の「二つの面」がともに機能する資本主義を完成させないと、貧困は将来も残るだろう。

――アジアにある自給自足とか助け合いなどの伝統をどう生かせるでしょうか

アジアでは、老いた両親の面倒を見るなど「無私(セルフレスネス)」の伝統が欧米より残っている。家族は社会の最小単位で、そこから地域社会への貢献を感じ、人生をささげたいと思う。この伝統は、経済の世界では社会的企業の創設で表現できる。

――日本への期待は

フランスの人々が社会的企業を始めたが、日本の人々も重要な役割を果たせる。利益の最大化を夢見る眼鏡を外し、社会的企業の眼鏡をかけてみては、どうか。世界が全く違って見えるだろう。日本企業には社会貢献の基金がある。それを慈善事業の代わりに使える。

<ユヌス氏の発言骨子>

(1)金融危機の原因は市場への過度な信頼
(2)金融危機の最大の被害者は30億人の貧困層
(3)食糧・エネルギー・環境危機も忘れるな
(4)誰もが分け前を取れるグローバル化を
(5)社会貢献目的の新企業モデルを市場に
(6)アジアの「無私」の伝統は危機の時代に生かせる

ムハマド・ユヌス Muhammad yunus 経済学者。グラミン銀行総裁。40年、英領インド北東部のチッタゴン(現在のバングラデシュの第2都市)生まれ。60年代に奨学金を得て米国に留学。70年に米バンダービルト大で経済学博士号を取得後に帰国し、チッタゴン大経済学部長に。76年に貧しい人々の自立を促す手法として、マイクロクレジットを考案。83年にグラミン(農村)銀行を設立して、活動を全国に広げた。06年にノーベル平和賞受賞。新著に「貧困のない世界を創る」(日本語訳、早川書房)。68歳。

 ※1 マイクロクレジット(小額融資) 既存の銀行が融資しない貧困層を対象に無担保で小額を貸し付ける制度。貧しい人々が、起業し、貧困から脱することを目的とする。マイクロファイナンスとも呼ばれる。ユヌス氏らが76年に始め、世界100カ国以上で実施されている。

 ※2 グラミン・ダノン バングラ農村部の子供たちの栄養不足解消を目指し、グラミン銀行グループと乳製品の仏大手ダノンが共同出資して06年3月に設立。現在9万7千人を対象に栄養価の高いヨーグルトを1パック5タカ(約7円)で提供している。


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それでは、「魔」につけ入る隙を与えぬ強靭な「精神」を保つにはどうしたらいいのでしょう。

そこから考えていきたいと思います。

「精神」というものは形に現れるものではありません。

ゆえに非常につかみにくい存在だと思います。

このつかまえにくい「精神」というものを、いかに感じ、認識し、咀嚼し、自らの「精神」との影響、相互関係などを総合しながら、新たな「精神」へと昇華させていくかということが、「精神」に対しての一つのアプローチの仕方であると思うのです。

難しく言い過ぎたように見えますが事実、「精神」の営みというものは、決して単純なものではないはずです。

「人間革命」における戸田先生と池田先生の「精神と精神」の関係性は、まさにそうではないでしょうか。

複雑といえば、これほどに複雑な関係にある「精神」もないでしょう。

慈愛と叱咤、尊敬と畏怖、包容と試練、そして厳護と継承。

思うがままに挙げた師弟の関係性に一つとして単純、簡単なものがあるでしょうか。

池田先生は、戸田先生の偉大なる「精神」を全存在をかけた「精神」で求めたのです。

求めぬいたのです。

私たちが継承すべきは、この師弟における「精神」でなくして、何物であると言えるのでしょうか。

繰り返しますが「精神」というものは、目に見えない、形に現すことができないものなのです。

ゆえにつかまえにくい、認識しづらいということも既に述べました。

だからこそ、池田先生は、戸田先生の「精神」を体得し、継承することに命をかけられたのだと思うのです。

言い方を変えましょう。

「精神」というものは、自己の存在すべてをかけなければ、決して分からないものなのであると思うのです(もちろん、ここで言う「精神」とは高貴で偉大な、後世に継承すべき「精神」であることはいうまでもありません。低俗で取るに足らない精神は「精神」という称号を得るに値しません。その区別のために、私たちが求めるべき「精神」を指す場合、「」でくくっています)。


(つづく)


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【師弟不二】


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今年は「青年・勝利」の年です。

池田先生の青年に対する期待はいやまして高いということは言うまでもないでしょう。

青年の勝利が将来の広宣流布を決定づけると言っても言いすぎではないはずです。

私は既に青年部を卒業してしまっておりますが、「戦うのは青年だから」と言って手をこまぬいて傍観するわけにはいきません。

青年部OBとして、その培った経験のすべてを青年部の皆さんの後押しのパワーとすべく、奉仕し、応援させていただく決意です。

その一つの奉仕というわけではないのですが、私が青年部の時に池田先生に提出させていただいた論文をこの場で紹介させていただこうと思います。

この論文は、男子部全員が「人間革命」全12巻を読み、その感想と決意を先生にお出ししようと取り組んだものでした。

テーマは、「師弟不二の精神をいかに継承していくか」ということです。

この最も叫ばれていて、最も難しいと思われる難事を、弟子の私たちがどう向き合うのかは、いくら考えても考えたりないと思うのです。

もちろん、考えるばかりでは何事も進まないわけですが、行く当てもなしに進むこともできません。

私たちは弟子として、何を継承すべきなのか――。

その導入中の導入の問題提起と考えていただければ、幸いです。



師弟不二の精神をいかに継承していくか

私たちが、「人間革命」全巻を通して、「師弟の道」から学ばなければならないことは何でしょうか。

まず、結論から述べたいと思います。

それは、「師弟不二」の「精神」を学び、継承することにあると思います。

これは、結論としてはあまりにも当たり前で、平凡な落ち着き先と言えるかもしれません。

しかし、この「精神」を学ぶということを抜きにしては、何物をも語れないことも事実でしょう。

このことは強調しすぎてもし足りないと思うのです。

人間の命の中には、必ず楽な、そして安易な方向へと向かわせようと囁く「魔」の存在が潜んでいます。

自分の命には、一切の「魔」はいない。一度として「魔」の侵入を許したことはない、と言い切れる人は一人としているでしょうか。

私を含め、おそらく皆無なのではないでしょうか。

なぜ、「魔」が問題なのでしょうか。

なぜなら、この「魔」は何よりも、これから語ろうとする崇高なる「精神」を食い破ることが大好きだからです。

自分を成長させていこうとする正のエネルギーをもつ「精神」(「信心」と言葉を置き換えてもいいと思います)を、「魔」という負のエネルギー、つまり惰性、逡巡、停滞などが、刻々、命の間隙を狙っているのです。

指導に「魔」は「魔」と見破れば、それは「魔」ではなくなるとあります。

見破ってしまえば、「魔」はおずおずと退散を余儀なくされるのですが、見破れず、見抜けない場合、必ず「魔」の侵入を許し、食い破られ、仕舞いには、「魔」そのものに堕してしまうのです。

その典型の例を、日顕宗に挙げるのを待つまでもないでしょう。

この「魔」を見破り、逆に打ち破る。

このことに私たちは全力を尽くしていかなければ、必ず、また同じことを繰り返すだろうことを懸念するのは私だけではないと思います。

原理は普遍なのです。

大石寺に棲む、禿人(とくにん)の「魔物」たちを追い出すだけで「良し」としては絶対にならないのです。

そこにまた新たな「魔」の蠢動が開始するからです。

「魔」との闘いは、永遠、不断のものであることを忘れてはならないと思うのです。


(つづく)


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