「師弟不二の精神」とは、師の思想との対話の作業であるという一つの結論は述べさせていただきましたが、この結論をもって終わってしまっては、ならないと思うのです。
なぜなら、自分との心との対話、師との対話のみで終わってしまっては、私たちが目指すべき広宣流布への行動へとつながっていかないからです。
自分との対話、師との対話の先に求められるもの――既に皆さんには想像がついているのではないかと思います。
そうです、友人との対話です。この偉大な仏法を、創価学会、池田先生の素晴らしさを語っていくための対話です。
そのことは皆さん、各部において目標を掲げ、着実に進められていることだと思います。
そこで、私はここに、一つの提案をさせていただきます。
師との対話と友人との対話の作業の間に、もう一つ、いや二つ、対話の行程を入れることを検討していただきたいのです。
二つの対話の行程とは、同志との対話、そして未来部との対話です。
まず、同志との対話について。
「十分すぎるくらいできている」という方も多いと思います。それは間違いないことでしょう。
ただ、私がここで申し上げたいのは、師匠である池田先生の、言葉と指導と思想に基づく対話のことです。
「この時のスピーチで、池田先生はこのようにおっしゃっているが、これはどういう意味が込められているのだろう」
「先生は今年のSGI提言で、このような問題提起をされている。このことは私たちはどうとらえていけばいいのだろう」
「先生が会われた識者との対話の中で、こういう言葉があった。このことと広宣流布の関係性は?」
等々......。
こうした師の思想に迫る対話のアプローチは極めて大切なことと思うのです。
同志の間で触発が生まれます。師の思想を共有できたという感動が生まれます。その感動を友人に伝えたいという気持ちが沸き起こります。
この過程を抜きにしてしまうと、さて、いざ友人に語ろうとしても、「何から語っていけばいいのか」とはたと困ってしまうことは少なくないはずです。
私が思うに、この過程が抜け落ちている場合が多いということが、青年部時代を通して感じてきた課題点だったと思います。
もう一つの未来部との対話について。
未来部の皆さんとのかかわりは、21世紀使命会の皆さんを中心にこれも十分できているはずです。
しかし、対話という形で、どこまで師の理念や思想について語り合っているでしょうか。
会合等では語られていると思うのですが、私が訴えたいのは対話です。
私の経験から言っても、未来部との対話の機会は決して多くありません。
家庭訪問の対話では、それぞれに対する励まし等はあっても、後継の使命について自覚を深めてもらうためという一歩踏み込んだ対話は難しいのではないかと思うのです。
必要なことは、未来部員自身に語ってもらうことだと思うのです。
彼らが能動的に語ることで、その自覚は深まり、私たちにとっても学ぶことは多いはずです。
同志との対話、そして未来部との対話。
この二つは将来の師弟の精神を後継していくために不可欠な取り組みであろうと思います。
※小単位のグループによる対話の必要性については、先に述べさせていただきました。
創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて(4)
(つづく)
タグ:
【師弟不ニ】
【対話】
※このブログは以下のブログポータルに参加しています。
<日本ブログ村>
<ブログランキング>

なぜなら、自分との心との対話、師との対話のみで終わってしまっては、私たちが目指すべき広宣流布への行動へとつながっていかないからです。
自分との対話、師との対話の先に求められるもの――既に皆さんには想像がついているのではないかと思います。
そうです、友人との対話です。この偉大な仏法を、創価学会、池田先生の素晴らしさを語っていくための対話です。
そのことは皆さん、各部において目標を掲げ、着実に進められていることだと思います。
そこで、私はここに、一つの提案をさせていただきます。
師との対話と友人との対話の作業の間に、もう一つ、いや二つ、対話の行程を入れることを検討していただきたいのです。
二つの対話の行程とは、同志との対話、そして未来部との対話です。
まず、同志との対話について。
「十分すぎるくらいできている」という方も多いと思います。それは間違いないことでしょう。
ただ、私がここで申し上げたいのは、師匠である池田先生の、言葉と指導と思想に基づく対話のことです。
「この時のスピーチで、池田先生はこのようにおっしゃっているが、これはどういう意味が込められているのだろう」
「先生は今年のSGI提言で、このような問題提起をされている。このことは私たちはどうとらえていけばいいのだろう」
「先生が会われた識者との対話の中で、こういう言葉があった。このことと広宣流布の関係性は?」
等々......。
こうした師の思想に迫る対話のアプローチは極めて大切なことと思うのです。
同志の間で触発が生まれます。師の思想を共有できたという感動が生まれます。その感動を友人に伝えたいという気持ちが沸き起こります。
この過程を抜きにしてしまうと、さて、いざ友人に語ろうとしても、「何から語っていけばいいのか」とはたと困ってしまうことは少なくないはずです。
私が思うに、この過程が抜け落ちている場合が多いということが、青年部時代を通して感じてきた課題点だったと思います。
もう一つの未来部との対話について。
未来部の皆さんとのかかわりは、21世紀使命会の皆さんを中心にこれも十分できているはずです。
しかし、対話という形で、どこまで師の理念や思想について語り合っているでしょうか。
会合等では語られていると思うのですが、私が訴えたいのは対話です。
私の経験から言っても、未来部との対話の機会は決して多くありません。
家庭訪問の対話では、それぞれに対する励まし等はあっても、後継の使命について自覚を深めてもらうためという一歩踏み込んだ対話は難しいのではないかと思うのです。
必要なことは、未来部員自身に語ってもらうことだと思うのです。
彼らが能動的に語ることで、その自覚は深まり、私たちにとっても学ぶことは多いはずです。
同志との対話、そして未来部との対話。
この二つは将来の師弟の精神を後継していくために不可欠な取り組みであろうと思います。
※小単位のグループによる対話の必要性については、先に述べさせていただきました。
創立80周年へ『青年・勝利の年』をいかに勝ち取るかについて(4)
(つづく)
タグ:
【師弟不ニ】
【対話】
※このブログは以下のブログポータルに参加しています。
<日本ブログ村>
<ブログランキング>
