広布破壊の暴挙から18年の日に思うことの最近のブログ記事

■Q(問い)を解く鍵は既に用意されている

以来、池田先生が発せられる智慧の宝は、「社会と宗教」におけるQ(問い)に対するA(答え、もしくはヒント)ととらえることができるようになったのです。

その原点こそが、先の論文において主題とさせていただいたハーバード講演「ソフト・パワーの時代と哲学」でした。

私はこの「ソフト・パワー」という考え方をいただくことによって、それまで疑問で絡まりに絡まっていたすべての難問が、一瞬にして解けたように思えたのです。

まさに自分の奥底に眠っていたソフト・パワーが噴出した瞬間でした。

池田先生が師との共闘によって切り開かれた人間主義の宗教、つまり「宗教のための人間」ではない、「人間のための宗教」の確立と恒久化、永遠化を生涯をかけて勝ち取る闘いをしていこうという決意が固まったのでした。

冒頭にも申し上げたように、蓮祖に連なる人たちでさえ、700年という時間と悪の誘惑の試練に打ち克つことができなかったという厳しい歴史の事実と向き合うならば、まだ80年に満たない創価学会の恒久化、永遠化、普遍化には、「相当なる覚悟」をもって臨まなければならないことは間違いないと思うのです。

先生はスピーチでよくおっしゃいます。

「簡単に考えてはいけない」と。

このまま、うまくやっていけるに違いない、という考えで、うまくやっていけるはずがないのです。

それほどに師が私たちに期待を寄せ、むしろ責任と課す、恒久化の闘いは私たちが思う以上の至難中の至難の事業であると思うべきなのです。

私は当ブログにおいて、「対話」の重要性を訴えてまいりました。

これまでの研鑽と思索、実践から、組織の恒久化を可能にするものは、「対話」以外にない、しかも付け加えるならば、「ソフト・パワー」に基づく「対話」であろうと確信するのです。

なぜなら、そのことを池田先生は会長就任以来、変わらず主張されてきたことだからです。

かつてキリスト教にも、形骸化した教会や聖職者への批判の原点回帰運動が起こりました。いわゆる「宗教改革」です。

これによって、キリスト教はカトリックとプロテスタントという二つの勢力に分裂し、百年にわたる血で血を洗う凄惨極まる戦いを経験することになります。

そうした悲惨な歴史を繰り返さないために、分裂という悲劇を起こさないために、創価学会は、どんな理由であれ、その内部において、民衆を見下すような考え方や行為を決して許すわけにはいかないのです。

そのために、私たち一人ひとりが、賢明になっていく必要があると思うのです。

どんな立場にあっても、人間主義=ヒューマニズムの観点から、堂々と正しい意見を主張していく必要があると思うのです。

そのための「対話」なのです。

組織の生命線は、率直で、真剣で、かつ思いやりのある「対話」であり、逆にそうしたみずみずしい「対話」が失われた時に、どんなに堅固と思われる組織も、国家でさえ、簡単に崩れ去ってしまうことは、歴史が示す通りです。

以上、私の闘争の原点となった18年前の12月28日を振り返りつつ、私の信仰者としての、また池田先生の弟子としての信念について、語らせていただきました。

(おわり)


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【悪との闘い】


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■学会2世の壁を打ち破って

私は学会2世で、物心ついた時には手を合わせており、会合にも誘われれば参加するのですが、決して熱心とはいえず、むしろいつも下を向いて話を聞いている方でした。

学生部になってからも、正直、疑問を抱えながらの活動でした。

とりわけ、折伏に挑戦しようとした際の先輩の一言、「だましてでもいいから友人を連れてくればいいんだよ」という言葉には、どうしても納得できなかったのです。

「そうした布教の仕方が、この仏法の本来のあり方なのか?」――疑問は募り、それを納得に導いてくれる言葉は見つかりません。

やがて限界に達しました。

私は大学2年生で学生部グループ長をしていた時、インドに旅立ちました。幹部の反対を受けましたが、どうしても行かなければ、自分の中で信仰を続けていくことは難しいと感じたのです。

インドへ行くに際して、目的を二つ置きました。

一つは、自分で自分を再折伏をする。

もう一つは、自らを完全に納得させるまでは、日本に帰らない。

私は2世というどうしても超えがたい壁を自らの手で突き破りたかったのです。

つまり、自ら進んで入信することで、自発的な信仰者となり、「やらされたから」という逃げ道を自らふさぎたかったのです。

放浪の末、たどり着いたベナレスの街で、ガンジス川を何日も何日も眺めて時を過ごしました。

自己との果てしない対話が続きました。

約1週間が過ぎた時のことです。

川面に移ったやさしい月影が、突然、私に話しかけてきたのです。

「もう一度、やってみなさい」と。

それが一体、だれの声だったのか――それは知る由もありません。

私は黙ってうなづき、その場を立ち去りました。

それが私にとっての自己折伏、再入信の瞬間でした。

そして、日本に戻ったのです。

それからは、がむしゃらにすべての活動に挑戦していきました。

なぜなら、自ら選んだ信仰だからです。

その数年後、「社会と宗教」との出会いに恵まれ、私の進むべき道が定まりました。

「宗教組織の恒久化」という遠大でいて、ロマンあふれる闘いです。

その鍵を「社会と宗教」によって、池田先生から手渡されたと私は確信したのです。

(つづく)


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■宗教組織の恒久化という難題

学生部在籍が長かった私は、夏季講習会という行事に一体どれほど参加したかは覚えてないくらいです。

そのころは、宗門がそれほどに腐れ切っているという事実は知る由もありませんでした。

当然のことでしょう。

私たち子どもが気がつくほどの表層的な問題ではなかったのですから。

「社会と宗教」の「組織論」において、池田先生はウィルソン教授に対し、徹底して、宗教組織が陥る宿命的な弱点について問いかけられ、教授もその思いに応えるかのように、組織が抱える課題、困難について、その本質を抉り出しています。

私はこの対談を、まさに本山における夏季講習会の研修テキストとして初めて学びました。

象徴的な出来事だと思います。

研修の材料から「組織論」は外れましたが、「全編、必ず読んでくるように」との指示が出ていましたので、すべて読み通して参加したのですが、まさにそこで私は、組織が陥る通弊というものを、ここまで池田先生が深く認識され、宗教学者にその解決の方途についての見解を、まるで一生徒のように、うかがっていることに衝撃を覚えたのでした。

よく考えれば当たり前のことです。

宗教組織のリーダーとして、組織を衰退させることなく、永続的に発展させていくことは、最大の眼目といってもいいはずです。

その意味で、池田先生がそのことを考えられていないはずはありません。

しかし、当時の私は「組織の維持などにかかわることは先生の自身の胸中や一部の最高幹部のみに収められていくものであり、私たち会員たちにさらけ出されるものではないのであろう」と思っていたのです。

ところが池田先生は、そのすべてをといっていいほどに、宗教組織が抱えるアキレス腱や弱点、課題を本の出版という公の形であからさまにさらされたのです。

繰り返しますが、私にとっては驚愕の事実でした。

同時に、「先生は私たち後継者に、とんでもない課題を突きつけられたのだ」という意識が沸きました。

つまり、「この難題を克服するのは後を継ぐ君たちの事業だ」という師の厳命であると。

それまでの私は、ここに告白しますが、創価学会の活動に正直言って疑問をもち続けていました。

(つづく)


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■悪との闘争の原点の日

池田先生が日蓮正宗の総講頭職を失したという通達が宗門より送られてきた1990年12月28日から、きょうでちょうど18年の歳月が経ちました。

いわゆる宗門問題が起こった日であり、創価学会が魂の独立を事実上、獲得した記念すべき日であると私は思っています。

残念ながら、その日の私の日記は残されていないので、当時の心理等を生の状態で振り返ることはできないのですが、私自身、全く動揺することなく、その事実を受け止めることができたという記憶は鮮明です。

当時、学生部に所属していた私は、翌日より大晦日に至るまで、指示された組織(主に部単位)を訪問し、学生部の皆さんに経緯や学会の対応について説明をして回りました。

この年の年末年始は、この問題への対応に負われ、普段のような正月気分には全く浸ることができずに終わったのでした。

しかし明けて91年の1月6日に行われた新春本部幹部会において、固唾を呑んでいた全学会員に対し、池田先生は満面の笑みをもって登場され、全くいつもと変わらない、慈しみと厳愛に満ちたスピーチをしていただいたのです。

全学会員は微動だにすることなく、この宗門問題を乗り越えることができたのです。

私にとって、その日、つまり12月28日は、「生涯にわたる悪との闘争」の原点の日となりました。

「いかなる理由があれ、善の連帯を抑圧し破壊する者とは、生涯闘い続けよう」と。

その決意の表れが、ブログにて掲載させていただいた「宗門問題と創価ルネサンスについての一考察」の論文であり、その理念の実践の闘いでした。

私は「闘い」を起こすに当たって、「悪」の本質に迫る必要を感じ、池田先生の著作にそれを求めました。

その一つのヒントは1985年刊行のウィルソン対談「社会と宗教」の第3部「組織論」で明確に語られていました。

つまり、今や日顕宗となってしまった日蓮正宗は、もともと堕落し、腐敗した組織であったのかと言えば「否」なのです。

当然のことでしょう。

御本仏であられる日蓮大聖人とその弟子の日興上人による師弟の相伝は、私たちが継承すべき魂そのものであることは言うまでもありません。

それだけの峻厳なる偉大な師匠を仰いだとしても、組織を清浄のまま保つことは時とともに困難さを増すということ――私が宗門問題において、最も深く心に刻まれたのは、そうした宗教組織の維持・発展の難しさということでした。

なぜなら、それは将来の創価学会にも通ずることだと思うからです。

(つづく)


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